第45話 欲しかった宝物

 脳波で操作しながら車を運転するカンラギは、バッテリーが半分切っていることに気づく。


「そう言えば充電じゅうでんしとくか……」


 せっかく人通りが少ない今の間にととなりの車線へ進路を飛び出し、反対車線をっ切ってスタンドに向かう。

 化石燃料こそ存在しないが、人類が生まれて研鑽けんさんを続けた技術の進歩を損なわずに済んだおいんで、石油やガソリンといったものは存在する。


 しかしながら、ワームビーストから取れるエネルギーが主力の今、大概たいがいの車は電気自動車である。

 ガソリンスタンドならぬ高圧電流の給電スタンドに着くと、カンラギは充電を始めていく。


「……クスッ」


 充電をしている間に、スマホを使い明日に向けての作業をする――つもりが、喜びのあまりに声をらし、身体をしんわせる。

 なんせ人がいない、だれも見ていない――そんな状態にカンラギのタガは外れていく。


「見つけた! 本当に、本当にいたなんて!」


 存在、実力――それぞれ半信半疑の所もあった夜明けの騎士きしは、願い通りにと言えるほど完璧かんぺきに存在していた。


「しかも、パルストランスシステムを使いこなすだなんて」


 身もだえする喜びを、幸いにも我慢がまんする必要がないせいで、体の震えは止まらない。


「はぁぁ~、いいわね」


 自分の持つ技術を、存分の使いこなす相手というのは大変貴重である。

 システムに関する理解なら誰にも負けなくても、それを操る技術はやはり別物であった。


 その上で――彼の持つ感覚自体、どこかネジが外れている。


普通ふつう――レバーを動かして移動するものよね?」


 だというのにフルパルスコネクトを使ったラスターは、レバーを動かすのではなく、ReXの背中についているブーストを、まるで自分の体のようにあつかって移動していた。


 自身の背中にそんなものは存在しないというのに、あれほど自然に扱えるのは――一体自分の肉体をなんだと思っているのやら。


 そしてなにより――


「最っ高の形で終われた! 誰にも言わないで? ふふっ――えぇ、絶対誰にも言ったりしないわ」


 まさかミレアもふくめて知られていないとは思っても見なかった。


 言うわけがない、言えるはずがない――夜明けの騎士の行動に、全て自分が介入かいにゅうできる最高の状況じょうきょうを、間違まちがっても自らくずすなどありえないのだ。


 カンラギは、誰にでもあんなに無防備に接するわけではない。


 才能のある人間を手元に置いておくくせはあるが、それでも距離感きょりかんは保っている――なんなら、たいした執着心しゅうちゃくしんも持っていないため、波風を立てずに関係を断つこともできる。


