第3話 ワームビースト

 ラスター達の集合場所であった、初代ReXレックスの銅像前でのさけごえは注目を集め――そして、バリッと不味そうな音を立てて、干からびた右手が虫にわれる所を目撃もくげきされる。


「ワームビースト……」


 だれかがポツリとつぶやき、事態を把握はあくした周りの人だかりは、蜘蛛くもの子を散らすようにこの場からはなれてまどう。

 

 きゃあああああああ

 

 麻酔ますいもなしに食い千切られるちた手に、想像を絶する痛みが走り、ナンパ男は悲鳴を上げる。ワームビーストは一瞬いっしゅんで喰らいくすと、一瞬で男のこぶしほどの大きさにまでふくれ上がり、残りの肉体までを喰らうべく、腕首うでくびから血を吸いながら、バギバギと音を立てて腕を喰らっていく。


「どうしよう……」


 ラスターのとなりで、ユリウスがガタガタとふるえながら呟いた。

 

 ワームビースト――血を吸い、肉を喰らう、人間をえさにどこまでも成長する宇宙の化け物にして、現在の地球においての覇者はしゃである。

 

 数百年前、人類が宇宙進出を余儀よぎなくされた理由。

 人間を一人捕食ほしょくするだけで、体が大きくなり、かつ大量の仲間を生み出す虫に地球人類が対処できるはずもなく、ただただ人と居場所を失い続けるしかなかったのである。

 幸いにして、大量の人間を喰らった巨大きょだい種は、重力のおりから逃れことが出来ず、地球から出ることはなかった。


 だからこそ、人類は地球との決別を果たし、再発展をなんとかげたともいえる。それでも宇宙へ進出した後も、人類の歴史には常に『ワームビースト』という言葉が存在することになった。


「ラスター!?」


 ユリウスのかばんへと手をんだラスターは、果物ナイフを手に取ると、虫の食材としての人生を歩み始める男へ走っていく。


「動くなよ」


 ラスターは前腕部が半分ほどまで喰われた男の上腕部をつかむと、ナイフを右わきに差し込んで腕をぶったる。

 血が吸われ、弱まっていた肉体から腕を切り外すと、ラスターは虫がついた右腕を遠くへと放り投げた。

 

 バリッ、ムシャ、グチャ

 

 一緒いっしょに放り投げられた虫は、気にすることなく腕をグチャグチャと平らげて、小さな子供と同じぐらいの体型になった虫は、不快な羽音を立てて宙にかぶ。

 そして――次の目標を見定めた。


「ひゃっ……」


 ぶんぶんと右に左に動きながら、ルーナ向けてワームビーストはおそいかかる。

 せまり来る恐怖きょうふから逃げようとしたルーナだが、後退させた足をけてしまい後ろに転んでしまう。


「いやああああああああ」

「ルーナあああああ」


 ルーナを襲おうとするワームビーストに、ラスターは果物ナイフを投げ放ち、クルクルと回って飛んでいくナイフはワームビーストの足を切り飛ばす。

 

 ――びぎいいいいいい

 

 話しているのかそれともうなっているのか……不愉快ふゆかいな音を出しながらも動きを止めて、ラスターの方へと体を向ける。

 周囲の人々ひとびとが命からがら逃げ出して、一刻を争う中、ワームビーストとラスターはにらう。

 ベルトしかついていないズボンにラスターは手をばすと、ゆっくりとこしえたままワームビーストに近寄っていく。


 周囲の喧騒けんそうひびく中、たがいに動きを止めて無言で睨み合いうと、ほんのかすかにラスターが動いた。

 微かな動きを敏感びんかんに察知したワームビーストは後ろにうごくと、ラスターは追い討ちをかけるように左足をむ。

 すると、ワームビーストは体の向きはそのままに、羽を震わせて真後ろへと飛んでいった。


「ルーナ!」

「らすたああああ。怖かったよおおお」


 けつけたラスターを前にルーナは泣き出す。


「分かったから落ち着け、立てるか?」

「無理、動けない。腰けた」


 グスンと鼻を鳴らしてそんなことを言う。


「しゃーない」


 ラスターはギュッときしめると、そのままかたへと担ぎ上げる。


「ふぇっ、もうちょっとなんか……ふにゅ……」

「何?」

「……お姫様ひめさま抱っこ!」

「投げ捨てるぞ」


 この状況じょうきょう下で、両腕が使えないお姫様抱っこを要求する阿呆あほうに頭を痛めながら、周りを見渡みわたす。

 安心しきったらしい馬鹿ばかのせいで一瞬忘れそうになるが、一ひきとはいえ、ここら一帯の人間を全て平らげれるワームビーストが現れたため阿鼻叫喚あびきょうかんとしていた。


