第2話 友からのSOS

 コロニーでの公共の移動手段として、一番メジャーである路面電車にられながら、ラスター=ブレイズは流れる景色をぼけっと見つめる。


 身長は175センチ程で、黒いかみに黒色の目、気まぐれに行う運動でついた筋肉のおかげで体重は重め。


 友達からのSOS信号――リンゴの仕送りが多く、このままではくさらせてしまうという事件解決のため、お腹をすかせてガタンゴトンと揺れる電車の中で目的地まで静かに待ち続ける。


「やぁ」

 

 停留所に着くと同時にかけられる声に、ラスターはく。


「なんでここに?」


 目的地より早い場所で会う友人――ユリウス=シグナを見て不思議そうにする。


「もしかして居るかも? って思っただけ。この電車に居なきゃ行くつもりだったよ」


 ひ弱ではかなげさをかもす友人はおだやかに笑う。身長はラスターより少し低いぐらいであるが見た目はかなりやせ細っており、小突こづくだけでこわれそうなもろさを感じさせる。

 そんなユリウスを心配してか、彼の両親は食べきれない量の食べ物を仕送りするのだが、当然のように食べきれるはずもなく腐らしてしまう運命にある食べ物を救うべく、彼らは食事会を――今回はリンゴパーティーと題して集まる運びとなった。


