第20話 襲撃-⑤

 『さ、みんな、戦闘開始だよー』


 「うし、じゃ行こっか。堂島さん」


 「ん、真島君。装備の最終チェックは?」


 「問題なーし、充電ばっちり」


 ビルの側面、非常階段にて、真島と堂島はそんなやり取りをすると、二人でゆっくりと非常扉に足を乗せた。


 何気なく自然体で、二人は軽く笑みを作ると、同じタイミングで軽くふっと息を吐きだす。


 「じゃあ……せーの「せッ!!」」


 そうして、掛け声と同時に、二人の大柄な体重が、これでもかと非常扉の蝶番に負荷をかけた。


 当然、破壊に支障はなく。どころか有り余る力で。薄い金属製の扉は内側へと歪にひしゃげると、そのまま室内へと弾け飛んだ。



 廊下を巡回していた組織の構成員がそれを理解するのに数秒。



 その数秒の間に、蹴った姿勢から反転して急接近した真島は、自身の間合いまで距離を詰めると金属製の警棒でその腹を思いっきり振り切った。



 扉をけ破る音に、異変を察知した組織の構成員たちが、戦闘態勢を整えて部屋から出てくるまで、およそ五秒。


 その間に、真島は警棒に内蔵されているスタンガンで悶絶する構成員を気絶させ、堂島はその背後に控えるように腰だめに短機関銃を構えていた。装填されているのはゴム弾だが、室内での制圧戦という観点で見れば支障はない。


 「さー、久しぶりに大暴れだ。張り切りますかあ」


 「そうだね。撤退までの目標撃破人数は?」


 「お嬢は十人でいいって言ってましたねえ。構成員の見込みに変化あります?」


 「集まり具合からして、少し多めかな。想定五十」


 「そっか、じゃあ、まあ目標三十人は潰しましょう。そうしましょう」


 「オーケー、しかしもちろん無理はしないこと。最優先は生存だからね――」


 「――もっちろん、じゃ、行きますか」


 非常階段に、堂島、真島両名が侵入しておよそ十数秒が経過した。


 武装した二十名以上の組織の構成員に囲まれながら、真島は軽く笑って、堂島は短く息を吐いた。




 ※




 「ひ~~ん、始まっちゃいましたあ……」


 『はーい、佐伯さん泣きごと言わないでねー。社会人の情けない姿はみっともないぞー』


 「はーい、……うう、女子高生の渚ちゃんに励まされる私っていったい……」


 『女子高生の羽樹里に雇用されてる時点で今更では?』


 「まー、確かに、はい。じゃあ、みなさんよろしくお願いしまーす。えーと、三番の方。はい、そう、そう、そのルートでお願いしまーす。ああ、五番の方、勝手にいかないで、いかないでー」


 『はは、中間管理職も大変だねえ』


 「私まだ入って二年目のぺーぺーなんですけどね……。あ、八番の方、持つ方向間違えてまーす。はい、そっちでーす」




 ※




 「言われた通りベッドは三つ開けとくから、早く帰ってきなさいよ。バカ娘ども」


 『はーい、すぐ帰るよ』



 ※




 「センパイ、ご要望の件、つつがなく進行中です♪」


 『おっけ、そのまま、手はず通りお願い』


 「はあい、で、今度の報酬はどこにデート行きましょっか?」


 『それ結局、無限ループしてない? ま、いいけどさ』




 ※



 「ふう、とりあえずまあ、こんなとこかな」


 千歳羽樹里は、そう言って、自身の浴衣についたほこりを払いながら、軽く笑った。


 耳に付けたイヤホンから響く音声を聞きながら不敵に笑う彼女とは対称的に、店長たる第二主人の青年の表情は険しくなっていく。


 何故独りで? どうやって、直接この場所へ?


 そんな疑念ももちろんあるが、それより彼の耳にも少女のとは少し違うイヤホンがはめ込まれている。状況の報告は、阿鼻叫喚の嵐だった。


 耳から聞こえてくるのは、散発的な報告と、突然の襲撃者による混乱と悲鳴の報。


 『非常階段から二名潜入、男性二名、報告に合った元傭兵と元暴力団員と思われます! A~C班が現在交戦中!』


 『各部屋から散発的な発砲音と爆発音! 敵襲と思われます、数、状況不明! 北東エリアが煙で充満しています! 放火か陽動かは不明! 各ブロックの非常警報も鳴りっぱなしです!』