大丈夫だいじょうぶか?」

「大丈夫じゃなさそう」


 ミレアとユリウスの二人の様子を聞いたラスターに、ミレアはナンパ男の状態を答える。


「とりあえず止血はしたけど……」


 ラスターがワームビーストと睨み合う間に、ユリウスは気絶しているナンパ野郎やろうの止血をしており、ミレアの服をいて用意した白い布を使って、応急処置をほどこしていた。

 ちなみにミレアにはユリウスがさっきまで来ていたジャケットがかぶせられている。

 

 ――ワームビーストの反応を確認。

 

 ようやく鳴った非常警報が現在の状況を告げる。

 

 ――ワームビーストの反応を確認。ワームビーストの反応を確認。場所は南口ガレージ前。場所は南口ガレージ前。

 

「えらく飛んでいったな……」

「ラスタぁ……」


 不安そうな声でルーナが服を引っ張る。


「とりあえず、シェルターに行こうぜ」


 距離きょりとしては結構あるが、それだけの距離を一瞬で飛んでいったからこそ、察知されたかと思えば油断はできない。


「でも……どうする?」


 ナンパしていたゴミを放置してラスターは歩き出そうとするが、ミレアは心配そうな顔をしている。


「一応、傷は手当てしたけど、放っておいたら危ないよね?」


 心優しいユリウスもミレア同様に心配する――問題があるとすれば二人とも優しさはあるが、力がないこと。

 二人掛かりであっても、シェルターまで運ぶには時間がかかるだろう。


「わかった、わかった」


 ラスターはめんどくさそうにゴミの左腕をねじりあげると、そのままゴミぶくろるように歩き始める。


「ラスタぁ……」

「何?」


 背中しに聞こえるとがめるような声に、ラスターは聞き返す。


「大丈夫、もう歩けるよ」


 ルーナはそう言って降りようとするが、ラスターは担いだままガッチリ固めて離さない。


「ラスタァ?」

だまって荷物になってろ、お前のおかげで――せいで引き摺るしかないんだからな」


 ラスターは身動きの取れないルーナへ、そんなことを言う。


「君ねぇ……」


 明らかに持ちたがらないラスターに、ユリウスも呆れるが――それ以上を彼は言わなかった。

 山道ならいざ知らず、この程度の地面なら引き摺ってでもシェルターに持ち運ぶ方が安全である。

 それに、止血は成功していると言っても流れた血がなくなったわけではない。

 ドロドロによごれた体をわざわざ持ち上げて病気などに感染する恐れも考えれば、互いのために良いだろう。


「ミレアは大丈夫か? ユリウスに運んでもらう?」

「大丈夫です」


 りんとした……虚勢きょせいが混じっているのは見て取れるが、この状況でちゃんと張れるのなら問題ない。


「じゃあ、ユリウスを運んでやってくれ」

「お前なぁ!」


 ラスターの軽口に不満をあげ、ユリウスも恐怖を無理やり追い出していく。


「じゃあ、行くぞ!」


 ルーナを抱えながら、気絶したナンパ男の体に生傷を増やしつつ、近くのシェルターへ歩き出した。



重症じゅうしょう一名」


 シェルターについたラスターは、待機している避難ひなん所リーダーに状態を告げると、相手はテキパキと行動を始める。


「大丈夫ですか? 今こちらで預かりますね」


 言うが早いか、何人か集まって――全員女性なのはルーナに対する配慮はいりょであろう。

 彼女達はラスターの肩からルーナを取り上げていく。


「ふぇ!? なに? なに?」


 ふにゃふにゃとぼけていたルーナは、突然の拉致らち行為こういに目を覚まして飛び上がる。


「お怪我けがは大丈夫ですか?」

「怪我?」


 なんのことかわからないルーナは不思議そうに聞く。


「重症患者かんじゃはこっちだ」


 ラスターは担いでいた少女ではなく、引き摺っていた男を差し出す。


「えっ……は、早く担架を」


 棺桶かんおけに片腕を突っ込んだ血塗ちまみれの男に、職員は大あわてで担架を呼んだ。


