第2話 「シスコン注意報」

 口ごもる僕に対して、舞ちゃんは捲し立てるようなことを言う。


「仲の良い先輩後輩になりたいとか、趣味友達になりたいとか。目標みたいなものはないのですか?」

「仲良くなりたいって答えにならない?」

「仲良くにも種類があるのです。友達、兄妹、部活仲間。あとは……」

「後は?」

「こ、こ……恋人になりたい。とかなのです」


 舞ちゃんは顔を赤らめて目を背ける。


「うーん、そういうのは仲良くなっていくうちに見つけていくものじゃないの?」

「友達になりたいから話しかける、とか経験ないのですか?」

「ないなぁ。最初から決めると、それ以上の関係になれなくない?」

「ううむ、一理あるのです。でも、わたしはあんまりそう出来ません」

「湊はどっち派?」

「聞くだけ不毛だと思わねえのか?」

「聞いてから思った」


 シスコンが妹と対立しようと思わないことくらい分かってるよ。


「人に話しかけるときに、あんま考えねえからな。そういう意味じゃ透の意見に近いのかもな」

「珍しく、お兄ちゃんがまともなこと言ってるのです」

「どうした湊、何か変なもの食べた?」

「きっと明日は雪が降るのです」

「おいおい、酷い言われようだぜ」


 やれやれ困ったもんだ、と大げさにため息をついた。


「だって口を開けば妹の話ばかりする奴じゃないか」

「しょうがないだろ、わが妹は優しい可愛い美しいの三点セットだぞ? そんなの魅力を語りたいに決まってるだろ!」

「私は聞き飽きたのです」

「僕も」


 そう言いつつも、兄妹仲が良いという話は決して悪い気分にならない。


「俺は話し足りないくらいだぞ」

「僕らはお腹いっぱいだよ」

「でも、舞奈は可愛いだろ?」

「ああ、可愛いことは認めるよ」


 実際、友人の妹という贔屓目無しに美少女であると思う。舞ちゃんが写真部に入るなら、と不埒な理由でこの部室の敷居を跨ごうとした男は何人もいた。全員、湊が追い返していたけれど。


「か、可愛いだなんて。お世辞でももったいないのです」


 舞ちゃんはツンとした表情は崩さないままに、顔を赤くしていた。湊以外から言われ慣れていないのかもしれない。


「お世辞じゃないよ。舞ちゃん可愛いし、超推せる」


 アイドルとかやっても違和感ないよね!

 学校一の美少女っていっても過言じゃないよ!

 そう言おうと思ったけど、湊と同じ目で見られたくないから自重する。


「さすが透! 舞奈の魅力が分かってんだな」

「僕じゃなくても分かってる人なんて沢山いるでしょ」


 現に入学して一カ月も経ってないのに何回も告白されていた。立派なセコムがいるせいか、舞ちゃん自身が振っているのか定かではないが今のところは承諾してないみたいだ。


「いやいや、お前はちゃんと舞奈の内面も見てるじゃねえか」

「そう?」

「兄の俺がそう言ってんだぜ? 自信持てよ」

「僕に兄はいない」


 湊にポンと肩を叩かれた。

「自分の良いとこ認めないと彼女出来ねえぞ?」

「褒められてる?」

「おうよ」

 分かりづらくても褒められて悪い気はしない。


「てか、彼女いないのは湊だって同じだろ」

「俺の大事な人は舞奈だから」

「お兄ちゃん、くさいです」

「マジ? 変な匂いする?」

「セリフの方です」

 舞ちゃんのツッコミに思わず笑いが零れた。


「お兄ちゃんがこんなだと、わたしに彼氏は一生出来なそうなのです」

 ため息交じりに、舞ちゃんはぼやく。


「大丈夫だよ。舞ちゃんなら素敵な相手が見つかるよ」

「じゃあ透くんのお嫁さんにしてもらうのです」

「ちょ、舞ちゃん……⁉」


 舞ちゃんの爆弾発言に動悸が止まらない。

 もちろんそれは美少女による冗談によるものじゃない。シスコン兄貴が同じ教室にいるからだ。



 恐る恐る湊に視線を向ける。

 あぁ、良かった。笑ってる。

 今までに見たことないくらい穏やかな笑顔だ。妹の微笑ましいジョークに和んでるんだろう、きっと。うん、そうであってほしい。



「へえ、そこまで進んでたのか」



 ドスの効いた声だった。数秒後に僕がドス(短刀)で刺される未来があっても不思議じゃない空気感。

 十六年間生きてきて、こんなにも生命の危機を感じる瞬間はなかった。


「違う違う、事実無根だ!」


 僕は腹から声を出して無罪を主張する。

 それでも湊はゆっくりと僕の方に近づいてくる。


「でもなあ、彼女を通り越してお嫁さんなんて言われたらなあ」


 ボキボキと指の関節を鳴らす音が部室に響く。

 いや、怖っ!


「本当にない! マジでなんもない! 指一本触れてないし、湊がいないところで会ってもないし、やましい気持ちなんて一ミリもないから!」


 必死に弁明する。もはや命乞いの領域だ。


「舞奈相手に邪な気持ちを持たないなんて本当に男かあ? 信用ならん!」

「ちょ、舞ちゃん! 湊止めて!」


 僕の肩をちぎれんばかりに握ってくる湊の指をどうにかして引き剝がしながら、僕は舞ちゃんに助けを求める。


「そんなに否定しなくても……」

 舞ちゃんはポニーテールを力なく垂らしながら呟いた。


「お願いだから! 舞ちゃん! ステイさせてくれぇ!」


 僕の情けない声が、部室のなかに響いていた。

 



 こんな写真部は楽しい。

気の置けない友人と毒舌ながらも冗談を言い合える後輩の小さなコミュニティは居心地が良いし、こんな高校生活だって他人の目から見たら十分な物なのかもしれない。

 誰かから見たら夢のような学校生活であるのかもしれない。


 けれども僕は、深瀬先輩に会いたい。

 もう一度会って話をしたい。

 楽しい時間を過ごしたい。

 そう願うことは贅沢なのだろうか。

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