7-番外編 転移者たちの新居

 転移者たちは新たに征服した港町ドウラスエでの新居を放棄された商館の一つに定めた。温泉浴場に一番近かったことが選定の理由だった。

 商館は四階建てで、街路側が店舗と住居、反対側が倉庫になっている。一階にはハティエ兵たちが詰めている。二階が鳴条姉弟の部屋でホールで文武が、奥の個室で湯子が寝ていた。三階では真琴と司が暮らし、四階には最重要の人質が軟禁されている。

 こうして、ようやく不完全ながら一人一人のプライバシーを確保できたのだった。


 しかし、寝る前まで情報交換する習慣はすぐには変えられず、姉弟は二階のホールで額をくっつけんばかりにして話し込んでいた。

「それでね。湖の対岸は断崖続きで上陸できる場所が少ないんだけど、そこもソラト総督が押さえているみたい。例外がクロキって港でこっちはフォウタの支配……」

 バンッ!

「あ!またイチャイチャしてる!!」

 びっくりして振り返った文武の両目を姉が両手で覆った。

「別にイチャイチャしてないよ」

 だが、シスコン弟は頭の真横で話されてゾクゾクする。

(バイノーラル姉作品のアーカイブとか失っても問題なかったんだ……)

「いや、してるじゃん」と仲間からは突っ込まれる。

「真琴こそ、どんな格好をしているんだよ。言いたくないけど、あまり油断するなよ」

 転移者の白一点は見えないなりに、とりあえず反撃しておいた。見えないせいで余計に想像してしまう。いつもの温泉帰りで暑がっているのだろうが……。


「日頃油断できないから家でリラックスして発散しているんです!この中世風雲アイランドで女をやっていくのはストレス溜まるんだから……」

 相手の立場になれないので反論しにくいことを言われる。彼女は領主の準肉親あつかいで尊重される立場のはずだけど、それでも価値観の違いから嫌な経験をすることがたびたびあるのだろう。毎日の出来事をよく話してくれる小柄な姉の方は、女扱いよりも子供扱いに憤慨して話すことが多いので、あまり認識できていなかった。

「でも、それだと俺はどこでストレス発散すればいいんだ……?」

 外では騎士や領主らしい振る舞いを求められ、内では見ちゃいけないものに我慢させられる。文武は自分がある意味で最弱の立場に思えてきた。外では無理にそうあろうとしなくても良いのかもしれないが、生まれ育ちが違いすぎる自分は全力で領主のフリをしても少ししかできない恐怖がある。まったく手が抜けない。


「うーん……お酒でも飲んだら?」

「それはダメ!」

「ダメだそうです」

 真琴は溜息をついた。

「はぁ……一生『お姉ちゃん』の尻に敷かれていれば?」

 目隠しされているのに彼女が肩をすくめていることが想像できた。彼女はそのまま三階に去ろうとしたが、呼び止めて少し打ち合わせをした。


「そんなことしたら王国に目を付けられない?」

「もう十分につけられているだろ。それに(ドウラスエ領有問題で)バックアップをしてくれない王国のことなんて知らないよ」

 真琴は笑った。

「りょーかい。文武が外で我慢しているって嘘じゃん」



 まずは隗より始めよ。

 ドウラスエでは女性が全軍の半分を任せられるほど重用されていることを転移者たちは積極的に言いふらした。その部隊の副隊長格も領主の姉だが女性である。文書管理も女性に任せられている証拠に、リンウから出版される童話の作者として『ドウラスエ町長フミタケの義姉ツカサ』と署名を入れた本もバラ撒いた。これはドウラスエ支配を既成事実化する目的も兼ねていた。

 童話の出版計画は儲かりもせず損もせずと言ったところで一部の不思議な物語を好む人々には受けていた。それだけなら徐々に飽きられていったはずだが、元世界の物語を模倣しているおかげで作品の幅が広く、辛うじてカルト人気を持続させていた。この世界に著作権は理解されていないので、ゴッズバラ王国の平和な南部地域では勝手に手書きコピーもされているらしい。


 ともかくまだまだ人材不足の転移者たちは、これで出世の野心がある女性を集めようとしたのだった。

 たとえば軍隊の段列で洗濯女をしながら戦闘時には進んで武器を取るような女性を、洗濯はせずに戦闘に専念させてあげると口説く。志望がマッチすればむしろ女傭兵に男性の洗濯夫をつけたっていい。

 パフォーマンスにわざと逆転した関係を作って見せたりもした。もっとも、その洗濯夫は戦傷で歩けない人物だったが。


 こうしてソラトの大規模需要で傭兵の取り合いが続いている中、ドウラスエは何人かの女性人材を冬の間に確保することができた。彼女たちは女性陣の護衛にも向いていたので、文武も少しだけ気を楽にすることができた。

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