第7話 永劫回帰

ふたりが地球から宇宙空間へと旅立ったのは、パンデミックで世界の人口が激減して地球が新たな生存バランスを取り戻し始めた頃だった。そして、そのバランスが完全に整うには数万年かかるという計算がなされていた。


「この宇宙船は小さなふたつの地球を乗せているようなものね」葉子が自分たちを地球に例えて言う。

「RUBYがうまくコントロールしてくれているお蔭で、小さな地球であるボクらの体内バランスに不安はないな」

「それが私の仕事です」とRUBY。


人間とAGI(汎用人工知能)の間で自分の命を預けるほどの信頼関係が結べるようになるまでには紆余曲折があった。宇宙小説に描かれるような戦争こそなかったけれど、そういう小説に描かれなかったようなエピソードは山ほどあった。いわゆる想定外と呼ばれる事象や事件だった。

宏樹が感慨深くそんなことを考えていると、

「地球と言うより、かいこかな、まゆに入っているイメージからして」葉子が冗談っぽく言う。

「蚕といえば、羽化すると交尾ばかりしているらしいよ」宏樹も冗談っぽく返す。

「それはあり得るわね、宏樹なら」

でも、その間何も食べずに5日程で死んでしまう…その事実はあえて口には出さなかった。

短い命を知っているかのように、ただ子孫を残したいという本能で交尾する姿は切なく哀しい。


葉子が話の接穂つぎほがわからずに黙っていると

「あなたたちはカイコではありません。先ほどおっしゃったように小さな地球の種子なのです」RUBYがふたりの会話に入ってきた。

「種子?これから行く場所に移植されてそこを地球みたいに変えていくってこと?」葉子が素直に反応する。

「ボクの種子が全部発芽するとしたら、2年であの地球規模の人口を生み出すことができるらしいよ」

葉子は宏樹の比喩をすぐに理解した。

「過労死しそうな2年になりそうね」

「宏樹さんには馬車馬のようにがんばってもらいましょう」RUBYが適当に締めくくる。


「今度はどんな出会い方をするのかしら、わたしたち」

カプセル上部の天井にある丸窓の向こうに、薄っすらと次の銀河か見えてきた。あの渦の中をくぐり抜ける頃には次の夢に入り込んでいることだろう…葉子は思った。


「楽しみだね」宏樹が言った。

「楽しみね…」葉子が答えた。


遠くの方で何かが波打っていた。

近づくと、天からたなびく無数のカーテンだった。

どこかの寺院の特別行事で見た五正色幕ごせいじきまく のように色とりどりで目に美しい。

よく見ると、一枚一枚が映画のスクリーンのようだ。

カーテンが次々と翻り、映し出される画像が連動して切り替わっていった…


葉子がそんな夢から目覚めると、頭上近くにある窓際の白いレースのカーテンが揺れていた。

暑くも寒くもない爽やかな朝だ。

射し込む光は柔らかく、辺りは不思議なくらいに静かだった。

わたしはどこに目覚めたのだろう。

それともまだ夢の中?

横たわったままゆっくりと部屋を見回した。


人の気配がしたと思われた隣には誰もいなかった。

「確かに誰かがいた」

つぶやきながら半身を起こし、腰窓のカーテンを引いて外を見た。


そこには、見慣れた青空に浮浪雲はぐれぐもがポッカリと浮かんでいるばかりだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宇宙の果ての夢の淵 紅瑠璃~kururi @rubylince

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画