第46話 最後の宴

「腹減った……」


 だれもいない家の中、本能が求めるものを口からしながら行動に移す。

 冷蔵庫を開けてブロック肉とキャベツを取り出すと、肉を四つ切りにする。


 フライパンに油を引いて適当に焼きながら、見事な手際でキャベツを千切りにして――めんどくさがりの料理はここで終わる。料理と呼べるほどのものかはなぞだが。


「ReXでったのは、久しぶりか」


 ペン回しの要領で包丁をぐるぐるともてあそびながら独り言ちる。

 味覚が死んでいるわけではなく――むしろ王族と暮らしていただけあって繊細せんさいなのだが、美味しさを自ら追求する意欲はないため、塩胡椒こしょうすら振らない。


 そんな、残念な料理のうでも、包丁さばきだけは卓越たくえつしている。


 魚を丸ごとわたされても、見事に三枚おろしにしてのけるぐらいには――包丁の質が悪すぎれば別だが、それなりにちゃんと切れるのなら、天性の才覚で種類に問わずどうにでもできてしまう。

 焼き上がった肉を皿に移し、野菜と一緒いっしょに並べていく。


「いただきます」


 塩も胡椒もドレッシングも――調味料なしで夜食を取る。

 味気のないご飯だが、一人で食べる分にはどうだっていい。


 戦いにおいて他人は邪魔じゃまだが、人生においては他人がいないと味気ない――一人きりで自分の人生をいろどる能力には、欠けているのである。


「そういえば、戦場に一人っきりってのは久しぶりか?」


 夜明けの騎士きしとして知名度を上げてから面倒めんどうごとにまれる機会は増え、基本的に誰かと宇宙に出るようにはなっていた。

 実質一人きりみたいなことは多かったが、今日のように連絡手段れんらくしゅだんを断ち、誰も周りにいないというのは初めてではなかろうか。


「楽しかっ……ないないない」


 ぽつりとらした言葉を全力で否定する。楽しくなんかないし、今後一生乗らないし、未練なんか……ない。

 焼いて切っただけの料理を食べ終えると、る準備へと入る。


「先週どころか今週まで、ワームビーストのせいで休日がつぶれるのはどうにかならんのかねぇ」


 やれやれとため息をつきながらも、笑っていう。

 これでかたの荷が降り、平穏へいおんな日々が過ごせるのだから。


 そう――ラスターは知らない。


 カンラギ=アマネだけに正体が知られることの意味を――

 武術科や学術科にまで知られるよりも、心穏やかで平穏な生活が過ごせるのとえに、人生が波乱に満ちていくことを……


 今はまだなにも気付かぬまま、幸せななやみ――宇宙中の誰もがきらう月曜日の憂鬱ゆううつ感を胸に、ラスターはねむりにつくのであった。



混沌カオスね」


 それでもいつものこととなれば、特におどろきもない――むしろ予定調和。

 料理をむさぼり、タガが外れたようにはしゃぎ続ける武術科を冷ややかに見つめる。

 もっともっぱらいを見る素面の人間は、カンラギに限らずこんなものであった。


 お酒は十八になってから――コロニーによっては、独自の法で二十まで禁止にしているがここでは十八だと問題だが、二十にする意味がうすいということで十九と指定されている。

