第7話

さかき源三郎げんざぶろうは閻魔庁にて閻魔大王の裁きを間近で聴取していた。


生前裁判官であった源三郎は今まで経験してきた裁判とは全く違う閻魔大王のお裁きを目にして、正直、驚きと共にここまで人の人生は見られていたのかと戦慄したのだ。


「死んで帰ると全て晒される。そして死者の立場や人権など、閻魔大王の前では無きに等しい。法律で裁かれるのではなく、閻魔大王の基準で裁かれるということか…….」


「それは少し違いますよ」

「え?」

「あ、どうも、私は貴方と同じここで聴取をしている一ノいちのせたかしと申します」

「あ、どうも、私は榊 源三郎と申します。あの、それで、何が違うのでしょうか」

「ああ、すみません。貴方の仰っていたことで、閻魔大王さまのお裁きですが、決して地獄に落とされる基準は閻魔大王さまの気分次第ではありません。閻魔大王さまは仏の名代として地獄の冥府を任されているわけですから、当然ながら天国地獄を分けるのは仏さまの教えの基準に従っておられるということです」

「そ、そうですか。いや、失礼しました」

「いえ、今回が初めてなのでしょう?それならば仕方ありません」

「一ノ瀬さん、ここは長いのですか?」

「私はかれこれ千人ほどのお裁きを聴取させていただきました。実は私も閻魔大王さまのお裁きを見て、なんと理不尽な裁判なのだろうかと思っていたほうなのです。それを説明してくださる先輩方がいらしたので、誤解は解けました。だからこうして私も同じように貴方に説明させていただいただけなのです」

「それはそれは、教えてくださり誠にありがとうございました」

「いえいえ」


一ノ瀬は七三分けをしたいかにも真面目な男性で眼鏡はしていないものの、目は大きく鼻は高く、口も大きい。中肉中背で彼も同じく背広を着用していた。背広の色は黒色でネクタイは赤色だ。おおらかで優しそうな雰囲気をしている。


「榊さん、私はこれから地獄めぐりの付き添いに行くので、これで失礼します。またいつかお会いしましょう」

「はい、あの、失礼ですが、地獄めぐりとはなんですか?」

「ああ、時々天国の住人やまだ地上で生きている人を呼んで地獄の怖さを知ってもらうために地獄見学に行くツアーみたいのがあるんです。私はそのツアー担当をしているんですよ」

「そうだったのですか。いや、まさか、私も天国にしばらくおりましたが、そんなツアーは初めて聞きましたよ」

「まあ、来世地獄に落ちる可能性のある人が対象ですから、あとは地上世界ではあの世を信じていない人が多いので、時々連れてきて地獄体験させているんですよ。そうすれば地獄に行きたくないと人生を正しく軌道修正できるということです」

「なるほど、勉強になります」

「まあ、榊さんも機会があれば是非ツアーに参加してみてください。なんならツアー担当になっていただいで構いませんよ?」

「いやあ、はは、まあ、機会があれば、その時はよろしくお願いします」

「それでは、また」

「はい、ありがとうございました」

「失礼します」 


一ノ瀬は頭を下げてそのまま法廷を去っていった。


「なるほど、地獄に堕ちるのにも理由があるのだな。悪行といわれる基準は仏さまの教えで判断されている、と」


源三郎は忘れないよう一ノ瀬から教わったことをノートに書き溜めた。


その間に次の罪人が閻魔大王によって裁かれていた。



東島とうじま平蔵へいぞうは地獄の門をくぐるとそのまま冷たい岩山のあたりに連れていかれた。


「お前は此処で反省しろっ!」


ごつん!!


赤鬼が平蔵の頭を粉砕するほどの勢いで鋼鉄の棍棒を振り回した。


棍棒で殴られた平蔵は頭ごと吹き飛んで岩山の下へと転げ落ちていく。


「うわあぁぁぁ!!」


コロコロと転げ落ちた先には木も草も生えていない岩肌の広場であった。遠いところには木の生えていない火山のようなはげ山があり、その山の頂点から溢れんばかりの溶岩が流れている。そして暗闇の中には溶岩のオレンジ色に光る河があちこちに流れているのが見える。


「ここは、どこだ?」


平蔵はキョロキョロと左右を見渡すが、人気のない広場は真っ暗で虫や鳥の囀りさえない。そして無音のはずなのに空気が張り詰めているのか、キーンと耳をつんざくような音が耳のうちから鳴り響いている。