「リンゴ食べる?」


 差し出されるリンゴと一緒いっしょわたされる果物ナイフに、ラスターはめんどくさそうに聞く。


いてくれと?」

「いや、ボクは遠慮えんりょするよ」


 不服そうなラスターに遠慮して……ではなく、すでに多くのリンゴを食べたせいで調理をしていない物の食べる気が起きないユリウスはたのむから食べて減らしてくれと頼む。


「リンゴの皮って食べれたよな?」

「一応ちゃんと洗ってはいるよ」


 ラスターは果物ナイフを返すと、リンゴを丸かじりしながら二人は目的地に向かう。



「あいつは、なにしてるんだ?」


 齧ろうとして開けた口から言葉がれる。

 目的地に向かう道中、ラスターの視線の先には、あんぐりと口を開き、間抜まぬけ面をさらした少女がモニターを見上げていた。


「おい、待ち合わせ場所忘れたか?」

「あっ! ラスタぁ!」


 振り向いた少女が、目をかがやかせてこちらを向く。

 小学生にも見える女子――ルーナ=クララが赤毛のツインテールをねさせながらやってくる。


 この場所、中高一貫いっかん校が一校あるだけの学生コロニー――通称つうしょうスーデンイリアにいる、数少ない小学生……ではない。

 中学生や高校生になったばかりの新入生に、毎度のごとく新中一と勘違かんちがいされる可哀想かわいそう逸話いつわを持つ、れっきとした高校一年生。

 クラスではすっかり愛玩あいがん動物としてのポジションについた愛らしい少女は、クリクリとしたねこ目を興奮に輝かせてラスター達にる。


「これ! これ見に行こっ」


 そんな子供っぽい外見道理に、悲しいかな子供っぽい性格は、テレビに映るCMにのめりんでいた。


「これって……ルーナちゃんが確か漫画まんがで読んでたやつ?」

「そうそう!」


 素直にCMをのぞき込んだユリウスが内容を聞く。


「どう言う神経してたらこんなあおりを言えるんだろうな……」


 次にラスターが目を向けたときには、内容の説明は終わっていたが、即座そくざうそだと分かるキャッチコピー――全コロニーが感動になみだ! と書かれていた。

 ラスターが白けた目を向けていると公開まで後二週間と続き、よくわからない誇大こだい広告の煽りがき散らされて終わる。


「どんな映画なの?」

「リトルナイト! 六さい騎士きしがお姫様ひめさまを守る話だよ!」

おれはパス」


 リンゴを齧りながらラスターが即答すると、ツインテールをブンブンと振り回しながらルーナは目を三角にしていく。


「ノンフィク……ション?」


 ユリウスはまた別の意味でおどろいていた。


「そう! 実際にあった話らしいよ……素敵でしょ」

「頭がお花畑の間違いだろ……九割嘘なんじゃねーか?」


 うっとりとしたルーナに、ラスターは冷たく言い捨てる。

 猫でも駅長を務められる事例があるため、六歳の騎士自体はありえる話だとしても、ノンフィクションだと面白い話に期待ができない。


「むうぅぅぅ、なんでよ! ほんとうに面白いのに!」


 興味なさげなラスターにくちびるとがらせてルーナがにらむが、ユリウスの方に顔を向けて話し出す。


「ユリウスくんもミレアちゃんとみたいよね?」

「えっ? いや、まぁ……あはは」


 挙動不審ふしんになりながらユリウスは困ったように目を泳がせる。


「まぁ見てみたい……かな? そもそもたいして話は知らないし」

「敵にさらわれた姫様を取り返してね。そうすると、敵からげる最中になんと! あーこれ以上は言えない」

「よし、聞く気もないから終わりだな」

「むううぅぅ見ようよ! 絶対に面白いのに!」


 からかうような口調で口をはさんできたラスターに、プンスコと首を振ってツインテールをしならせる。


「ラスタァも行こうよ! 意地悪ばっか言ってると三人で見にいっちゃうよ!」

「二人でいかせてやれよ」

「……それもそうか」

「おい、君たち?」


 しゅーんとなるルーナに、だまって見ていたユリウスが我慢がまんしきれず突っ込む。


「まぁ面白いのならいいんじゃない?」

「前に漫画を読まされた時、半分で音をあげた」

「そうか……」


 拒否きょひの態度をくずさないどころか、つい納得してしまったユリウスは説得をあきらめるが、ルーナはむしろヒートアップする。


「それは面白いところまで見てないからでしょ! 二人をねらっていろんな敵が来るんだけどね! とうとう、騎士がおかしくなってしまって、戦いが終わった後も銃撃じゅうげきが耳元で鳴り止まなくなってしまうんだよ。でもね、お姫様が優しくギュッときしめてキスすると騎士はなんと! ……あっ! ……ネタバレしちゃった」


「確かに、ルーナちゃんは好きそうだね」

「お子ちゃま向けを高校生にすすめないでくれ」

「えーっと、そもそもぼくは見に行かないからね……」

「見たけりゃ、一人で見ろってことだな」

「この意地悪! もう知らない! あたしもリンゴ!」

「えっ? あっはい。どうぞ」


 むくれたルーナはフンッと顔を背けながらユリウスにリンゴを要求する。

 ユリウスが大あわてでリンゴを用意して手渡すが、ルーナはそれを皮を剥けとばかりにラスターへ突き出す。


「そんぐらいならしてやるよ」


 やれやれとため息をつくと、ラスターは果物ナイフを借りてリンゴを剥くのであった。



 目的地につくまでに四分の三が集まった彼らは、目的の場所――RRとEXecuteの後身である初代ReXの二分の一スケールの銅像が立つ場所に着くと、ユリウスは最後の集合メンバーを見つける。


「なにあれ? 大丈夫だいじょうぶ?」


 白いワンピースに、スラウチハットと呼ばれるつばの広い帽子ぼうしこうむった金髪の少女――ミレア=フォードは厳つい男に見事にナンパされていた。


「いいじゃないかよ。俺らの仲間がつくったいい店があるんだぜ」


 かたに無理やり手をばし、ナンパ男はミレアを引き寄せようとする。


「やめてください!」


 激しい拒否で身体をのけぞらせるが、それをあっさりと捌き切り、ゆるんだひまを付いてさらに引き寄せた。


「あんた、なにしてんだ!」

「あぁ? 何だお前。彼氏か?」

「……」

「そうだ。そしていやがってるだろ。はなしてやれよ」


 勇み足で文句を言いにいきながらも、彼氏か問われて口こもるユリウスに代わり、ラスターが口を挟む。


「こんなやつが好みか? 趣味しゅみ悪いって俺が遊んでやるよ」

「ふざけないでください」


 ベタベタとさわろうとするナンパ野郎やろうしびれを切らし、ミレアの方は嫌悪感をあらわにするが、相変わらずどこく風……に見える様子にかげを落とす。


「ほら、俺たち……もうすぐあれだろ? ちょっとぐらい良い思い出も欲しいんだよ」

「「……」」

「そうか、では今すぐこの場から離れるといい、これ以上不快な思いをしなくて済むぞ」


 同情をさそおうとする粗暴そぼうな男のお願いに、心優しい二人は胸を痛めて沈黙ちんもくするのだが、ラスターはせせら笑いながら言い返した。


「てめぇな、俺達は命懸いのちがけでやってんだよ! なんだその言い方は! おかしいだろがよぉ! あぁ?」

「命懸けでワームビーストに立ち向かっている時には、非常に感謝しております……が、現状で敬語を使う価値がないことが、わからないのか?」


 本気で不思議そうな表情をしながら問いかけるが、すぐに真面目腐った表情に変えて、話を続ける。


「ですが、ご要望とあらば応じるべきでしょう。ぜひ、回れ右してこの場から立ち去っていただきたく存じます。どうぞ、よろしくお願いします」


 深々ふかぶかと頭を下げたお願い……が、なんでも通るわけでは決してない。

 頭を上げた先で、男が立ち去っているはずもなく。こぶしにぎりしめて今にもなぐり殺さんといった様子で睨みつけている――のだが、ラスターは不思議な顔をしたままであった。