「どう言うことですか!」

「まぁ、なんやかんやあって腕を取ったんだよ」

「なんやかんやって、なんです!?」


 おどろいた相手が聞き返しているが、ラスターは住民カードを読み込み機にれさせると中へと入っていく。


「えっと……」


 訳の分からない受付の女子はルーナへと視線を移す。


「ふぇ、……うーん、その……かくかくしかじかです!」


 力強く説明すると、ルーナもラスターを追って中に入っていった。


「あの……説明を」

紆余曲折うよきょくせつあったのですよ」


 言うが早いかミレアは説明を放棄ほうきすると、前二人と同じく住民カードを取り出して、そそくさと入る。


「あのー」


 助けを求めるように見る職員にユリウスもなやむ。


「えっと……色々あったんですよ」


 次に続くユリウスも、説明は一切せずに入っていく――どう説明すればいいのかよくわからないのと、あまり関わりたくないと言った本音があり、そうして四人は中へと入っていった。



 避難所に入って、最初にやるのは自分達の居場所スペースの確保である。

 シートをき、四人のスペースを早々に確保していく。


「ワームビーストの騒ぎなんて、大丈夫かな?」


 ひまになったルーナが心配そうに聞き始める。


 事前に分かっていれば、時間をつぶす道具を用意するのだが、今回のように不意の出来事だと、やることがすぐに無くなってしまう。

 未だ避難警報の途中とちゅうであるため、ボランティア精神がよほど豊富でなければ、避難所でやれることもやるべき事もあまりない。


「シェルター内だし、へいきへいき」

「お前なぁ……」


 シートの上でダラダラするぐらいしかないラスターはスマホを見ながら楽観的に答えると、ユリウスは呆れたように言う。


「それよか、リンゴどうするよ」


 しても意味のない心配など、するつもりのないラスターは潰れた予定のパーティー――リンゴの行く末の方がよっぽど重要である。


「それよかって……そうだな――」


 流石にそこまで割り切れないユリウスだが、実際問題手の出しようがない。


「ユリウスくん、何個持ってきたの?」

「二〇個ぐらい」


 ミレアに聞かれて、ユリウスが答える。


「それ、今日の晩飯に使っても消費しきれないだろ……」


 無理やりであればラスター一人でも食べれなくないが、普通ふつうに食べる場合、四人いても厳しい。


「別に今日中に食べ切るつもりもなかったからなぁ……」


 半分ほど残して、残りは冷蔵庫に入れるつもりだったユリウスも困った顔をする。


「私、とりあえず手伝いの方をしてくるね。このリンゴは使わせてもらうわ」


 そう言ってミレアはリンゴを手に取っていく。

 快適な避難所生活を送るためには、ボランティアに参加することで、融通ゆうずうを利かせてもらうことにある。

 特に、ミレアはこの手の交渉こうしょうにめっぽう強く、リンゴを通貨として多くのものを獲得かくとくしてくれるだろう。


頑張がんばれ~」「がんば~」


 ミレアとちがってボランティア精神が壊滅かいめつしているラスターとルーナは、シートの上でぐうたらとしながら雑な応援おうえんをする。


「……ユリウスくん、ちゃんと宿題させといて上げてね」

「はっ!?」「へっ!?」

了解りょうかい!」


 驚くラスター達を無視して、ミレアはボランティアへと参加しに行く。


「この状況で宿題だと……」

うそでしょ……」

「そもそも、その予定だし……」

「この状況でやることは想定してねーよ」


 リンゴの食べ尽くしを目的とした晩飯後に、宿題をする予定は立てていたが、避難所でする事になるとは思っていない。

 全く集中ができるはずもない中、ユリウスの指導の元、二人はなんとか解答らんめていくのであった。

 

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