 だというのに、この場にいる十八歳じゅうろくさい以下のほとんどの生徒達は酔っはらっている状態であった。


「よぉ! カンラギ! どこ? どこだ?」


 どうしようもない酔っぱらいこと、ガレスがおくれてやってきたカンラギに絡んでくる。


「来ないわよ」

「えぇえええええええ? なんでだあああ」


 喜びと酒のダブルパンチで脳細胞のうさいぼう破壊はかいされている様子を、しげもなくさらしながらガレスがさけぶ。


「まぁ、ここまでできあがってたら、来れるものも来ないでしょ……」

「なんでだよ……」


 一見会話が成り立っているようで、すでにカンラギの声は届いていない。

 夜明けの騎士にすすめるつもりだったお酒を、カンラギの手にけて、ふらふらとどっかへ行き――そしてまた馬鹿ばかみたいにさわいでいる。

 戦艦せんかん級こそ、ラスター一人で解決したが、彼らも立派な功労者であった。


 酔っ払いの品のない態度に目くじら立てることなく、カンラギはおくへとズイズイ進んでいく。


「これ、どうしましょ」


 渡された酒をどうするか悩み――せっかくだからと飲んでいく。

 国際法では、飲酒は犯罪だがノンアルコールでならば年齢制限ねんれいせいげんなどなく――推奨すいしょうこそされないが、問題はないのである。

 そして、そのために開発された薬――お酒からアルコールを飛ばし、ノンアルコール飲料へと変えるノンアルコールざいなるものが存在している。

 たとえお酒であっても、これをかしたアルコール製品であれば飲んでいいのだ。

 と、ここまでが法律に基づく話である。


「遅かったな。ちゃんともどってこられたのか?」


 部下であるラスターの心配――ではなく、夜明けの騎士の様子を気にしたリーフが話しかける。


「あなたは飲んでないのね」

「あいつらが飲んでるからな……」


 リーフの視線に合わせて目をやると、シズハラが目に入る。

 危機はだっしたといっても、いついかなる時に、危機が訪れるかはわからない。


「真面目に見せかけて、たまにネジが外れるよね」


 カンラギもゴクリとお酒を飲みながらいう。


 未成年の飲酒は犯罪だが、ノンアルコール剤を入れてさえいれば罪にはならない。


 それが、たとえノンアルコール剤を無効化し、ノンアルコール化を防ぐ薬を入れてもノンアルコール剤を入れていたのなら合法である!


 正確には、そんなわざわざ入れた薬剤を無効化することまで想定がされておらず、法整備を行えば一発アウトの一品だが、いかんせんこのコロニーでしか需要じゅようがないために法整備が放置されていた。


 普通ふつうのコロニーでは、そんなのを入れる必要がない大人や、勝手に飲めばいいという子供――大問題にして真実が存在する。

 だが、学生コロニーでそうはいかない。

 アルコール飲料を売る理由は、教師の存在を言い訳にできても、買う理由に言い訳にはできない。


 ノンアルコールだからという大義名分と、その建前を守りながらお酒へと手をばす思惑おもわくが、見事合致がっちしたために生まれたこのコロニー限定の薬。


 そして、お酒一つに二つの薬品が絡むせいでかなりの値段がしたりする。


 こうした背景もあって、無料酒を振るうのは、武術科という命を張った人達と、シェルターにいる人達との差になりやすいという利点にもなった。


「じゃあね。私は戻るわ」

「食べていかないのか?」

「もう、食べてるの」


 夜明けの騎士の帰還きかんを待つついでに、カンラギはちゃっかり晩飯を済ませていた。


「それにみんなの様子も見ておきたかったしね。ありがとう、リーフくん」


 七割方の武術科はお酒を飲んでいるが、下戸やリーフのような危機管理の高いもの……他にも単純にノリには乗らないタイプなどは飲んでいない。

 会長&副会長が飲んでいるのは、まず間違まちがいなく夜明けの騎士がいれば安泰あんたいという理由――本人に聞かせればこの空気をぶち壊しかねないだろうが、だからこそこんな所にいないとも言える。


「あっと、そういえばこれどうぞ」

「ん? どこのかぎだ?」

「おまり用の部屋の鍵よ」

「なんで?」


 リーフはもらった鍵に首をかしげる。

 この後の展開は、せいぜい適当に酔いつぶれて雑魚寝か、自身のクラスの部屋で寝るか――女子生徒ならば女子専用に開放されている雑魚寝部屋のいずれか。

 わざわざ学校の宿泊部屋――有料の宿泊施設しゅくはくしせつの鍵を渡される意味がリーフには理解できない。


「まさか体育館倉庫の鍵とかが良かった? 保健室は絶賛使用中よ?」

「どういう意味だ?」


 なにをどのようにすれば、それらが結びつくのか?

 リーフが不思議に思っていると、カンラギは余所へと目を向け、他の女の子――オペレーター相手に手を振ることで、思春期男子の脳に解答が導かれる。


「おま!? いつ知って!? っつか死ぬほど下世話だな!」


 まだ誰にも言ってなければ、巨大きょだいなお世話までかましてくるカンラギに、声をらげて狼狽ろうばいえる。


「じゃあねー」

「なんのつもりだ!」

「お礼」

「なんの!」


 羞恥しゅうちに染まったいかりの顔でみ付いてくるリーフに、カンラギは笑ったまま手を振るとそのまま部屋から出ていく。


「はぁ~」


 リーフはあきれてため息をつく。


 真綿で首をめられるという感覚――否、美味しい料理を頭の上に乗せられて、運ばされる感覚とでも言おうか?

 無闇むやみに動けば困ったことになり、動きづらいことをいいことにあれやこれやと面倒事を押し付けられる。


 だが――褒美ほうびがあるので素直に従ってしまうし、押し付けられた内容をこなせばこなす程、様々な恩恵おんけいがもたらされる。

 手足をしばることなく、こちらの動きを縛ってくる感覚こそ歯痒はがゆいが――結局思惑通りに転がされてWINWINな関係を刷り込まれていく。


「そういえば――」


 面倒事といえば、一週間前にいきなり学術科の生徒――ラスターの投入があったわけだが、あいつがどうなったのかと首を傾げる。


「あっ! ちょっと待って、ヒヤマ会長」


 部屋から出ようとしたヒヤマをリーフは呼び止めるのであった。

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