「なんじゃ!?み、耳鳴りが……」


耳鳴りが酷くなってくると急に後頭頭あたりが痛くなり、平蔵はとうとう堪らなくなって頭を抱えながら、地面に転がり、のたうちまわった。


「痛い、痛い痛い痛い痛いぃぃ!!!」


しばらくして頭を抱えていた手のひらを見ると手には自分の血がベッタリとついており、なんといつのまにか後頭部から血が流れていたようだ。そして痛みは後頭部から頭全体へとひろがっていく。


「ど、どうなっとるんじゃ」


気がつけば、人がいなかったはずの背後にはぼろぼろの薄汚れた服を身に纏った男たちが何人も群がっており、それぞれ棍棒のような木の棒を持っていた。


「なんじゃ!お前たちは!」

「死ね!」

「死ね!」

「死ね!」


男たちは口々に死ねと呟き、手に持っていた棍棒を振り回してきた。地面に転がっている平蔵を棒で叩きのめす男たち、平蔵は身体を丸めながらもなす術もなく、容赦なく降り注ぐ棍棒に打ちのめされ続けた。


しばらくしてピクリともしなくなった平蔵の遺体を見て男達は動きを止めると、また次の獲物を探してうろうろとしながらその場を立ち去った。



「ここは、何処じゃ?」


平蔵が目を覚ました。

気がつけば平蔵は枯れた木に寄りかかるように寝そべっており、周囲を見渡すと先程と同じようにごつごつした岩や枯れた草木がちらほら見える平地にいるのがわかった。そしてここがどこまでも暗闇が支配する地獄の世界だと理解する。


「さっきの奴らは一体、なんだったんじゃ」


平蔵はいきなり背後から後頭部を殴られ、その後も棍棒でタコ殴りにされた。そしてそのまま意識を失ったのだ。


暗闇だったことと、恐怖で目を瞑っていたため、相手の顔を見ていなかったことに後悔する。また死んだはずなのに殴られた時の痛みは生前と同じように感じたことを平蔵は不思議に思った。


「今度あったら返り討ちにしてやるわ」


平蔵は負けず嫌いで競争心旺盛だ。

生前も数多くのライバルたちを蹴落としてきた。


平蔵は、このままやられてばかりでは気が済まないと、周囲を見渡して武器になりそうなものがないかと探し始めた。


木の近場を散策すると、いくつかの小石をあつめ、また後ろにもたれかかった木を見て、棍棒になりそうな丁度の良い太さの枝を見つけた。


「よっしゃ!あれじゃ!」


平蔵はジャンプして飛び上がり枝にしがみつくと体重をかけて枝をポキリとへし折った。


ウギャア!!


「何じゃあ?」


木の枝をへし折ると同時に木の方から悲鳴が聞こえてくる。

平蔵が気になって目を凝らして見ると木の幹の部分に苦悶に満ちた男の顔がぼんやりと浮かんできた。


「な!?」


平蔵は驚いて木から離れると、木がしくしくと泣いているのが伝わってくる。


「これも、人間、だったのか?」


人間が木になったのか、木に閉じ込められたのか、どちらかわからないが、どうやら木には人間のような意識があるのがわかる。


「ど、どうして、こんなことに」


ガサ、ガサ、


周囲から物音が聞こえると先ほどと同じように何人もの男たちがゾンビ映画のようにフラフラと近づいてくる。


「来るな!!」


平蔵ほ手に持っていた小石を思いっきり投げると何人かの頭に命中する。それでも数が多いため何人か倒れたのを見てもそれ以上の男たちが後ろからゾロゾロとついてくるのが見えた。


「こ、こっちに来るなぁぁ!!」


平蔵は震える手で折った枝を握ると木刀のようにして構え直した。そして近づいてくる男たちを枝を振り回して叩きのめしていく。


しかし五人ばかり叩きのめしただけで平蔵は再び男たちに取り囲まれ、また棍棒でタコ殴りにされるのであった。


亡者たちは近くにあった木をへし折ると各々持ち運び、溶岩の中に投げ入れるのであった。


ウギャアァァ!!


溶岩の中で木が焼けると共に叫び声が木霊する。


焼けた木は人型の煙となって空中を漂いながらどこか暗い空の向こうへと飛んでいった。

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