第24話 パルストランスシステム

 二つの足音をひびかせて、第三倉庫の中を二人は歩きながら進んでいく。


 一つはカンラギの足音――足のみ場がないなんてものではなく、散らばったガラクタこそが足の踏み場であると言った状況じょうきょうの中、ガシャガシャとものを踏んづけながら歩いていく。


 そしてもう一つはラスター……ではない。


 不安定な足場を、神経使いながら歩いているので、物の上に乗ったところで、カシャッと小さく鳴るぐらいであり、無音ではないが響いてもいない。


 そして最後の一人――ではなく一つは全身ピンク色のクマのぬいぐるみ。

 のっそのっそとガラクタの山の上を歩き、大きな足音を立てながら、ラスターの後ろを追い続ける。


「……なぁ、これなに?」

「ん? マークちゃんよ」

「そうか……」


 研究所で聞いてもないことをベラベラと話し始めたやつらと同じ目をしており、彼女自身も、技術畑出身だったことを思い出してしまう。


「パルストランスシステムって知ってる?」


 まるで答え合わせのように、どこかうれしそうにされる質問。


 質問で会話を始めるのは、あの研究所に所属する人たちの特徴とくちょうなのか、それとも研究者とはみな同じなのだろうか? どちらにしても、これから絶対にめんどくさいということだけはわかる。


「はぁ……まぁ」


 気のない返事で肯定こうていをするのだが、そんな様子にお構いなく、カンラギは大喜びで大きくうなずく。


「さすが、夜明けの騎士きし様ってわけね」


 うっとりとした様子の馬鹿ばかに、ラスターは何を言っても無駄むだであることをさとってしまう。


 夜明けの騎士だから分かったわけでもない。

 ブリュンセル――いわゆる、トリヴァスで十位以内の実力者として入った者として聞いたことがある。


 そして、そのシステムはいわゆる――


欠陥けっかん品と記憶きおくしてるが……」


 もしかしておこるか? と思って様子をうかがうと、カンラギはうっとりとした様子でこちらに近づき、とろけるような熱い眼差しで見つめると、熱にかされたかのように話し始める。


「そうよ。ちまたでは、欠陥品だなんて言われてしまっているわね。でも、ちがうの!」


 あやしい思想におかされたヤベェ奴にしか見えないが、偏見へんけんオンリーで言えば、研究に熱中している研究者は周りから見れば頭がおかしく見えるものである――つまりは正常。


「あれが欠陥品なんて言われる理由は、汎用はんよう性を目指したことに加えて、脊髄せきずい反射の反応まで反映すると思っていたのが原因よ! わかる? つまりはね、個人個人を完璧かんぺきに――そして――それで――それから――」


 早口でまくてられる解説の中に専門用語が混ざり始め、ラスターは首り人形になりながら話を聞く。


「分かった?」

「うん!」


 ――何も分かっていない。

 最初から知っている知識から、何一つとして増えていない。


「つまり、マークちゃんはその証拠しょうこの一つってわけ!」


 どれ? といって聞けば、何も話を聞いていないことがバレるセリフをグッと飲みむ。


「えっと……じゃあ、このマークちゃんとやらは自動制御せいぎょじゃないのか?」

「えぇ、そうよ。これは私が制御してるの!」

「……そりゃスゲェ」


 ラスターが知っているパルストランスシステムとは、脳波で機械を操作することである。


 人が右手を上げる時、体の筋肉と同様に、脳波も右手を上げる時の波長を形成している――らしい。


 一時期流行った乗り物では、行きたいと願った方向に進む機械があった。


 それは、願いがわかる乗り物というわけではなく、行きたい方向へと本能的に動かす重心を察知して、それに合わせて動いているというだけである。

 パルストランスシステムの場合だと、重心ではなく、脳みそから出ている脳波を察知して、動くという仕組みになる……らしい。


 そして、そんな体を動かすことなく、考えるだけで、やりたいことが出来る夢のようなシステムは――夢のままに終わった。

 動く――そのこと自体は可能であったが、誤作動が多く、当たり前だが、使う機械にも事前に対応させる準備が必要となる。


 さらに対応機器が増えれば増えるほど、複雑すぎて誤作動だらけとなり、少なすぎると存在価値が消える。


 それがReXに搭載とうさい予定だったパルストランスシステムについてラスターが知る全てであった。


「ねぇ、見てて」


 そう言ってカンラギは少しはなれると、お上品にスカートを少し持ち上げてクルリと回る。


 ふわりとうスカートに一緒いっしょになってなびくかみ――見ていて欲しいのは自分だけでなく、後ろで同じように回るぬいぐるみもふくめてだろう。


 目が釘付くぎづけにされる程の美少女が故に、め回すように見てしまうのは良心がとがめる。

 ゆえに、その目を離した結果、ラスターはぬいぐるみの動きもばっちりと確認できてしまった。


「どう?」


 ――そうだな。


 ふわりと舞うスカートにさらさらと振り乱れるつややかな髪。どちらに目を向けていいのか悩む中に、現れる大きくうごく巨乳はもはや殺人兵器だと思いますね。


「まぁ、床にこれほど物が散らばっている状態でやることではないよな」

「確かに……転けちゃうかと思った」


 テヘッとずかしそうな様子で愛嬌あいきょうを振りまくカンラギに、ラスターは必死に煩悩ぼんのうおさえこむ。


 ――これは早く話を変えなければいけない。


 好きな話にガードがゆるくなるのはよくあることだろうが、今やっているのは積極的な誘惑ゆうわく――攻撃こうげきとなっている。


「これ、器用に動くんだな!」


 ラスターは話をらすために、人形を持ち上げる。

 持ち上げた人形は、ずっしりと中身がまっており、緩い重力下でなければ、気軽には持ちにくい重さであるぐらいには重たい。


「えぇ! すごいでしょ! 作ってもらったの!」

「そうか……」


 不安定な足場の上を、片足で回ってのける機械――二足歩行ができるぬいぐるみなんて、よっぽど優秀ゆうしゅうな人材が神経しぼって作ったのだろう――お嬢様じょうさま我儘わがままに応えるしたの苦労がしのばれる逸品である。


