第5話 「トラウマと誓い」

「ん……」


 ウロが目を覚ました時には、もう朝ごはんのいい匂いが漂ってきました。この匂いはベーコンエッグでしょう。


「お腹空い、た」


 料理はカイかルー、どちらが作。どっちのご飯も美味しいことは昨夜で証明されたので、後は自室のドアを開けるだけです。


「おは、よう」


「おはよう」


「おはようぬし様。なぁ、後見人くんお腹空いたー」


「図々しいぞオマエ……。オレより年上の男が甘えるな」


「ちぇー」


 今日の朝ごはんはルーが作っているようです。カイはソファに座ってくつろいでいて、ウロも隣へ座ることにしました。


「ホワッツ!? ぬぬ主様がっ、俺の隣に……!」


「いや、なんとなくだ、し。思い上がる、な」


「主様の罵倒も良いんだけど……良いんだけど! あのっ、良かったら俺の膝の上に座ってくれません!?」


「……なんで」


「その方が可愛いからに決まっているでしょうが!」


「うるさ、い……。分かった。仕方ないから座ってや、る」


 座らないとカイが泣くのは容易に想像出来たので、ウロは仕方なくカイの膝の上に座ることにしました。ルーとは親しいので何度かあるのですが、知り合ったばかりの男の膝の上に乗るなんて変な気分です。


「ほら。座っ、た。これでいい、だろ」


「は、はへぇっ! マジやばい……可愛い……ちっちゃい……」


「最後のは一言余計、だっ」


「怒る姿も愛おしいです主様……」


「さわるなっ!」


 カイがウロに抱きつこうとしたその時、バチン、と音がしました。ウロがカイの手を弾いたのです。


「おれにっ、触る、なっ……ぁ、はぁっ、は、」


「ウロ!」


 ウロは震える体でカイから離れ、縮こまります。呼吸がだんだん浅くなってきたウロに、すぐさまルーは駆け寄りました。


「人間が軽々しくウロに触るな……! コイツは売人の男達にさらわれたことがあるんだぞ!」


「わ、悪い。これは俺の責任だ。なんにも知らない、俺が悪いんだ」


「これだから人間は嫌いなんだ……! 本当ならオレ達の森を一ミリだって侵されたくなかったのに! オマエがっ、オマエが怪我をして迷い込んだから!」


 ルーは文字通り牙を向け、獣のソレと同じ唸うなり声をあげます。そんなルーに怯えること無く、カイは言葉を紡ぎます。


「……そうだ。全部俺の責任だ。俺が親父の付き人達に狙われていなければこんなことにはならなかった」


「なら、オマエがすべきことは分かるだろ」


「あぁ。でも、その前に一つだけ。

……主様。ご無礼をお許しください。お詫びと言ってはなんですが、俺の笛の音ねを聞いてくれませんか」


「嫌、だ! おまえの笛はおれ達を支配させる……! 本当はっ、おまえだって売人達と一緒の、恐ろしい人間でっ」


 昨夜、寝る前に考えていたことがウロの脳裏によみがえりました。カイは怖い人間です。その一部をウロは知っています。


 その時、笛が鳴り響きました。聞いた笛の音色は今まで聞いたどこの楽器よりも優しくて暖かい、穏やかな音。


「ぁ――あ。その音、は――」


 この音はどこかでいつか、聞いたことがありました。けれど肝心なところがノイズがかって分かりません。こんなにも心が落ち着く響きなんて、一度聞いたら忘れられないはずなのに。


「……。じゃあ俺、帰るわ。元々俺はあっち側の人間だから。もう二度と会わないようにするよ」


「……って。待って!

 まだ、おれ、おまえのこと、知りたい。よそ者で、気に食わないけどっ、おれ、本当は。おまえと、友達になりた、い……!」


「現に俺は君を傷つけた。……それに、俺は本来君と一緒にいちゃいけないんだ。

 俺の家族が君達『森の民』を狙っている。俺と一緒にいれば君は今よりもっと傷つくかもしれないんだぞ」


「それでも、いい。せっかく仲良くなれたと思ったの、に。そんなの、嫌だ!」


「俺には笛がある。君達『森の民』を支配し、操り、売ることだって出来る。それでも君は俺と契約を交わすのか?」


「契、約……?」


 ウロが尋ねると、カイは重いため息を腹の底から吐きました。


「実はと言うと、俺はたちの悪い魔法使いでね。こと契約に関しては厳しいんだよ。それに俺は悪い魔法使いだから、一族が頑張って集めた魔力を根こそぎ奪い取って来たんだ。

 これがちょいと厄介で、俺を殺しにかかる輩や逆に俺を利用しようとする輩もいる。

 さらに俺は選ばれた側の人間でさ。詳しいことは言えないけど笛を与えられた人間だから。……とに

かく、俺と一緒にいればろくでもないことが起きるぞ、ってこと。

 それでも『森の民』の主様は俺と一緒にいれるのか、って言ってるんだよ」


 ウロには彼が言っていることが良く分かりません。魔法使いだなんて自分達のような絵本の存在でしか無くて、いる訳が無かったはずなのに。


「そ、それ、は、本当なの?」


「あぁ、全部事実だ。でも、俺は君に俺の本当の正体を言っていない。それでも君は俺と契約を交わせるのか?」


「うん、交わ、す。いや、。だって、おまえとは長い付き合いになりそうだか、ら」


「……。承知した。なら誓え。俺と共にいることを」


 カイは、またあの高圧的な顔と声でウロを圧倒させます。しかし、変わってウロはカイに微笑むのです。


「誓う。これからもよろしく、カイ」

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