7-2 飛躍への一歩

 ドウラスエの支配にはハティエとは違った難しさがあった。まず、その正当性に問題があった。この港町を間接支配していた公国自由都市フォウタは「大公様に許された自治権の侵害である」と問題を風雲島全体規模に拡大しようとした。

 しかし、ドウラスエはフォウタが公国自由都市に設定された後に得られた領土であり、そのような理屈を認めたら誰も各公国自由都市の領土拡張を止められなくなってしまう。これはむしろ、焦りのあまり飛び出した諸侯を敵に回しかねない暴論だった。

 事実、公国自由都市のリンウが中心となって結成されたジフォン共和国も、周辺諸国と領土を奪い合っているが、フォウタのような無茶な主張はしていない。その理論武装を転移者たちはリンウの商人に教えてもらった。

 そもそも現在における大公の権威は名分上のもので、現地に派兵できる実力を有していなかった。


 ただ、ハティエ側の後援者であるゴッズバラ王国が及び腰だった。北のマクィン王国に攻められている最中にフォウタとまで事を構えたがらず、転移者たちからドウラスエ侵攻の事前連絡もなかったこともあって――そんな時間的余裕はなかったにも関わらず――突然生じた政治問題に冷ややかな態度を隠さなかった。

 すぐに援軍を送ってくれないから自力救済でここまでやらざるをえなかったのだと、ハティエ側は主家に不満を覚えた。表向きは恭順するしかなかったが、生き残るためにもドウラスエをただで手放すことはできない。何よりもこの港町には温泉が出た。転移者たちにはあまりに重要すぎるポイントだった。

 降伏させた傭兵たちも食わせていかねばならない。


「何とか生き残ったけれど、これは詰みコースなのかも……」と先を考えがちな真琴は頭に手ぬぐいを乗せて懸念していた。温泉にそれほど来ないのは新しい書物を手に入れた司くらいだ。

 もし、フォウタが武力行使に出てくれば持ちこたえることは難しい。どうやら戦力差は野盗団とハティエ城よりも大きい。

 現状で転移者たちの安全を担保しているのは攻め落とした時にえた人質である。フォウタの衛星都市だっただけに、有力者の親類縁者が何人も捕まっていた。

 彼らの命への心配と、ハティエ防衛戦で採られた自焼作戦がドウラスエにも行われる恐怖が、領土を奪回したいフォウタの歯止めとなっていた。

 人質の身代金は欲しいが攻められたくない転移者たちは慎重に交渉する必要があった(暗殺される危険も増したと言える)。


「ドウラスエを支配しているのはウチの子じゃありません」状態のゴッズバラ王国に代わって、仲裁を買って出たのがソラト総督ウィリアム・バデレーだった。もともと彼は軍事より政治の場面で活き活きする人物らしい。

 フォウタ、ドウラスエと同じくフォウタ湖沿岸の都市ソラトの支配者であり、軍事力の裏付けもあったから仲裁者に向いていた――ゴッズバラ王国の傘下にある点で中立性に欠ける点を除けば。ドウラスエ側がゴッズバラ王国に見捨てられた気持ちでも、フォウタ側はそう簡単には判断しない。

 ごたごたも支配を既成事実化する時間稼ぎと思われていたし、転移者たちもそれを期待していた。しかし、ソラト総督も信用ならなかった。

 ソラトがドウラスエに中立の顔で兵を送り込んで来たのは、ドウラスエの略取を狙っている可能性もあった。


「兵を送り込めるなら野盗に襲われた時に援軍を出せただろ……?」

 呆れるほど信用できない態度である。もちろん、生き残るために利用できるものは利用させてもらう。送り込まれたソラト軍の部隊長――ヘンリー・テナントという名前だった――をよく食事に招き、親交を深めるようにした。テナント隊長は転移者がもちこんだエキゾチックなボードゲームやカードゲームに興味を示してくれた。いささかハマり過ぎなくらい。

 兵士同士も仲良くやってもらうために野球やサッカーを紹介してみたが、むしろ勝ち負けで刃傷沙汰が生じる危機を招いた。この世界にも似たものが存在していたボウリングなどは平和で比較的に良かった。そこからより道具が簡単なパターゴルフも勧めることにしたのだが、一見似ているゲートボールは――転移者が正式なルールを完全に覚えていなかった影響もあるかもしれないが――喧嘩っ早い連中との相性が最悪で死者が出る寸前まで行った。

 基本的に軍隊でのギャンブルはトラブルの原因になることから禁止である。何度も禁止されるほど軍隊内部でのギャンブル流行は止めがたく、暇と勝負事には必ずつきまとう。親睦は深めてほしい一方で、転移者たちも早速これに悩まされることになった。



 フォウタ湖から南に流れ出る川が東に方向を変え最後は北流して海に注ぐ河口部に築かれたゴッズバラ王国の首都ラクウオ、レイマ帝国の首都にならい防御より発展と防災を優先し城壁外まで市街を拡大したことで繁華を極める風雲島最大の都市である。

 しかし、軍事情勢は王国に不利であり、新城壁建設の議論が持ち上がっていた。劣勢の現実を見たくない勢力からの反対もあり、いまはまだ郊外での要塞建設と王宮の防御力強化でお茶を濁していた。

 木工カーペンター石工メイスンが地面を歩き回る王宮で、紫の長衣トーガをまとった気難しそうな老人が家臣の報告を聞いていた。


「それでは奴らは追い詰められても鉄の箱を使わなかったのだな?」

「は、はいぃ……」

 問いかけられた男は床に這いつくばるようにして答えた。彼は多額の身代金で一足早く解放された二重スパイのお目付け役だった。かつては英明な改革者と期待された王も、年老いた今では機嫌を損ねたくない暴君である。

 ゴッズバラ王ジョン・ウェイヴェルは不愉快そうに顎を撫でた。これから寒さが増してくる。風雲島で最も南にあるゴッズバラ王国にいても気候が身体に堪える。

 孫に少しの自由を許せば、これだ。やはり、かわいいジョージは詐欺師に騙されたのだと思った。落ち目になればなるほど甘言を弄する詐欺師は寄って来やすくなる。「詐欺師」がさっそくフォウタとの外交問題を起こしたことも不愉快だった。

(どうしてくれようか……)

 年齢のせいもあって王宮から動かず、策を巡らせてばかり。敵にも味方にも剣呑な王であった。

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