「ちなみに、これは私が作ったんだからね」


 嬉しそうな顔をしながら自分の頭――ではなくヘッドフォンのヘッドバンドを指差す。

 それって自分で作るものなのか……? と疑問に思っていると、ようやく真相に気づく。


 ――なぜ、彼女は似合いもしないヘッドフォンをいつも持ち歩くのか?


「それって、もしかして脳波読み取り機なのか?」

「そうよ! だから、外しちゃうと――」


 ガシャッと音を立てて、ぬいぐるみはひざからくずちる。


「マジかよ……」


 冷静になったラスターは状況のおかしさに困惑する。

 そもそも、後ろのぬいぐるみはずっと自動制御で動いていると思っていた。

 だからこそ不可解な動きにも、気にすることなく流していたのだが……もしかして、最初からずっと操作し続けていたのか?


「きゅーい?」

「んふっ」「きゅーい」


 ラスターは恥をしのんで言ってみると、カンラギが官能的な声をらし、後ろの人形が同じように鳴く。


「もしかしてさ……こいつをあの中に入れたのって、時間かせぎだけじゃなくて、そもそも乗らせないため?」


 再度ヘッドフォンをこうむり、青色の光で会話が可能なことを教えてくれるカンラギに聞く。


「もちろん!」

「やはりか……」


 だからこそ、行こうとするタイミングで、気を引く行動をして、こちらの移動をさまたげていたわけである。


「……? でもどうやって、分かったんだ?」

「なにが?」

「パルストランスシステムって、脳波で操作するだけだろ? でも……お前、こっちを見てるよな?」


 ぬいぐるみの行動を思い起こせば、明らかにこちらの行動を視界に入れている。

 しかし、パルストランスシステムとは、脳波からの情報をアウトプットするだけの機械であり、インプットは不可能だったはずでは……


「えぇ! これで見ていたのよ」


 そう言ってメガネを外すと、クルリと回して、中のレンズを見せてくれる。

 レンズには映像が表示されており、ここからではさすがになんの映像かはわからないが、そこでラスターの動きを確認していたのだろう。


 ――なんと言いますか、こいつって……もしかして、あらゆる道具を電子機器にしたがる人種か!?


 オシャレにしては無骨なメガネだと思ったりもしたが、まさかである。


「確か……eyePhoアイフォ――」

「やめなさい! 通称つうしょうだからって、他社製品の名前はよくないわ」

「おぉ……そうだな」


 別製品と同じ名前を使うのはよろしくないな。表記は違うけど。


「そもそも、携帯けいたいと違ってローカル通信しかできないのよ。これ」

「そう……か……」


 それがどういう意味なのか、正確には理解していないが、深く問いただせば説明の洪水こうずいさらされる気がするので、賢明けんめいける。


「それのおかげで、ここまで来れたわけ……か?」


 ――早すぎね?


 ぬいぐるみにおどろいて時間は確かに取られたが、見ていたところで、ラスターに気付いて、会議室から飛んでくるには、そこそこ時間がかかるはずであった。


「ま、まぁ、実質そうね。マークちゃん以外からも見てたけど……」

「へぇ……たとえば?」

「……」


 カンラギは、つーんとそっぽを向いて、必死に誤魔化ごまかそうとする。


 ――あまり言いたくないものだろう。


 かくされたら暴きたくなるのが人の性とでも言うべきか、ラスターは理由を考える。

 あまり言いたくなくて、人が確認できるもの……その上、映像で確認して、彼女が副会長ということも加味すると?


監視かんしカメラ?」

「……まぁ見れないこともないわ」


 副会長権限ってそんな気軽に行使していいもんじゃないよね?

 どこか誤魔化した物言いだが、バツ悪そうな表情は、告白と同義である。


「それで、監視してたのか? ――保健室前を通り過ぎるかどうかを?」

「そうよ。向かい始めたのは、あなたがトイレの前を過ぎた時だけど」

「そうかい」


 勘違かんちがいしていたら恥ずかしいもんな……真相としては、ガレスと言い合ったせいで、すぐには向かえず、確証ついでにトイレの通過を待ったわけであるが、そこまでは知りようがない。


「他になんか小道具ってあるの?」


 どこかびっくり箱でも見ているような気に陥り始めたラスターが聞く。


「もう、なにもないかな。でも――」


 いたずらっ子のようにクスッと笑みを浮かべて、大袈裟おおげさに両手を広げる。


「驚くのはこれからよ! さぁ、付いてきなさい!」


 楽しそうに言うと、出口に向かって歩き出し――すぐに足を止めて、ぐるんとこちらに振り向く。


「あの……一応だけど、今からあなたを驚かせに行くんじゃなくて、ReXをわたしに行くんだからね?」

「そりゃそうだ」


 話したいだけの話に付き合った結果がこれである。

 そして――驚きはここでは終わらなかった。

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