「ちゃんと敬語で言えてなければすみません。生憎あいにくと浅学な者で、とっとと消え失せろをどのように言えばいいのかわからなくて、申し訳ない」


 煽り以外の何物でもない謙遜けんそんをしながら、再度、頭を下げる。


「てっめぇ……」


 あまりの苛立いらだちに口すら回らない男が、殴りかかる準備を始める中、顔を上げたラスターは首をかたげていく。


「あれ? なんでまだいるんだ?」


 とっくに回れ右してるはずの男が、未だ目の前にいることに対して疑問をかべる。

 相手としては、むしろこれまでよく持った方であろう。

 あまりの挑発ちょうはつに、いかりを爆発ばくはつさせて相手は殴りにかかる。


「てめぇ、ぶっ殺してやる!」

「武術科に所属する人間が、学術科相手に暴力を振るつもりか?」


 ラスターの疑問に返事はない――するはずもない。

 我慢の限界に来たナンパ男は、きたげた全身の肉体を使い切り、怒りに任せて全力で拳を振るう。

 ラスターはとっさに両うでたてにしてガードするも、簡単に吹き飛ばされて、ゴロゴロと3m程転がっていく。


「あんまりめた口聞いてんじゃーねーぞ。てめぇらもわかったな!」


 周りを睨んでおどすと、ナンパ男はミレアに手を伸ばすが――すげなくたたかれる。


「てめぇ、どういうつもりだ?」

「いやよ!」


 ある意味当然の拒絶だが、既に相手側の怒りも限界ギリギリ。


「じゃぁ、そこの彼氏くんが許可をくれたら来てくれるか?」

「――っ!?」


 許可とやらの取り方は、ラスターへの対応を見ていればわかる。

 そしてなにより、もしユリウスが殴られたら、どうなるのかわかったものではない。


「調子に乗るのも、そこまでにしとけよ」


 先程殴り飛ばされたラスターが立ち上がると、横暴をひろげようとするナンパ男へくぎす。


「へ~、まだボコボコにされ足りないってか?」

「まさか、やりすぎってことだよ。武術科の人間が手を出していいと思ってるのか?」


 そう言うと、ラスターはポケットからスマートフォンと呼ばれる板状の携帯けいたい――それに付いたカメラで相手をとらえていく。


「一回目は特別に見逃してやる。次殴ったらお前――退学だぞ?」

「相変わらず、舐めた口をきいてくれるじゃねーか! あぁん!」


 一度殴り飛ばした相手はその痛みにおびえて従順になる。

 それがナンパ男の人生経験論であるが、いくら睨みつけた所で、ラスターは毛ほどの恐怖きょうふも見せない。


「キャンキャンとよくえる。さっさと回れ右して失――」


 携帯を突きつけていたラスターは、唐突とうとつに気をそらす。

 どこか空を見つめたラスターは、なにか取りかれたかのように不自然に歩き出し、いきなりの行動に、ナンパ男も警戒けいかいをしながらラスターの視線の先を探り当てる。


 より大きく――とはいえ機敏きびんな動きは、見失うのも容易いぐらいのちっぽけな存在感。


 そんなちんけな虫に向かって、ラスターは引き寄せられるように歩き出し、飛んでいる虫もどこかへ逃げるわけでもなく、ぶんぶん飛び回りながら二人の間をウロウロした後、ミレアの元へ飛んでいく。


「ミレア! 逃げろ!」


 ラスターの指示に困惑こんわくしながらも、恐る恐るミレアは距離きょりを取る。


「おい、待て!」


 もっとも、ナンパ男は一番の目的であるミレアを逃がせるはずもなく、伸ばした手の先にまとわりつく虫に苛立ちを見せた。


「ったく、なんなんだ? これは」


 ぶんぶんとわずらわしい虫をはらおうとする男に、ラスターは制止をかける。


「触るな!」

「痛っ」


 言われた所でほいほい聞くわけもなければ、タイミング的に聞けるはずもなく……振り払ったはずの虫がこうにへばりつくと――虫は一気にふくれ上がていく。

 

「ぎゃああああああああ」

 

 右手に走るあまりの痛みに、ナンパ男は絶叫ぜっきょうを上げる。そして、虫が膨れ上がるのに反比例して、男の右手は恐ろしい勢いで干からびていくのであった。

 

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