第8話

「はっ!」


平蔵が再び目覚め、意識が戻ると今度は岩の上に寝そべっていた。


「ま、またやられてしもうたんか」


負けず嫌いの平蔵は何回もやられたことにしショックを受け、それでも懲りずに次こそはとまた武器になりそうな枝や小石をかき集める。


そうして平蔵は何度もタコ殴りにあい、再び意識を取りもどしては再戦の準備を始め、またタコ殴りにされるといった行程を何度も何度も繰り返すのであった。


しばらくすると平蔵はいつも襲ってくる群れの中に見知った人物を発見した。

ボサボサの髪にボロボロの薄汚れた布切れのような衣服を着ており、裸足でよたよたと歩くものの手には禍々しい棍棒を持っている。


「そ、そこにいるのは、お、親父か!?」

「そうだ!平蔵ーー!!死ねぇ!!」


平蔵の父は平蔵に向かって突進してくるとそのまま勢いよく棍棒を振り下ろした。

平蔵は咄嗟に棍棒を避けて父親の攻撃を躱した。


「うお!!親父!!何をする!!」


「よくもワシを社長の座から引き摺り落としたな!!この親不孝者め!!この場で八つ裂きにしてやる!!」

「やれるものならやってみろ!!クソ親父がぁ!!」

「ふん!お前に憑依してたおかげで、憎しみが倍増しておるわ!!」

「なんじゃと!?」

「お前とワシは似た者同士じゃからな!家族を痛めつけ、ライバルたちを蹴落とすところはワシが指導してやったんじゃ!感謝するが良い!!」

「余計なことをするんじゃないわい!!」


平蔵は父親はその場で殴り合いの死闘を始めた。お互い拳と棍棒を使ってボロボロになるまで殴り合うと、平蔵の父親は平蔵を棍棒でめったうちに打ちのめす。


「お前なんぞ!まだまだワシには勝てん!!」

「なにを!!くたばれ!!」


平蔵は父親の足を噛みついて皮どころか、肉ごと引き裂いた。


「ぎゃああぁ!!」

「ふははは!!この老いぼれめ!!くたばるが良い!!がはっ!!な、何をするっ!!」


父親に一矢報いたと勝ち誇った平蔵は隙だらけとなり、そのまま囲まれていた他の亡者たちに棍棒で殴られ、また気を失うのであった。



「さあ、皆さん、ここが阿修羅地獄ですよ」


地獄めぐりの案内人、一ノいちのせたかしは極楽の役人たちを連れて地獄に来ていた。


地獄に連れて来させられた役人たちは皆、仕事とはいえ来たくもない所に来てしまったと、暗闇に包まれた地獄の世界を見て恐れ慄いている。


「ここが、阿修羅地獄か」


今回地獄めぐりに参加したさかき源三郎げんざぶろうは地獄の景色にまだ見慣れぬようで、何かを探すように目を凝らしながら暗闇の先を見ている。


「さあ、みなさん、そろそろ、ここの亡者たちがやってきます。すぐに私の背後に隠れてください」


一ノ瀬の指示に従い、役人たちは一ノ瀬の背後に集まった。皆が集まると一ノ瀬は両手を合わせて合掌し、何やら言葉を発している。


「仏よ、どうか地獄の亡者たちから、我らをお守りください。どうか光をお与えください」


一ノ瀬が言葉を発し終えると、暗雲から一条の光が差し込み、丸い円球状の光が一ノ瀬たちを包み込んだ。


「これは」


源三郎も驚きを隠せない。


「これは光の結界です。仏の御光、威神力によって、私たちはいま地獄の亡者たちから護られているのです」


一ノ瀬の言葉通り、しばらくして地獄の亡者たちがゾンビ映画のゾンビたちのようにわらわらと群がって来ており、いつのまにか一ノ瀬たちを囲み込んだ。


「ぎゃあ!!」


しかし、地獄の亡者たちは光の結界に触れると同時にバチバチと火花を出して手が火傷したかのように煙を放って苦しみ始める。


何人もの亡者たちが光の結界に挑むも全ての者が結界にはじかれて倒れる始末。それを見た源三郎は仏の威神力の偉大さに改めて尊崇の念を抱き、かつ地獄の亡者たちから護られていることに感謝した。


