第18話 トンネルへ
「真君、待って。私よ、真依よ!」
走り出したら息切れが肺腑から襲いかかってきた。
慣れない運動に向う脛がひりひりする。腰ががくがくと無様に動くのがみっともない。それでも、私は無我夢中で蛇行したトンネルの通路を走行した。その道すがら、私は怪奇な影を何度も目撃した。
禍々しい影は他の複数の影を這いながら慕って壁の中に溶け込み、共喰いするかのように私の目前から消えた。まるで、巨大な魔物の腹部の中に食べられているみたいだ。
足元に群がる闇の裾野は生肉みたいにぬるぬるしているし、周辺には卵が腐敗したような腐臭が鼻腔を突き刺し、ゆらゆらと漂っている。
臭くても大丈夫だったのはその腐臭を嗅いだ瞬間にすぐに清浄さを纏った青葉風が私の頭上に向かって、吹き荒れ、私はその火中の栗を拾う羽目にはならなかったからだ。
「また、どこかへ行かないで」
これも夢の続きなんだ。僕は闇に行かなきゃ、とその正体不明な少年は言っていた。闇には行かないで、お願いだから、私のところへ居続けてほしいの。ああ、しくじったように吐く息が喉から手が出る前に詰まる。これは大火の臭気だ。なぜ、こんなところで?
トンネルの上から世にも妖しい、辰砂色の月光が射し込んでいた。
赤い光だ。見上げたらトンネルの天井には何故かしら、不吉なまでに赤い月が楚々として浮かんでいた。剣戟の果ての流星光低による、血飛沫で染めたような赤い月。
私は幾許か、膝頭が震えた。今宵は遥か悠久の御代から語り継がれ、清く祓い給わった、中秋の名月の日だ。
一年三六五日の中でもっとも、天満月が地球に近づくアニバーサリーの日。ああ、私は知っている。
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