第19話 「水族館デートはありきたり?」

「パンダじゃないです、シャチです」


 想定外すぎるコメントに対して冷静に突っ込んでしまう。

 あんなに見たい見たい言っていた生物に対して、別の生物の名前を出すのは失礼にもほどがある。


「いや、でも使われている色が一緒だよ?」

「よく見てください、目の周りが黒くないです」

「白黒ならパンダと言っていいのでは?」

「パンダは毛の色、シャチは皮膚の色です」

「どっちも哺乳類だよ?」

「食性が違いますよ」

「まあ良い、君の名前は海獣パンダだ」


 どこが「まあいい」なのか僕にはわからないし、ネーミングセンスが独特すぎる。

 しかも、某Ⅴtubarのオリジナルソングを思い出すような名前である。


「パンダそんなに好きなんですか?」


 まあ、めちゃくちゃパンダが好きだったとしたら、と納得する理由を探してみるも、

「いや、フタコブラクダの方が好き」


 と、返される。


「フタコブラクダ……」


 年頃の女の子が好きな動物としては、いささかマイナー過ぎないじゃないか? いや、人の好みにケチ付けたいわけじゃあないけれど……なんかこう、ウサギとかハムスターとか、ゆるふわ小動物のようなものを想像してしまったが故に、ギャップが大きすぎる。


「なんで好きなんですか?」

「リャマに似てるから」


 またマイナーな動物を上げてきたな。ラマならまだしも、リャマ。正直この二匹の違いすら分からない。


「というか、それって……」


 リャマが好きなのでは? と言おうとした瞬間、バッシャーンと水しぶきが上がる。強い海水の匂いが観客席に届けられる。

 僕等の足元にも僅かながらに水滴が降り注いでくる。


「すごいすごい! 跳ねたよ!」


 他の観客たちも大盛り上がり、特に子供が。


「おぉ! 口先に立って……滑ってるみたい!」


 口先にお姉さんを乗せたまま泳いだり、下から突き上げたりとアクロバティックなショーに思わず目を奪われる。

 本当に海のギャングか? と思うくらいにトレーナーのお姉さんの指示を聞くし、見ていて楽しかった。

 終わった後、自然と拍手をしていたくらいに満喫していた。


「シャチってあんなに跳ねるんだねぇ」

 興奮が抑えきれていない声で深瀬先輩が言った。

「面白かったですね」

「私も口先に乗ってみたい」

「パクッといかないのかな、と心配してたのに?」

「いや、私美味しくないから」

 そういう問題じゃなくない? 

「それ、食べられる前提の話ですよね?」

「致命傷で済むかな?」

「致命傷だと死んでますよ」

「知ってる? 夢って覚めるとか諦めるとは言うけれど、死ぬという言葉はないんだよ」


 ふふんっと胸を張る深瀬先輩を見て「致命傷って避けるとか負うとかは言うけど、済むって使い方はないんですよ」と言いたくなる。ぐっと我慢をして、


「お昼食べます?」


 と聞いた。

 別に僕は先輩とレスバトルをしたいわけではないのだ。


「食べる!」


 近くの売店で焼そば(大盛り)を二つ購入して、海に近いベンチに腰掛ける。


「深瀬先輩ってよく食べますよね」

「そう?」


 口いっぱいに焼そばを頬張りながら首を傾げる。


「僕と同じくらいなんてペロリだし」


 今も同じものを食べてるし。お昼ご飯の時なんか、僕よりケロっとしていたし。


「遠回しに牛見たいとか思ってる?」

「思ってませんよ」

「いや、きっと根に持ってるんだ」

「僕、何も言ってないんですけど」

「先輩は悲しいよ」

「……だいぶはっちゃけてますね」


 先輩は頬張っていた焼そばをごくん、と飲み込んだ。先輩のタッパーは空になる。僕も続けて食べ終えた。


「次、なに見ます?」

「何がいるの?」


 テーブルの上に園内マップを広げて、指差しながら動物の名前を挙げていく。


「トド、セイウチ、ペリカン、ベルーガ、ペンギン……」

「ペンギンがいい! 見たい見たい」

「え、ペンギンですか?」


 言っちゃ悪いけれど、ちょっと意外だった。

 好きな動物にフタコブラクダを挙げるような人だから「グソクムシとかいないの?」って聞かれても驚かない心の準備をしていた。それなのに水族館のアイドル、可愛いの代名詞であるペンギンを選ぶとは別の意味で驚きだ。


「浅葱くん、ペンギン嫌い?」

「いえ、そんなことないですよ」

「本当? なんか難しい顔してたから」


 いけない、表情に出てしまっていたのか。


「気のせいですよ。行きましょう」


 空になった容器を近くにあったゴミ箱に捨て、ペンギンが展示されている建物へ向かう。どうやら地下にいるようで、薄暗い階段を下りる。


「先輩、気を付けてくださいね」

「夢は怪我をしないから大丈夫だよ?」

「怪我しなくても心配はしますよ?」

「えへへ、ありがとう」


 嬉しそうにピョコピョコ後ろを付けてくるから深瀬先輩がペンギンみたいだった。


「おぉ、可愛い!」


 ペンギンの水槽は泳いでいる姿も陸にいる姿も見られるようになっていて、見ていて楽しい仕様になっていた。天井の一部から削れた氷が降ってくる場所があって、下に積もって山のようになっている。


「かき氷みたい」

「言うと思いました」


 容易く想像出来てたよ。

 ガラス越しに泳ぐペンギンを見てふと思った、シャチと配色同じだな。

 そこそこな時間を一緒にしていたからか、思考が似てきているのかもしれない。


「ペンギンは海鳥パンダですか?」


 と聞いてみた。


「いや、ペンギンはペンギンだけど」


 変なこと言うね、みたいな顔をされる。

 そりゃ突然その発言したらその反応も受け入れるけど、シャチ見て海獣パンダって先輩言ってたじゃん。


「違うんですか?」

「パンダに赤や黄色はない」


 確かにそうだけどさ。

 シャチパンダ理論を展開する人にそれを言われてしまうのは何だかなぁ……釈然としない部分がある。

 嬉しそうに亜麻色の瞳を輝かせる先輩を見て、少しだけ意地悪がしたくなった。

 このペンギンコーナーはカップルが多い。

 可愛い生き物がいるからか、暗いこの場所は色々と勝手が良いのか、涼しくて居心地が良いのか、はたまた全てか……とにかく、この他の人の甘い雰囲気を存分に利用してやろうではないか。

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