「ん?」


源三郎が死者たちを見るとその中に一人見たことのある者がいた。


「死ねぇ!!死ねぇ!!」


よく見るとそれはかつて閻魔庁の法廷で閻魔大王に裁かれた、あの東島平蔵の姿であった。


「あ、あれは……」

「ああ、あの人ですね。ここでは闘争心や競争心の激しい人たちが堕ちる地獄です。どうやらお互い殺し合っているうちにいつのまにか同化してしまったようですね」

「彼らはずっとこのまま此処にいるのですか?」

「いいえ、いつかは殺すことに飽きて自分の行いを振り返る時が来るでしょう。その時が救いの時なのです。私たちは地獄に堕ちている人たちに反省を促し、どうにか地獄で苦しむ期間を短くしてあげたいと願っています。ですから、機会が訪れたら私たちは地獄の亡者に対話を試みて、どうにか自己反省につなげていくのが使命なのです」

「対話が、できるですか?」

「いまここにいる人たちには難しいでしょうね。ミイラ取りがミイラになるという諺通り、間違えば私たちも地獄の亡者に攻撃されかねない。ですから先ほどの修法を覚えて自分たちの身を護らなくてはなりません」

「仏の、威神力ですか?」

「はい、仏の偉大な御光によって護られるのです。これさえ覚えておけばどうにか天上界に戻ることができるのです」

「そうですか」


「本来、この地獄という世界は仏が創られた場所ではありません。人間が物質世界てつくった醜い心が具現化した世界であり、ここで正しく反省をすれば、また極楽へと還ることが叶うのです」

「還る?」

「ええ、本来は私たちは仏の子であり、仏に創られた存在なのです。全てのものに仏性が宿っており、私たちの心の内には仏さまと同じ、光の性質が魂の中に込められているのです。ですから本来私たちの住むべき世界は極楽であって、地獄はまあ、魂が病気に罹ってしまったので、治るまで退院できない病院のようなものなのですよ」

「そ、そうだったのですか」

「人は幾度も生まれ変わりを通して魂を進化・向上させ、どうにか仏に近づいていこうと精進する存在なのです。ですから極楽に帰ってたとしてもまた地上世界に生まれ変わりますし、そこでちゃんと正しく生きることができればちゃんと次は極楽世界へと還ることができるのです」

「なるほど、それでは私も地獄で苦しむ人たちが極楽に戻れるよう祈らせていただきます」

「それは素晴らしいですね。榊さん、あなたはずっと、その心を忘れないようにしてください」

「はい、決して忘れないとお誓いいたしましょう」

「まあ、誰もが常に完璧な人生を生き切ることなんで難しいものです。ですから肩の力を抜いてください」

「はい、ご助言、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ、あなたの真っ直ぐな心を見させてくださって本当に嬉しかったです」

「はい、ありがとうございます」

「はい、それでは行きましょう」

「え?この状況でですか?」

「はい」


一ノ瀬は再び合掌すると「電撃一閃!」と大きな声で一喝する。


すると周囲を囲む亡者たちの頭上に強力な電流が流れるとそれは雷のようになって亡者たちのところに落ちた。


亡者たちは強烈な電撃を受けたようでパタパタと倒れ始める。そして同時に倒れたまま身体にバチバチと火花が立って痙攣しているようだった。


「す、すごい」

「これは仏門というより、陰陽師系の修法です」

「そ、そうなのですか」

「はい、あなたも勉強して、どうか習得してください」

「はい、精進します」

「さあ、次に行きましょう」


こうして一ノ瀬一行は倒れる亡者たちを退けて次の地獄へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

地獄の法廷 あんこもっち @akishake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