第3話 「ここじゃなきゃ良かったのに」

 気が付くと見慣れた廊下に立っていた。普通教室から特別棟に移動するときに使う、二階の渡り廊下。

 僕は制服を着て、リュックサックを背負っている。

 授業が終わって部活に行く時と、なんら変わらない格好で、なんら変わらない場所に立っていて。

早く部室に行って、カメラのメンテナンスをしようかな。なんて考えながら白く光る太陽に目を向けて歩いてた。


三歩進んだところで、足が止まった。

 当たり前が溢れていたのに、これは夢かと疑った。

 いや、むしろ夢だと確信していた。


 だって、目の前に深瀬先輩がいたから。

探しているはずの深瀬藍が。

 しかも家に帰って寝た記憶もある。


 ……うん、百パーセント夢だ。頬をつねっても微塵も痛くない。

 夢の中はわりかしなんでもありだけど……我ながら、これはキモイな。

 会いたいって願いが深層心理にまで響くとか。

 もし仮に現実だとしたら、あまりにもあっさりとしていてロマンチックさに欠ける。こういう再会って言うのは、もっと待ち望んでいた感が重要なのだ。


「久しぶり」


 夢特有のくぐもった声だった。

 深瀬先輩は小さく右手を上げた。


「もう一ヶ月くらい会ってなかったかな?」


 えへへ、と深瀬先輩は笑う。

 それを見ても、僕の表情筋は全く仕事をしてくれなかった。愛想笑いを返すことすら出来なかった。


 会いたいって願ってはいたけれど、不思議と今は嬉しさなんて微塵もなくて。

 あの卒業式はやっぱり夢だったんだ、とか。

 先輩は僕の妄想だったんだ、とか。

 会いたいって思ったら夢だけど会えるんだな、とか。

 色んなことが頭の中に駆け巡った。

 淡々と夢だと脳が処理していた。

 でも、僕の口から出たのは、


「先輩、ちゃんと学校来てます?」


 なんて、平凡極まりないものだった。

 夢の中だと思い通りに行動が出来なくて、もどかしい。


「ん~ちょっと準備が忙しくてねぇ」

「準備?」

「うん、もう終わったけど」

「何の?」

「それは明日のお楽しみ~」


 明日ということは、この夢から覚めなければならない。

 それはつまり深瀬先輩と、また別れるということで。

 廊下の向こうに消えていく深瀬先輩に「待ってくれ」とか「話したいことがある」とか伝えたかったけれど。


「じゃあね。また明日、会いに行くから」


 その一言で、全部引っ込んだ。


「待ってますね」


 軽く手を上げると、深瀬先輩は嬉しそうにブンブンと大きく振るった。

 たった数言のやりとりしかしていないのに、念願のコミュニケーションがとれたことが幸せで。

 さっきは何とも思ってなかったのに、過ぎ去ってしまうと嬉しくて。

 最初に夢だって気付いているはずなのに、覚めないでくれなんて静かに願った。

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