第22話 霧島山の昔話


 ――これは太古の話、天地開闢、天から降り注いだ紅蓮の炎が大地を焼き払う前の逸話である。この霧島の地には西の果ての地から逃れた流浪の民がいた。その一族の末の皇子の名をミケヌ、と申した。ミケヌには年の離れた兄が三人いた。イツセ、イナヒ、ミケイリである。


 四季折々の山紫水明が訪れる、奥深い霧島の山中で駆け巡る、ミケヌには幼馴染みの少女がいた。その名をサヤといい、二人は木の実を拾い、田畑を耕し、穏やかに日々を暮らしていた。


 


 サヤには血の繋がらない兄がいた。その名をキハチと言った。キハチはどこか、影を秘めた少年で、二人が仲睦まじく過ごしているのを遠目に見ている少年だった。


 ミケヌはサヤとある日、御池の湖畔の岸辺で水遊びをしていた。その日の空は天から青を降り注いだかのように青かった。


 黄昏が深まる常夏の頃だった。御池の近辺に流れる祓川のほとりで水浴びをしていると、キハチが高千穂の峰の山頂に指差した。


「山が黒い」


 キハチの合図とともにミケヌは飛び上がり、ただならぬ異変を機敏に察した。


「逃げろ!」


 ミケヌはサヤに向かって叫んだ。サヤが祓川の淵に足を滑らせて動けなくなってしまった。山際から赤い山津波が押し出した木立を焼き払いながら濁流のように迫ってくる。もう、炎の惨状の波立はすぐ前にある。


「逃げろ!」

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