第4話 「掃除」

森のぬし様に手をわずらわせる訳にはいかないと言われて、ウロはカイに皿洗いを任せることにしました。本当なら家具の一つにでも触らせない、とルーは怒っていたのですが、せっかくの善意なのでウロが許可したのです。


「これからお世話になるんだからこれくらい当然だって。そうだ、部屋割りはどうなってる? 一緒に寝る訳にはいかないもんな」


「ウロと一緒に寝たらオマエを噛みちぎる」


「やだお義兄にい様怖い!」


「……。一階に今居てるリビングと、トイレ。そしておれの部屋と、ルーの部屋。二階には空き部屋があるけど、あんまり触ってない、から、ホコリまみれ、かも」


「よし! じゃあ一緒に掃除しよう、主様!」


「えぇ……」


「えっ!? 俺と掃除したくない!?」


「当然、だろ。本来なら、よそ者のおまえが掃除するのが、当たり、前」


「そりゃそうだけどさ。ここはこう……協力しあって親睦しんぼくを深めるのがセオリーなんじゃないかな!」


「……はぁ。分かっ、た。おまえに、付き合ってやる」


「よっしゃ! なら皿洗いが終わったらすぐ二階へ行こう! 面倒臭い掃除も捗る気がする……!」


 十分程してカイの皿洗いが終わったので、ウロは彼と一緒に二階へ向かいます。ルーは『何かあったら狼になってでも止めろ』と言われているので、心構えはバッチリです。


「なぁ、主様。主様って何歳なんだ? まだ子供だろ。ルーも俺と同年代かそれくらいだよなぁ。あ、ちなみに俺は二十一です」


「おれ、十四。ルーは十九。おれは来年、この森の決まりで成人に、なる」


「えっ、主様は分かってたけどあの子俺より年下だったの!? そして主様来年成人するんだ!? お、おめでとうございます……」


「ありがとう。この森の名前はネーヴェ、と言って、ネーヴェでは森の外よりも成人になるのが、早い。何故かと言うと、おれ達『森の民』は自然の厳しさや、人間達によって、狩られたり売られたりする、から、子供がいなくなることが、多くて」


 そう、現に『森の民』は二十人と少し程しかいません。本当なら今より多くの『森の民』がいたのですが、ウロの言う通り、汚い心を持つ人間達のせいで『森の民』は絶滅の危機をたどっているのです。


「そうだったのか……。っと、二階へ着きましたよ主様。重い空気はとっぱらって早速掃除に!?」


 空き部屋のドアを開けると、たちまちホコリが舞い上がって二人に襲い掛かりました。ウロとカイはげほごほと咳をしながらホコリを手で払います。


「な、なんだこれ!? 主様、いくらなんでも放ったらかしすぎだぞ!」


「し、仕方ない、だろ……! ここは滅多に使わなかったん、だから……!」


 部屋を見てみると、ホコリまみれにクモの巣だらけ。家具はベッドと空の本棚に備え付けのランプ、敷物のラグしか無い必要最低限のインテリアです。


「殺風景にも程がある……。まぁ、まずは掃き掃除か。主様、道具はルーに貸してもらったから、とりあえず取り掛かろう」


「そう、だな。やるしかない、か」


 口元を布で巻き、簡易的なマスクが出来たところで大掃除が始まりました。床を掃き、クモの巣を取り、家具や床を丁寧に拭いていきます。


「主様。俺、思うんだけど。これから先、この空っぽな部屋を思い出や幸せでいっぱいにさせるんだ。そうしたらこの部屋も報われるだろ?」


「確かに、そうかもしれ、ない。これからは、そんな幸せな日々になれば良い、な」


 そう言って、ウロは微笑みました。今までも十分幸せな時間を過ごしましたが、カイという新しい風が吹いていくのが少し楽しみでもあります。


「少しだけ、おまえに期待してる。それに応えられるように、頑張るん、だな」


「あぁ、精一杯応えてやりますとも。だから頭の片隅にでも置いてくれたら嬉しいよ、主様」


◇◇◇


 掃除が終わり、寝る時間になりました。ウロは今日のことを思い返しながらベッドの上でまぶたを閉じます。


 今日だけで色んなことがありました。見回りをしていたら血まみれのカイと出会い、笛の音が聞こえたと思ったらルーは去っていって。三人でご飯を囲んで。


 今ではカイは居候。ルーは念のためにしばらく泊まることになりました。


 カイが持つあの笛にはどんな力があるのでしょう。『森の民』や動物達を操る笛だというのは理解していますが、それよりも根本的な何かがある気がして、少し怖くなります。


「本当のあいつ、は、いったい何なんだろう……」


 そう、もっと怖いのはあの高圧的な目をしたカイ自身です。


 あれがカイの本性なのでしょうか。いつもなら明るくて表情がころころ変わる青年ですが、本当の彼はもっと冷たい人間なのかと思うと身震いします。


「……今は、寝よう」


 考えても寝つきが悪くなるだけです。――しばらくはただこの平穏を受け入れよう。そう思い、ウロは暖かい布団の中で深い眠りへつきました。

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