第30話 ブラックホール

 ガチャリと音がひびき、中のモーターが景気良く回り始めていく。

 ReXしにランチャーの振動しんどうと音が一緒いっしょに伝わり、そして浮遊ふゆう感が訪れる。


 バレルの内部はまぶしくかがやき、五またに分かれた間から、だんだんと黒いモヤが発生すると、重力力場によってとらわれた光は、外からは見えることができず、ぼんやりとした黒になって現れ始めた。


距離きょり2キロ……あの1キロになってしまうと、どうなるんですか?」

「あまり効果がないか――それともまれるかのどちらかですかね?」


 オペレーターの質問に、研究員が答える。

 当てて殺すビームではなく、相手を死に至らしめる空間を作るといった装置。

 場所が遠ければ効果がなく、近ければ自分たちもえになってしまう。


「そんな……」


 オペレーターの心配をよそに、ブラックホールランチャーの中にある黒いモヤは形を作り始め――そして、射線上を真っ直ぐに、黒の軌跡きせきえがきながら球が飛んでいく。


「心配ない……照準は2.5キロに合わせているから、巻き込まれる事はない」


 ラスターがそう言うと同時に、黒の軌跡が太くなり、まるで天井てんじょうはりつけにされたような浮遊感が、ラスターだけでなくコロニー内部にもおそいかかる。

 そして、発射から重力発生までの間に、なんとか緊急きんきゅう用のシートベルトを間に合ってかけていた。


「ワームの数が減っています!」


 レーダーを見たオペレーターが、ワームビーストの生体反応が消えていることに気づく。

 ブラックホールランチャーからち続けられる黒色の太い線は、敵よりもさらに後ろで黒い球を作っていた。


 線の近くにいるワームビーストは、そのまま黒いやみに飲まれてグチャリとつぶれ、他の個体は、黒の球に引き寄せられる様に後退を始めていき、その場所へと到達とうたつしたワームビーストはあえなくグシャリとひしゃげていく。


「数40、30――どんどん減っていきます!」


 観測するたびに数が減っていく様子に、オペレーターたちは興奮気味に報告し、第二生徒会メンバーも、圧倒的あっとうてき威力いりょくに感心する。


「こんなのがあるなんて――うわぁ」


 コロニーそのものにかかる衝撃しょうげきに、感想を口にしていたシズハラがおどろきを上げた。


「これ……なんか引き寄せられていない?」

「まさに、引寄せられているわね」


 ヒヤマの質問に、カンラギは深くうなずいて答える。

 ブラックホールランチャーによって出現した疑似ブラックホール――それによって、コロニー自体が引き寄せられていく。


 ブラックホールランチャー量産計画がご破算になる理由が、この遠方で発生した重力によって受ける影響えいきょうであった。


 大量討伐とうばつを可能にするのだが、代わりとばかりに討ち損ねた敵に対して、自ら率先して近づく自殺行為こういひろげてしまうこと。そしてビームで対処しようにも、発生したブラックホールの影響をモロに受けるせいで、まず当たらないといった不具合が起きている。


「じゃあ、行ってくる」


 ラスターは通信機に報告を残すと、コロニーへの固定器具を外す。

 重力に引かれて、ヴォルフコルデーはワームビーストの元へと飛んでいく。


「おい! あれ、大丈夫だいじょうぶなのか?」


 なんだかんだで、心配をするガレスであるが、カンラギが満面のドヤ顔で披露ひろうする。


「えぇ、全く! 問題がないわ」

「でも、武器ってアレ以外に持っているのか?」


 通常だと付けているはずのよろいも、両手に持つはずだったビームライフルすら持ち合わせていない。


 シズハラ会長とガレス副会長が一緒になって聞くのだが、相変わらずの得意満面のうれしそうな笑み――なんともなしに見れば、美女の人をきつける魅力みりょく的な笑顔なのだが、女のシズハラだけでなく、男のガレスも愉悦ゆえつに満ちた喜びにドン引きしている。


 そして、ヒヤマもどこかあきれ顔という――カンラギは自身の欲と、必要な義務その両方を妥協だきょうしない。


 現実を見るリアリストだが、決してロマンを忘れたわけではない。白馬の王子様に来て欲しければ、王子の地位と白馬と好きな男の三つを用意して、むかえに来させる方法を考える類の女性である。


「これからどうするんだ?」

「ふっ、そんなの――夜明けの騎士きしにやってもらう行動なんて一つしかないじゃない」


 五十体程いた敵は、たった一撃で残り十五体にまで減っている。


「さぁ! やって見せなさい! これが真の姿よ!」

「……なぁ、確かお前がこれを作ったんだっけ?」

「あっ、はい!」


 唐突とうとつにラスターから話しかけられた研究員はガクガクと頷く。


「おとなりさん止めなくていいのか? 真の姿って、それはむしろこっちだろ?」

「それは確かに……」

「はよやれー」


 距離があるとはいえ、ワームビーストに突っ込んでいく中、呑気のんきすぎるラスターに、カンラギがしびれを切らす。


「これからの姿がその場しのぎの姿だろうに――まぁいいや」


 十五M級以上のReXには、急拵きゅうごしらえの設備に対応するために備え付けられた、キーボードが内蔵されている。

 ラスターはそれを取り出すと、事前に聞いていた入力コマンドを打ち込みエンターボタンをす。


「明らかに馬鹿ばかの類だよなぁ」


 絶対に聞こえないように小声で――でもかくしきれない本音がれる。

 キーボードに入力が終わると、五股に分かれたバレル部分の内、四本がガチャンと音を立てながら真ん中に集まり、残りの一つはスライドして手元へと降りてくる。そして、グリップ――じゅうの持ち手部分が90度開く。


