第3話

目を開けると、女の胸があった。




正確には、はだけたバスローブの隙間から、女の胸の谷間が見えた。

僕「わぁあぁあー!」

慌てて立ち上がると、シュッと音が聞こえる。

女「アホ! 急に立ち上が…。あーもー」

風呂の浴槽一面に、黒い毛が落ちていた。

僕「え? えぇ!?」

と、黒い毛の上に、ポタポタと赤い液体が垂れる。

あれ、なんか痛いような。。。


頭を触ると、僕の長い髪がない。

足元の黒い毛は僕の髪の毛!?


手を見ると赤い血がべったり付いていた。


僕「あ、、、あー!」

女「騒ぐなよ」

女は剃刀を洗面台に置き、タオルを僕の頭に添え、抑えた。

僕「な、な、な、何ですか!? え? え?」

女「騒ぐな! ちょっと切れただけだって」

タオルがみるみる赤くなっていく。

僕「ちょっとって? ちょっと? 何で髪切ってるの? え、全然わからないんですが!」

女「うるせーな」

僕「僕を殺そうとしたんじゃないんですか?」

女「は? 何言ってんの?」

僕「え、違うの?」

女「お前なんか殺して、何の意味があんの? そんな事より、早く血。止めてよ」

僕「そっ、そんな簡単に止まりませんよ! 何言ってるんですか! めちゃくちゃ痛いんですけど!」

女「そんなん、タオル巻いときゃ治るわ。アホくさ」

女は抑えていたタオルを放すと、風呂場から出て行ていってしまう。



女「早くしてよ!」


タオルを頭に巻こうと、鏡で傷を見てみると、

目の上に切り傷があった。

…確かに浅い。

…恥ずかしい。


部屋に戻ると、女は僕にお金を渡して来た。


女「なんでもいいから、服買って来て」


ゴミ箱には、僕の水溜りで濡れた服が捨てられていた。


僕に、選択肢が与えられた。


1.女の言う通りに服を買って来る。


2.部屋を出たら、逃げる。





僕「あ…分かりました」

もちろん2。逃げたい。この状況から逃げ出したい。

部屋のドアノブに手をかけると、女が僕の肩に手を置いた。

女「逃げんなよ」

僕「え…いや…逃げませんよ。何言ってるんですか」

女は手にしている物を僕に見せた。



僕の財布だ。

女「逃げんなよ?」

僕「…はい」





ホテルを出て歩くと、街行く人が振り返って僕を見た。

何だろう…。



服屋に着いた。

服を自分で買いに来たのは10年振りか、いや、もっとか。

昔から服を自分で買う習慣がそもそもないから、勝手がよく分からない。


買い物客が僕の方を度々振り返り、目を合わせないよう顔を背ける。

何だろう…。

置いてある鏡を見る。

あぁ…。これは、、、酷いな。

巻いたタオルには血が滲み、

髪の毛は長さがバラバラで更にチリチリ、

髭は2本長いのが左右残されている。

風呂場では傷しか見てなかったが、

何と醜悪な悪戯か。

まるで変質者だ。



女性用の服を漁っていると、店員がヒソヒソと話し始め、1人が僕を見張るように作業している振りをしながら張り付いた。

移動して別のコーナーに移動しても付いてくる。

明らかに、僕を怪しんでいる。

場の雰囲気に居た堪れなくなったので、適当に服を選び、レジに並んだ。

服をレジへと、スキャンする店員。

店員「…Sサイズでお間違えないでしょうか」

僕は頷いた。

店員「あっ…かしこまりました」

あっ…。って、言われた。

早くホテルに戻ろう。早く戻りたい。



足早にホテルに戻った。

帰りの道も街行く人々は僕を見ては振り返った。





ホテルに戻ってから、僕は女に抗議した。

女「あっはっはっはー! そりゃそーだろ!それは見られるわ!」

僕「笑わないでくださいよ! せめて髭くらい、こんなコントみたいなのにしなくても良かったんじゃないですか!」

女「…何言ってんの。駅のあんたのがヤバいわ」

僕「…」

何も言い返せない。





女は服を着替え、僕は髪の毛と髭を自分で整えた。目の上の血は止まっていた。



女「よし! じゃあ、付いて来て」

僕「え?」

女「え? じゃなくて、ほら! 早く!」

僕「いや…でも…」

どっかの事務所に連れて行かれるんだろうか?

でも、そんな人なら、わざわざ僕に服を買いに行かしたりはしないだろう。

仲間に買いに行って貰えば良いのだから。

…意図が全く読めない。

…逆にそれが怖い。

…また辱めようとしてくるのだけはわかる。



女は、僕に写真を見せて来た。

女「財布にこんなもの入ってたけど…」

僕「…ちょっと! 何勝手に見てるんですか! うっ…」

取り返そうとしたら、蹴られた。

女「返して欲しかったら、付いて来て」

僕「…」

その写真を取られるのだけはどうしても避けたかった。もう今となっては必要ないのかもしれないが、どうしても嫌だと思ってしまった。




僕は女の後ろをついて行った。

度々女は振り返り、僕が付いてきているか確認した。

気になるなら、後ろを歩けば良いのに。

ある店の前で女は立ち止まり、中に入った。



自転車屋だった。

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