第2話

霧であたりが覆われている。

ここが死後の世界か。灰色で薄暗い。



死後の世界のイメージトレーニングは相当して来た。



第1希望は、やっぱり転生。異世界だったら尚良い。だって人生やり直し出来るなら、誰だってそうしてみたいじゃん?とか、

思ったりしていた。

勇者になったら、今度こそ何者にも怯えず、困難を乗り越え、堂々とした人生を送りたいし、魔法使いになれたら、研究して新しい魔法の発明とか、あと空を飛んでみたい。


第2希望は、生まれ変わり。出来れば、家の猫になりたい。ずっと家の中で平和に一生を終える。誰からも文句は出ない。なんて羨ましい生き物。と、家で飼っていた猫と幼い頃遊んでいた時にずっと思っていた。


第3希望は、意識の分離と再構成。死んだ後、僕の意識は分離され、その分離された意識は他の誰か人間の、もしくは動物の、植物の意識と混ざり合って再構成され、僕は僕でない自分となり、意識の中、精神世界を彷徨うのだ。

自分の生きて来た人生だけで、彷徨うには、僕の人生はあまりにも卑小過ぎる。だから他の物と混ざり合うのだ。その存在が、僕になるのか、俺となるのか、一人称すらない物になるのかはわからないけれど、それはそれで良いように感じている。



自分の身体を見てみる。



あぁ…人間のままじゃないか。


猫でもないし、僕は僕の意識のままだし。


これで残す希望は第1希望の異世界転生。



霧が晴れて来た。

家が見える。




あぁ、、、僕の家だ。


扉を開けて、中に入る。

玄関横の階段を登り、突き当たりに部屋が見える。


あぁ、、、僕の部屋だ。

10年間、この部屋から出なかった。


部屋の襖を開ける。

散乱したゴミやゴミ袋、食器が部屋中に積み重なって埋もれて足場もない。

隅に布団が敷いてあり、その一角の周りだけスペースが空いている。

そのスペースには、積んだ漫画雑誌を机にしてパソコンが置いてある。


部屋に足を踏み入れると、悪臭に涙が出た。

電車を待っていた隣の人はこんな臭いを嗅いでいたのか、立っているのが精一杯だ。

こんな臭いを10年も嗅いでいれば、鼻がイカれるのは納得がいく。

虫が這う音が聞こえる。僕が殺して来た虫達だろうか。

いやに現実的で心底嫌になる。

自分自身の人生が。


漫画雑誌の机の前に座り、パソコンを開くと、自作計画書というファイルが開かれている。

おおよそ250ページ、5万字。

大スケールの映画かよって感じだ。


1ページ目を見る。

あの日の事が書いてある。

僕が学校に行かなくなった日だ。


「あの時、声をあげていれば」


本当に今でもそう思う。


目を瞑ると、あの時の密着した感触が思い出される。嫌な記憶は身体も覚えているのだろう。


そう、そう。こんな感じに後ろから押されてて、女の柔らかい物が当たって、、、。


背中に柔らかい物が押しつけられる感触がある。


ん? まぁ、ここまで当たってなかったけど、少しくらい過剰な想像は許されるか。


背中に柔らかい物がさらにぐいぐいと、押しつけられる感触が強くなる。


いやいや、そんな願望ないです。全然ないです。妄想よ、止まってくれ。


背中にあった柔らかい物が顔の前に移動してくる。


いや、ちょっと!ちょっと!ちょっと!






目を開けると湯気の立つ浴槽の中、女の胸が目の前にあった。

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