練兵に倣う灰滅-3-

「話を戻すけど、この銃創について聞いてもいい? 一応最低限の応急処置で止血はしてあるみたいだけど、発砲した銃弾は取り除いてある訳? それによっては治療の時間が上下する。所見上散弾銃じゃないみたいだから取り除く弾数は最低限で済むかって程度だね。右肩の傷は綺麗に骨の間を貫通してるから内部に銃弾が残存している可能性は低いと踏めるが、問題は両腿だよ。何したらこんな筋肉断裂して骨が丸見えになる訳?」


「ああ、肩の方は綺麗に貫通するよう射貫いたんだが、両足の方は極力死なない程度に痛め付けようと炸裂弾2発ぶっ放したから破裂した銃弾がばらついていると思う。後は見て分かる通り、その影響で大腿四頭筋が断裂して大腿骨が露出しちまったな。ははは」


 はははじゃねえよ、何他人事みたいに笑ってんだ。お前のせいで負った重傷だぞ。見ての通りものっくそ痛いんだが? 常人なら泣き喚いているところを、僕の強靭な精神力で平常心を保っているよう見せかけているだけで、抑々そもそも物凄く痛くて仕方ない訳だ。そりゃ傷を負った当初は交通事故に遭った時と同様にアドレナリンが大量放出され、感覚器が一時的に麻痺したおかげで、比較的痛みはそこまで酷くなかったが、今はその効果も失われて当然普通に激痛が襲ってきている。桐生きりゅう氏の前ですらまともに自立できなかったことを忘れたとは言うまいな? と外傷を負わせた張本人であるレンさんに明らかな苛立ちを隠せずにいる中――。


「は? これってハルちゃんが痛め付けた跡なの? ハルちゃん自身が自分で蒔いた種なのに俺が治療強要させられる意味が分からないんだけど?」


 テオさんが強かに反抗を示す。彼の言いたいことはご最も。彼が今強制させられていることは、言わばレンさんの穴持けつもちをさせられているようなものに過ぎないのだ。それを何の悪びれもないどころか、遠慮や配慮もなく「やれクソ眼鏡」と問答無用で無理強いするのは人でなしもいいところ。いやしかし、よくよく考えてみたら僕自身に遂行した暴力を踏まえたら、彼が正真正銘の人でなしということに大差なかったのを忘失していた。


 そんな世田話に付き合って早五分が経過しようとしていた最中、僕の痛みの限界は既に頂点を迎えており、未だ痛みに耐えに続けている僕の内心は、さっさと治療してくれ、という感情で爆発しそうだった。僕は息巻いてこのくだらない会話に終止符を打つ。そうでもしなければこの二人はだらだらと無駄な会話を続けていたに決まっているからだ。


「あの! 見ての通り傷口が疼いて痛いんですよ! 我慢できないくらいに! 処置するならさっさと済ませてください!!!」


 緊迫感溢れる雰囲気に悲壮感溢れる表情で訴えかけたのが良かったのか、大の大人二人は今まで雑談を繰り広げていたのが嘘だったかのように、お互いに目をパチクリさせて頷いた後、静かに、そして速やかに処置の下拵えに取り掛かった。テオさんは処置に必要な道具を掻き集めに席を立ち、レンさんは処置台の上に散乱した医療論文を分類ごとに片付けて。互いに手際良く準備を進めて行く。


「ハルちゃんもハルちゃんで大分横暴だけど、ハッチの押し問答は断れない謎の魔力があるね。分かった分かった治療を始めよう」


「そうそう。俺も大声でコイツに拷問の静止掛けられた時は、脊髄反射で距離を取るくらいビビったぜ。まるで飼いならされた犬みてえに、体が動かなくなりやがった。意外と調教師張りの凄業を持ってるかもしれねえな」


 確かに、僕が渾身の発言した時に限って、彼らの動きが賢く調教された犬のように従順になるという事実は否めなかった。小一時間前の暴力を行使し続けるレンさんに対し捨て鉢で放った「やめろ!」という台詞も、今さっきの重傷で苦しむ中雑談に花を咲かせる二人の会話を打った切って吐き捨てた「さっさと処置しろ!」という台詞も、みんな立ちどころに行動を改めさせた形跡がある。どちらも切羽詰まった状況で出た言葉故、迫真の言論に聞こえたのだろうかと一人思案する。治療の支度をしつつ「何それ~、まるでどこかの祭主様と神子様が執行する御報みしらせみたいじゃん~」と笑い飛ばすテオさんに対して、レンさんが「いやお前、何の血縁も持たないコイツが御報みしらせなんつう神通力の才覚に目覚めてる訳ないだろ」と冷静にあしらう。


御報みしらせ……?」


 そんな二人に僕が疑問を投げ掛ければ、彼らはまたもや目を瞬かせた。曰く、この国・アミティエに在住している人間が御報みしらせを知らないなどモグリであると。この発言から、もしかしたら自分はアミティエ出身ではない異国者なのかもしれない、という一つの情報性が見えてきたのだが、それはさて置き、「御報みしらせとは何ぞや?」である。疑問を解消するのが先決、とするのは最早性分だ。


御報みしらせってのはここ自由国家アミティエにおける古来有数の名門神社・花笠はながさ白大社つくもたいしゃの祭主血族が代々祭り上げる主神・白神つくもがみから賜った神通力を指すもので、大社の内部における命令系統を確実に遵守及び遂行させる御業のことだ」


「そんな力、一体どういった使い道があるっていうんですか?」


「さあな。大方祭儀の執り行いや大社の政務を円滑に運ぶためのものじゃねえか?」


「何だ。その口振りからするにレンさんも実際詳しく知らないんじゃないですか」


「知らねえというよりは、歴史上古くより存在すると言われているってのが記録で、発令されたところを見た人間が誰もいねえってのが実状だわな」


 丁寧な解説に更なる疑問が生まれるものの、どうやらその神通力とやらは存在自体が怪しい歴史上の御業なのだとか。国家全土に知らしめる逸話なんて大した眉唾物だと感心すると共に、僕のこの発言力はやはり御報みしらせなどではなく、迫真的だっただけのことなのだと、再認識する。

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