第6話

水面がオレンジ色にゆらゆら反射している。

肌寒い風と共に、夕暮れが近づいて来る。

川沿いの道に、2人の影が伸びている。


女は籠のひしゃげた自転車を引いて、

僕は女の鞄を持って、並んで歩いた。

女の膝には絆創膏。


僕「…」

女「…」

僕達は、社会に溶け込めないという点においては、きっと似た物同士なんだろう。


僕「…へっ、くしゅ!」

女「大丈夫?」

僕「え…あぁ、うん。汗が冷えただけだと思う」

女「そっか」

女が少し照れた。その少し赤ら顔の表情がとてと初々しくて美しい。

似た物同士だとしても、まだ希望ある中学生と僕。まるで違う。

それでも今はとても清々しくて、何にでもなれるし、何でも出来るような、そんな気分だ。


すると、前から警官がやって来る。

警官の横で、喚いているおばさんがいる。

さっき、すれ違ったおばさんのようだ。よく見てみると見覚えのある顔をしている。


おばさん「あっ!あの男性です!」

警官は頷くと、僕の前へと立ち塞がり、

僕と女の泥泥な姿、籠のひしゃげた自転車籠をまじまじと見る。

警官「署まで御同行願えますか」

僕「えっ!?」

女「あんた何やったの?」

僕「いや、何も…」

警官「お嬢さんはこちらへどうぞ」

女「えっ…」

女と僕は、もう1人の警官に連れられていく。

おばさん「拓也! あんた、何してんのよ!」

僕「あっ…」

おばさんは、母だった。僕の思い描いていた母の姿より、だいぶやつれて歳を取っていた。母の顔を10年まともに見ていないせいだ。

僕「いゃ…僕、何も…」

おばさん「こんな女の子連れ回して!」

母は僕の肩を手にかけ、身体を大きく揺さぶる。

僕「いゃ…僕…」

おばさん「もう堪忍! もう堪忍だよ! 人様に迷惑かけるくらいなら、1人で勝手に死んでくれ…」

僕「いゃ…だから…」

おばさん「もう、家には置いとけない! 出てって!」

僕「や…」

おばさん「出てってよ!」

母が僕の身体を突き飛ばす。

僕「あ…」

警官「お母さん落ち着いてください、君も、一緒に来てもらえるね?」

女がもう1人の警官の側で僕をじっと見つめていた。女の目を見るのが怖くて、顔を背け、俯いた。

僕「あ…いや…僕は…」


あの日と同じだ。受験の日、僕は駅員に駅構内の警察署へ連れて行かれ、警官から事情聴取を受けた。

やっていないと言っても、女子中学生の目が、僕が犯人だと言わんばかりに訴えていた。

誰も信じてくれなかった。

また、同じ思いをして、今度は学校どころか家から追い出される。

やっぱり、僕は今日消えるべきだった。それが正解だ。

あの時、飛び込めば良かった。


女「あいつは! あいつは! 私を助けてくれたんです!」

大きな声で女が叫んだ。

僕は顔をあげ、女を見た。

女は透き通った目で僕を見つめていた。

おばさん「えっ!? えっ!?」

警官「そうなんですか?」

僕「え…あ…はい。でも、どっちかっていうと、僕が助けられたかもです」

女「えっ、どういう事? 」

僕「僕は今日君に会えて救われたんだ! 君に会えて良かった! ありがとう!」

僕は大声で叫んだ。

女「…」

僕「…」

女「私も! 私も今日あんたに会えて良かった! ありがとう!」

僕達は2人で笑い合った。

母は呆然としていたし、警官はカップルの喧嘩案件かって感じで見守っていた。



結局その後、僕は警官に連れられて、女と一緒に警察署で事情聴取を受けた。

女を抱えた僕を見かけた母が引きこもりの末に、女に暴行を加えたと思ったらしい。

色々聞かれたけど、特に問題もなく、当日に解放された。


それから、僕は家を出る事になった。

親たちは引きこもりの僕に限界を感じていたらしい。最近引きこもり車の事件が何かと多いせいだろう。近所からの目もあって、僕をどうにか追払いたかったようだ。

痴漢騒動の時もそうだけど、親は僕を信じてくれたことなんてなかった。

部屋の物を全て捨てて、必要最低限の物だけ持って、6畳風呂無しの安アパートで暮らし始めた。配達のアルバイトをして、専門学校に行く資金を貯めている。


あいつが、まだ若いんだから色々と挑戦してみればって。

あいつとは、あの女の事だ。

付き合っているわけではないが、ちょくちょく遊びに来る。

あいつももう高校生になって、友達はまだ出来ないみたいだけど、それはそれで時間が取られなくて良いんだそうだ。

あいつには高校認定の試験のための勉強を教えてもらっている。


今僕は幸せだ。

あの日、僕は臆病で良かった。


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臆病チックとタックル姫 ヤギサ屋 @sakine88

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