7-3 飛躍への一歩

 転移者たちは、港町ドウラスエと野盗団を構成していた三つの傭兵団の吸収に応じて、軍事力の再編成に着手した。

 厄介なことにドウラスエから野盗の砦に出撃した連中は、留守部隊と怪我人を皆殺しにしてしまっていた。死人に口なしの使い捨て作戦で仲間を殺された傭兵たちは当然ながらドウラスエをひどく恨んだ。一方、ハティエの領民は住処のほとんどが焼失する結果をまねいた元野盗団に憎しみを抱いていた。

 お互いに遺恨のある彼らを一緒にして喧嘩をさせないのは非常に難しい。

「これって川渡り問題じゃない?」とは湯子の言だった。見張りなしで同じ舟に乗せてしまうと事故になる組み合わせがあるわけだ。


 だから一人一人の経歴や性格を確認して慎重に部署を決める必要があった。ハティエ家宰のアレンや司がそのための帳簿――履歴書を作った。

 まず比較的被害の少なかったジョセフ・シリマン隊長の傭兵団に他の傭兵を加えて五十人規模の小隊が造られた。彼らは元野盗の砦に駐屯して、最後の砦になりえる場所の拡張と開拓を任された。なお、砦は司によって「カクシ砦(城)」と命名された。

 もはや隠れていないけど「三悪人(傭兵隊長)がいたから」との由来だった。

 転移者に生涯の忠誠を誓った彼らは生涯の雇用を保証されたと考えて土木作業もゲーテ隊ほどは嫌がらずに実行した。材木調達を兼ねてドウラスエやハティエとカクシを結びつける細くてしっかりした道路の工事もゆっくりと進められた。

 傭兵たちの心を繋ぎ止めたい文武が頻繁に視察するためにも馬で快適に進める道は必要だった。


 ハティエの防衛と再建を任されたのはゲーテ隊長の小さな傭兵団に、少数の元野盗およびドウラスエ人を監督させた五十人の小隊だった。半数以上がアマチュアで、あまり軍隊らしさはない。彼らはフォウタやドウラスエに対する人質も兼ねている。

 現地には元々住んでいたハティエ人もいるが、まだ全員分の家がないので征服した町で屋根を借りている者もいた。これには陥落時に逃げ出した商人の家などが恰好の接収対象になっていた。

 造り直すハティエ城は敷地を追加して全ての農家を城壁で囲い込んだ砦にする予定だった。形状は主郭を取り巻くように副郭を増やしてクローバーの葉っぱ型にする方針である。城壁は木材から土塁に変更される。

 新生ハティエ城の全体が完成して全軍を入れれば、マクィン軍の攻撃に耐えられる可能性も少しだけ出てくる。なお、ゲーテ傭兵団の契約は春までなので期間延長を交渉中だった。


 最後に最大拠点のドウラスエを支配するのは転移者たちとハティエ兵、元野盗、ドウラスエ兵による百人規模の混成部隊だ。元野盗とドウラスエ兵の人数を拮抗させつつ転移者とハティエ兵が見張る形である。隊長は真琴、弓部隊の指揮官は湯子ということになっている。

 できるだけプロ意識のある人材を選抜しているが、実戦ではあまり当てにならない。しかし、百五十人もいるヘンリー・テナント隊長のソラト「平和維持軍」への対抗上、数だけは揃える必要があった。

 仲間内で争うよりもソラト兵への対抗心が優るという意外な効果が生まれてくれて、混成部隊なんとか分裂せずいた。

 だがもしも、部隊がまとまる前に他勢力に攻められた場合は、幹部と元野盗だけでカクシ砦へ脱出することも考えていた。


 その話が出た時に真琴は「いやじゃ!いやじゃ!温泉を捨てとうない!!」と我儘な姫の演技をした。司は読み終わった本を一冊ずつハティエの城塔に送っていた。夏にはカクシ砦にまた移送するかもしれない。

 そんな様をみて文武は含み笑いをしてしまう。

「やっぱ、守りたいものが自分で歩いてくれないと大変だなぁ」

「……私の守りたいものは自分で危ない方に歩いて行くけどね」

「え?ね、姉さん……?」

 ――守りたい同士の意見不一致はもっと大変だった。


 ともかく転移者たちは拠点を一つから三つに増やすことに成功しつつあった。強敵が相手でも一撃では滅ぼされない体制が整ってきた。特に拠点がつくる三角形の内側は安心感がある。

 フォウタ湖に浮かぶ小舟数艘だけの「海軍」も誕生した。ソラトやフォウタの本格的な艦隊には敵わないが、うまくやれば対岸に逃げることもできる。

 ついでに水運を通じて前より人や物、情報にアクセスしやすくなった。故郷が揉めている相手でも儲け話には積極的なフォウタ商人も中にいるのだった。



兵力配置を記入した地図はこちらの近況ノートにあります https://kakuyomu.jp/users/sanasen/news/16817330655467764255

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る