第6話 「本当の姿」

「本っ当に、申し訳ありませんでした!」


 先程の圧はどこへやら。カイはウロとルーに頭を下げて土下座しています。


「もう、頭下げなくていい、から。今は朝ごはん、一緒に食べよ、う」


「ありがとう主様……。こんな俺を受け入れてくれて……」


「だが、オマエを完全に信用した訳じゃないからな。その意味をはき違えるなよ、人間」


 ウロの気持ちを代弁するかのように、ルーは冷たい言葉でカイを突き放します。カイの正体はただの旅人ではなく、魔法使いの一族だと言うのですから驚きです。


 それにカイが持つ笛はまだ謎はあるみたいで、カイは何らかの理由で笛を持つにふさわしい人物だと認められたようです。


「いただきま、す」

「いただきます」


 三人一緒に手を合わせて朝ご飯を食べます。今日の献立は丸パンにベーコンエッグとウインナー、オニオンスープです。


 ちなみに『森の民』にとっての食料の調達は狩りをして食べ物を得るか、他の『森の民』との物々交換。人間の姿で危険を承知して街にまで買いに行くかのどちらかです。


「うまっ! マジで美味しい! さっすが後見人くん」


「ルーでいい。そのあだ名で呼ばれるとこそばゆくなる」


「いやぁ、ルーのご飯初めて食ったけどマジで美味い。使用人の飯よりずっと良い」


「おれ、もっ、おれも、ウロって、呼べ。ていうか呼ん、で」


「えー、でもぬし様って呼びたいんだよなぁ。うーむ」


「呼ん、でっ、呼べっ」


 ウロは幼い子供のようにイスと体を揺らしながら牙を向けます。でもそれは怒っていると言うより、子供特有のワガママで。


「……じゃあ、ウロ?」


「うん、それがい、い。ずっと、いい」


 ウロは丸パンをかじりながら微笑みます。その代わり、カイは何か考え込むように頭をかきます。


「うーん……。じゃあ君達も、俺のこと人間だとかよそ者って言わずに名前で呼んで欲しいな。これで平等なウィンウィンだろ?」


「分かっ、た。なら、おまえのことカイって呼ぶ」


「オレも。……カイ。これでいいだろ」


「うん、うん……! ありがとう、ウロ! ルー! お礼にひとまとめに抱きしめていい!?」


「それはダメ」

「ダメに決まってるだろ!」



◇◇◇


 無事に朝ごはんを食べ終え、今朝はルーが皿洗いを担当してくれました。その間に外にでも行って仲良くなれ、とルーは言うのです。

 カイは市場で買ってきた上着を着て、ウロも白いマフラーを巻いて準備は万端です。


「街には出るなよ。オマエらは人目に晒されると面倒なことになるからな」


「分かってる。何かあったら逃げるか魔法で迎撃げいげきするから。行こうぜ、ウロ」


「うん。行ってき、ます」


「あぁ、行ってこい」


 ウロがドアを開けると、辺りは変わらず雪ばかりでした。にも関わらず、ウロは「わぁっ」と声を上げて駆け回ります。


「待って、ウロっ」


 続けてカイもウロを追います。それがなんだか楽しくて追いかけ回っていたら、ボフッと言う音と共に二人仲良く雪に倒れ込みました。


「ふふっ、うふふ」


「ははっ。あははっ。なんだこれ、楽しい!」


「おれも、カイと一緒にいて、楽し、い」


 そうやって、二人笑い合います。楽しげな声がこだまして、森に響きわたるのです。


「ありがとう、おれと一緒にいてくれて」


「なんだよ、ウロ。照れるぞ」


「……。ねぇ、カイ。森の奥に来、て欲しい。話が、したい」


「? 良いけど」


 ウロの提案で、二人は森の奥へ行くことにしました。最初は葉で茂っていた森林も、進んでいくうちに枯れ木でいっぱいです。


「ここで、良い、かな」


 着いてきた場所は、動物や人すらも気配が無い場所でした。閑散かんさんとした空気がウロの心のようにも思えて、カイは少しだけ不安になります。


「ウロ、話って何なんだ? ルーには聞かれたくないのか?」


「……うん。ねぇ、カイ。おれが、怖くな、い?」


「それは……もちろん、怖くない。だって、ウロは優しいから」


「狼は、凶暴だぞ。その気になれば、おまえを食いちぎることだって、出来るん、だ。そんなの、これを見てもそう言えるのか?」


 すると、ウロの頭には狼の耳が生え、目や手の爪でさえも鋭くなっていきました。彼の表情はどこか苦しそうで、悲しそうで。身を切るような思いがカイには伝わってきます。


「おれの目を見て、答えろ」


 その言葉が引き金となり、ウロの姿はたちまち狼へと変貌していきました。全長にして約九十センチ程で、毛はルーと同じく白。瞳は人間の時と同じく灰色で、その鋭利な牙をカイへ向けます。


『答えろ、カイ。おれが怖いのか、怖くないのか』


 ウロの言葉がカイの頭の中に直接流れ込んできました。カイが動物を操れる人間だからでしょう。獣と心を通わせられる青年は、ウロの想いでさえも理解出来るのです。


「言ったろ。怖くないって。それでも信じられないのなら俺を食べてもいい。

 何、心配するなよ。俺が死んだって悲しむ家族はいないんだから」


『でも、おれとルーが悲し、む』


「あぁ、そうだった。肝心なことを失念していたよ。悪かった。

 ……今なら、お前を抱きしめてもいいか?」


「うん、いい、よ」


 気づいた頃にはウロは人間の姿になっていました。

 小さな身体にそぐわない重荷を抱えるウロを、今度はカイが優しく抱きとめます。


「ごめんな、ウロ。何にも気づかなくて。

 俺はお前が怖くないよ。俺には君が、優しい子だって分かってるから」


「うん、うん――」


 ウロは大粒の涙をぽろぽろと流し、カイの胸の中で泣き叫びました。

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