 四本のバレル部分がけん身になり、残り一本とグリップ部分がに――


 これが、ブラックホールランチャーのもう一つの姿――剣身20mの長剣である。


 数々かずかずのデメリット――ビームが当たらず、近づいてしまうといった問題に対応すべく考えられた措置そちであった。


 またを――2in1大好き症候群しょうこうぐん


 剣の新造をしようと思わないのは、世界情勢として妥当だが、メンテナンスの難易度を一切かえりみない物作りの精神はなんと言えるのだろうか? 若さ故の過ちか?


「あれは――剣だったのか?」

「剣というより、剣の形を取れる銃ですね」


 そもそも銃か? といった突っ込みは起きぬまま、シズハラは感心したように驚き、研究員が嬉しそうに答える。


「だからって、あれだけで対処できるのか?」

「ふっ、まだまだコレだけじゃないのよ!」


 ガレスは水を差すように聞くのだが、カンラギは重力によって乱されたかみを整えながら、ほこらしげに自慢じまんする。


「なんでお前がえらそうなんだ?」

「私が提案しました!」

 

 ドヤァ!

 

 満面の笑みでドヤ顔決めるカンラギに、ガレスは呆れ返った表情になる。

 特に使い道がない武器に合理性を求めて、まさかの使い道がない武器への変形ギミックをドヤ顔で語れるのは、なかなかの神経であった。


 そしてそんな提案をした、馬鹿で天才のカンラギと、その子飼いの研究員達に彼らは呆れ果てて言葉が出ない。


「きょ、距離2キロから、どんどん近づいていきます」


 ブラックホールに引きずられて、後ろへと下がっていったものの、それからのがれようとするワームビーストと、それに吸われるように接近するヴォルフコルデーは急速に近づいていく。


「そういや、これ作ったお前、名前はなんていうんだ?」

「グラガム=アルセイです」


 すでに名乗っていたのだが、覚えきれるはずのないラスターは、口の中で名前を繰り返す。


「グラガム=アルセイね。覚えた……残り十五体、一瞬いっしゅんで片付けてやるよ」

「わっ、はい……一瞬で?」

「あぁ、もう一つのギミックも面白いと思うよ。まぁ絶対、もっと普遍ふへん的な武器にできただろうに……」


 呆れた様子のラスターに、カンラギはプンプンとおこる。


「なんでよ! むしろ、シュバルツクロスを参考にしたのよ!」

「……だろうな」


 シュバルツクロス――第十世代型の夜明けの騎士が乗っていたReX。

 もっともこの場合は、そのシュバルツクロスが持っていたギャランレイズ――つまりは剣の作りを意識したのであろう。


「当時はあんまり思わなかったけど、今思えば、実体剣にビームソードでおおうってなぞだよなぁ」


 言うと同時に、手元のスイッチを入れる。

 当時の事情とすれば、ビームを飛ばすのではなく、収束して維持いじし続けるには、そのかくとでもいうべきものが必要であった。


 そして――ビームソードの利点は、その長さにある。


おれはあんまり、剣技とかは持ってないんだが――まぁ、せっかく良いものを作ったんだ! 一個だけだが見せてやるよ!」

「剣技が少ない?」


 ラスターの発言に、カンラギは首をかしげる。

 しかし、そんなことは気にせずにブーストをかして、ヴォルフコルデーはワームビーストの元へと近づいていく。


「距離1キロを切りました!」

了解りょうかい


 全長約20mのヴォルフコルデーが持つビームソードの長さは――さすがギャランレイズを意識しているだけあって、100mの長さとなっている。

 剣とは、長ければ長いほど使いやすいわけではない――らしいが、それはただの一般いっぱん論であり、ラスターの知ったことではない。


 大きさはまちまちだが、大型級をふくめて、平均して約20m程のワームビースト十五体相手に突っ込んでいく。


「距離500!」


 先程撃ったブラックホールの重力が徐々じょじょに消えていき、加速が弱まる機体のレバーを倒して、更に近づいていく。

 ワームビーストに近づくにつれ、ラスターは心がふるえるのを感じる。

 つい先程も戦ってはいたのだが、やはり銃でやりあうのと、剣でやりあうのではモノがちがう。


 だからこそ――


(もう、戦いたくはないんだがなぁ……)


 これが終わった後、平和に学園生活を過ごせるのか――正直自信はない。

 それでも今はやるしかない。


「距離200!」


 いやよ嫌よであるが、ラスターはワームビーストと戦うことが嫌いなわけではない。獰猛どうもうに気を高めながら、剣を構えて近づいていく。


「これは、俺の持つ数少ない名ありの技だ!」

「距離100メートル!」



ら――

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