臆病チックとタックル姫

ヤギサ屋

第1話

軋む線路。吹き出す風。揺れる髪。

透き通るように青く、溶けるような空。

鳥達が群れて飛んでいる。

人生のフィナーレを飾るには申し分無い。



僕の髪は腰まで伸びている。

長年櫛を入れていなく、ごわついて絡まっている。それに僕の頭脂の油分に浸かっていて、とても重たい。

風が靡いて髪がふわふわと揺れる。

隣に並ぶ男が平然を装って無理に我慢しているためか、逆にとても歪な表情になっている。

僕という存在はそんな物なのだ。



今日は10年の計画の集大成。

思考を重ねて2年。

実行に移すまでに3年。

失敗を繰り返して目的まで達成するのに5年。

長年の苦労がようやく報われる。



ホームの振動が足に伝わってくる。

電車はもう間近だ。途端に緊張が全身に伝染する。息が荒くなる。

落ち着け。落ち着け。

今日ようやくたどり着いたのだから、無駄にしてはいけない。着実に、タイミングを合わせ、実行しなければならない。

転んだと見せかける練習も散々家でして来た。大丈夫。準備は万端だ。

あとは、この一歩を踏み出すだけ。


電車が見えて来た。足を浮かして、、、?

足を浮かして、、、?足を!足を!

なんと足が動かない!動け!動け!動け!

おおー!動け!動け!動け!

動いてくれー!

あっ、、、。

と、足と足の間から生暖かい液体が漏れて来たのが分かった。

冬の寒さのせいか湯気が立っている。

電車が到着し、ドアが開く。

計画は失敗した。。。

僕の勇気が足りなかった。こんな醜態まで晒して、、、。

もうここには来れない。恥ずかしすぎる。

電車の発車音が鳴る。


がっくりと膝を落とすと、背中に何か当たった。

僕「わっ!」

僕の水溜りに何かが、、、。


長い髪?濡れてる?

スカート?ヒール?

僕の水溜りに女が着地してしまった。

僕「あ、、、」







そこから、、、。


どうしたか、、、。


無我夢中で記憶が朧げだ。とりあえず今僕はホテルにいて、彼女はシャワーを浴びている。

彼女は濡れてしまったためか、震えていて、話ができる状態じゃなかった。


それにしても、女とホテルに来る勇気が自分にあったなんて。無縁な世界だと思っていた。

駅から家は遠いし、何せこのことをどう説明していいかが分からない。

単に震える彼女を前にしたらそう行動するしかなかったためかもしれない。

長い髪に隠れて顔はよく見えなかったけど、震えて何も話せなかった所を見ると、内気な女なんだろうな。

なんか可愛かった気がする。


風呂場のドアが開いて、彼女が出てきた。

と、何が起きたのか。

僕の身体が宙に浮かんで、あれ、え。

ガンッ!と音がして、僕の頭は机の角に激突した。

僕「痛ってぇ〜!!!」

振り向くと、バスローブを着た彼女が仁王立ちしていた。

僕「な、な、な、な、なんですか?何で、え?」

と、彼女の足が僕のお腹に飛んで来た。

僕「ぐほぉ!、、、い、痛、、、」

と、胸ぐらを掴まれ、今度は彼女の拳が僕の頬を直撃する。

鼻から血が出た。痛い。

僕「すみません! 本当にすみませんでした!

許してください!」

僕は土下座をした。そうだ、現実的に考えろ!

彼女は発車音が鳴っていた電車に慌てて駆け込もうとしていたが、座り込んだ僕にぶつかり、足を滑らせて、僕の水溜りに着地してしまったのだ。

かなり屈辱的な経験だろう。こんなモサ男の水溜りに着地するなんて、それで言葉を失ってしまったんだ。


彼女は足を組んでベッドに腰掛ける。

女「で、いくらくれんの?」

僕「え? っはぶぅ!」

彼女の足が僕の顔に直撃する。

女「服代に決まってんでしょ! もうこんなの着れるわけないじゃない! 馬鹿じゃないの?」

僕「あ、、、えっと、、、僕はお金はあんまり持ってなくて、、、」

女「財布出せ!」

僕「あ、、、はい」

渋々、ポケットから財布を出すと彼女に奪われる。

中の札を数える女。

女「はー?3千円しかないって、嘘でしょ! ここの代金どうする気だったんだよ! 馬鹿どころかマジモンのアホだわ。信じられない!」

僕「あ、、、すみません」

女「てゆーか、あんた臭すぎる! 耐えられない! とりあえず、どうするか考えるから風呂入ってこい!」

僕「あ、、、はい」


浴室に行って、振り返ると彼女が誰かに電話しているのが見えた。

僕はどうなってしまうのだろう。もっと怖い輩が来て、タコ殴りにされるのだろうか。

それとも、どっかに売り飛ばされるのだろうか。

はぁ、もういっそここで良いのでは?

ここには剃刀もあるし。計画の再実行的な?


風呂の扉を閉めると湯船を溜める。

怪しまれると困るので、一応顔と身体は洗っておくか。何年ぶりの風呂だろう。

両親に会うのが面倒と思い1日入らなかったら、2日目、3日目と、どんどん月日が重なっていき、気づけば浮浪臭が酷いものになってしまったようだ。自分では鼻がいかれててよくわからないが、自室の入り口に空気漏れ防止のビニール袋が取り付けられた時にそうなんだと感じた。

ああ、全然泡が立たない。よっぽどの脂なんだろう。何回洗っても全然泡が立たない!

まぁ、いいか。

袋から剃刀を取り出し、手首に当てると、

また、手が動かなくなる。

ああ、、、。

ちょっと切ればいいだけなのに、、、。

この意気地なし!臆病者!


ガラッと音がすると、女の足が飛んで来た。

僕「ぐほっ」

剃刀が浴槽に落ちる。

女「何やってんの、遅い! …?」

女が剃刀を手に取る。ああ、拾われてしまった。

女「ああ、いいじゃない。切りなさいよ。見ててあげる。それとも、手伝ってあげようか?」

僕「え? あ…えと…」

剃刀が僕の手元に戻る。

僕「…」

女「切らないの? やってあげようか?」

僕「…」

手が震える。剃刀を手首に…、いや、いっそ首のがいいか。あ…また、動かない。女の後押しまであって、僕としては申し分ない絶好の機会だというのに…どうして…。

女「早くしなよ」

動けよ、動いてくれよ。何の未練があるって言うんだよ。

僕「あっ」

剃刀が手元から落ちる。

女「しょうがないな」

女が剃刀を拾い、僕の首筋に当てる。

ひんやりとした剃刀の感触。

僕「あ、、、あ、、、」

切望していたはずなのに、自分の意思でやろうとしていた事なのに、いざ逃れられなくなると、どうしようもなく、、、怖い。

唾を飲み、目を瞑る。

女「切るよ」

シュッ。シュッ。ピッ。

剃刀が僕の身体に入る。

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