 だが――今回はそうはいかない。


初恋はつこいかなわない――だっけ?」


 カンラギはぺろりとくちびるめる。

 ラスターの存在を初めて知ったのは一週間前のこと。

 しかし、夜明けの騎士に心をうばわれたのはもっと前の――第二生徒会会長がシズハラになるよりも前のことである。


なつかしいわね」


 スマホに映る男とのツーショット――フォビル=マックアランを見る。


「教えてくれて、ありがとね」


 あの時の衝撃しょうげきは――いまだに忘れられない。


「精が出るわね――」


 一年ほど前のこと――

 二丁の拳銃けんじゅうまわす男に、カンラギは声をかける。


「ん? どうかしたか?」


 あせをダラダラとたらしながらも、さわやかにかべる笑みは、暑苦しさを感じさせない。


「なにをそんなに頑張がんばるのかしらねぇ」

「なんでいかっているんだ?」

「別に? 授業が早く終わるって聞いてたから実験の手伝いをしてもらおうと思ってたのに……まさかブンブンブンブンとずっとそんなことをしてたのね! ってだけよ」


 ぷいっと首を振って不満を表す。

 自分勝手な都合だが、別に本気で怒っているわけでもなく、相手の男もその程度は理解しているため、爽やかに笑い飛ばす。


「悪りぃ、全部修行の時間に使っちまった」


 にこやかにしてこの学園で一番の武術科生。

 誰よりも努力家で、カリスマ性にあふれた金髪きんぱつ碧眼へきがんの男――フォビル=マックアランが無邪気むじゃきに笑う。


「これ以上はオーバーワーク。エンジニアストップよ!」


 サンドバスケットを突きつけながらカンラギが訓練をやめさせる。


「なんだそれは――でも、ありがとな」


 止めなければいつまでも頑張っていただろうが――やれば、やるだけびるといったものでもない。

 ドクターストップならぬエンジニアストップに素直に従い、ありがたくいただく。


「うまいなぁ、これ」


 フォビルはわたされたサンドイッチを食べながら感心する。


「どうやったらこんなにうまくできるんだ?」

「経験と慣れよ」

「キミらしい答えだ」


 フォビルはこたえきれないように笑うと、サンドイッチを口に入れる。


「次こそは協力させてもらうよ」


 様々な具材をはさみ、色とりどりのサンドイッチをぺろりと平らげる。


「それはぜひともそうして欲しいんだけどね――なにをそんなにあせってるの?」

「焦る?」

「二年生でありながら、生徒会会長に選ばれるだなんてとっても栄誉えいよなことだと思うわ。あなたが頑張っているから、みんなも引っ張られて頑張るわけだし。それでも、あなただけは思いめて――追われているような……そんな感じ」

「そうだった……か?」


 自覚のない気負いをはらうかのように体をほぐして、フォビルは首をかしげる。


「このコロニーの一番上に立って、次はお師匠ししょう様のようになりたいっていうのは分かるけど……それでも、ね?」


 フォビルの背中に手をやりながらカンラギははげましていく。


大丈夫だいじょうぶよ。今はまだ遠いかもしれないけど、あなたがこれから頑張れば、お師匠様と同じとしごろには誰にも負けないわ」


 ニッコリと微笑ほほえむカンラギとは対照的に、フォビルの顔は暗くしずんでいく。


「信じられない?」

「同じ年の頃……リトルナイトって知ってるか?」

「なにそれ?」

「最近の漫画まんがで、ReXに乗る子供騎士とお姫様ひめさまのお話」

「あぁ、そういえばちょっとだけ……えっと、それがどうかした?」


 パラパラと流し読みした作品をいきなりいわれると思っておらず、うろ覚えで相槌あいづちをうつ。


「あれは――本当の話だ」

「まさか!?」


 カンラギはおどろいて聞き返すが、真剣しんけんな表情はうそか本当かはいざ知らず、冗談じょうだんではなさそうである。


「あんなことができるものなの?」


 さらりとしか読んではいないが、操作技術だけでなく、ReX自体も不可能に思える挙動が数多くえがかれていた。


「あぁ……、それに比べて……」


 苦い表情でフォビルががんきながら、くやしそうに拳をにぎりしめる。

 無邪気に――時には子供っぽく笑い、時には誰よりも力強くハキハキとした男の弱り切った横顔。

 自信と慈愛じあいに満ち溢れ、負の一面なんて存在しないかのように振るう男に落ちた黒いかげ

 そこに――これまで感じたことのない強烈きょうれつな感情が引きずり出される。

 これほどの男に、あんな表情をさせるまだ見ぬ誰かに、カンラギの心はとりこにさせられる。


「だけど――」


 なにか言うフォビルの声が耳に入らないほど、甘酸あまずっぱくしびれるような感覚がカンラギをおそう。

 才能のこうめき――フォビルの持つ才能はみなを照らして導く、象徴しょうちょうのような力強さである。

 

 だが――本物の才能とは、人を暗いやみへと追いやるものなのかも知れない。

 

「――カンラギ? どうかしたか?」


 うっとりとおぼれていたカンラギは呼びかける声に正気を取りもどす。


「えっ? いいえ、なんでもないわ。他にもどんな話があるの? 教えて――」


 フォビル=マックアランに影を落とす魅力的みりょくてきな光をカンラギは求めていく。


(そういえば、最近戦術的な目処が一切立たない兵器があったっけ……)


 重力力場を作って敵をたおし――そして、さらなるピンチを呼びむ失敗作。それでも使い手次第なのも事実。

 よろこびに火照る身体をおさえ、少しでも知ろうとした懐かしい日々――


「感謝してるわ」


 フリーハンドで走る車に乗りながら、カンラギはスマホを操作して、彼とった写真をまとめていく。


「じゃあね」


 そして――それらのデータを全て削除さくじょする。


嫉妬しっとしたら困るもんね――ふふふ」


 ReXの中での様子を思い出し、カンラギ=アマネは喜びに身を震わせるのであった。

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