 『通風孔に何者かの通過の形跡アリ! 所在はつかめていませんが、小柄な女性と思われます!』


 時刻は既に夜明けも近いが、まだ朝日は昇っていない中、大枠の窓ガラスは未だに夜闇を照らしている。そんな中、少女は青年の前で妖し気な笑みを浮かべたままだ。


 「さあ、じゃあ改めて、交渉しよっか?」


 青年は少女の笑みと、耳から繰り返される報告にしばし顔をしかめたが、やがて一つ息を吐くとすっと眼を少しだけ細めた。


 その様子に、少女が少しだけ眉根を寄せている間に、青年は耳に手を当てて通話を開く。


 「落ち着きなさい、恐らく大半が陽動です。元々追っ手にそんな対した数の人員はいない。三名ごとに班を造って各部屋を巡回させなさい。それから通風孔は無視していい。そこを通ってきた奴なら、もう目の前にいますので。余った人員は非常階段に集中。非常警報もさっさと停めてください」


 苛立ってこそいるが、理性的な判断に少女はひゅうっと口笛を鳴らした。ただの研究員かと想っていたが、そこそこに場数を踏んでいる。


 そんな少女のどこか余裕さえ感じさせる表情に、青年は忌々し気に視線を向ける。


 「で、なにをとち狂ったんですか? 王が敵陣にのこのこやってきて、自暴自棄にでもなりましたか?」


 そんな青年の問いに、少女は薄くせせらうように笑みを浮かべる。


 「ふふーふ、自棄とか起こさないように、残念ながら教育されててさ。さっきも言ったじゃん、交渉だよ、交渉」


 科学者の青年と少女の間に挟まれた、助手の男は少し困惑したような表情で二人を眺めた。また、この間、みつきと呼ばれる少女は無反応のままで、千歳羽樹里が目の前にあらわれても視線の一つにも揺らぎはなかった。それを少しだけ視線で確認した羽樹里の顔は曇ったが、すぐに視線を眼前の敵に向け直す。


 「交渉? それはおかしいな、交渉ってのは、対等な関係で成立するものでしょう、今の君と私が対等とは到底想えないのですけれど?」


 「あら、そう? 以外にも私がこのまま、ここを攻め落としちゃうかもよ? さっきから嫌な報告ばかりで、そのイヤホンすっごい五月蠅そうだけど?」


 青年の不快そうな表情も、少女の余裕の表情もお互いに揺らぎは一つもない。その仮面の裏にある真意を、何一つも悟らせないように、二人はじっと言葉のみを交わし続ける。


 「攻め落とす? 不可能です。こちらの人員は五十を超えてる。そっちの戦闘員二人がどれほど優秀かは知らないけど、結果は眼に見えてる。残りもどうせ、陽動でしょう? 君の手駒で闘えるのは、それくらいしかいなかったはずだ」


 状況を告げる青年の言葉は概ね正しい、しかしそれでいて羽樹里の表情は一欠けらも揺らぎを見せていない。


 「そだね。私の仲間だけならね―――?」


 科学者の青年の眉がほんのすこしだけ 動いた。それを見て、羽樹里の口角はますます妖し気に上がっていく。


 「―――ない。君の近縁にある武装組織は、誰より君自身が潰してる。それ以上の君の戦力なんて、記録上、どこにも存在しない」


 青年の言葉は概ね正しい。正しいが、正しい故に、今の羽樹里の圧倒的な余裕に何の説明もできていない。


 「そだねえ。でも、さあ。


 少女の言葉に、青年は顔をしかめた程度だが、傍にいた助手の男は一瞬で青ざめた。


 現在、この国の暴力や非合法の取り引き、その全てを取り仕切っている、彼女の祖母。裏社会の文字通りの総元締め。何より、これまで組織の数多の人員を計画を、踏み潰してきた、この世界の薄暗い日陰の王たる老婆。


 彼女がその気になれば、ビルの一棟くらい、文字通り消えて無くなってもおかしくはない。


 ただ、その言葉にさえ、青年の表情は揺るがなかった。


 「ない、あなたたちは犬猿の仲のはずだ。手を貸すこと自体がありえない。それによほどのことが無い限り、この短時間でそんな人員を揃えられるわけがない」


 青年の見立て通り、この場で羽樹里が口にしているのはある種のハッタリだ。


 老婆の部隊がここに向かっているなんて、羽樹里も当然思っていない。しかし、彼女の表情は薄い笑みに隠されたままだ。


 「なら、今起きてるじゃん。私もばばあと取り引きするのは嫌だったけど、まあ、背に腹は替えられないしね。なくなくってやつだよ。そして、あのクソばばあはこういうことがあることを見こして、すぐに動かせる人員を準備させてあったみたい。ざっと一個中隊くらい」


 半分は虚実であり、半分は事実である。


 「………………はッ」


 現状、青年からすれば、羽樹里の言葉を信用する意味はまるでない。疑念こそあれ、恐れ怯える意味は何もない。何せ、将棋で言えば王に当たる羽樹里当人がのこのこと敵地に身を晒しているのだから。


 「笑うのもそれでよしだよねえ。でも、もうすぐ、順次到着した部隊がここを制圧する。みつきがいた所も、その部隊に負けたんだっけ? なんていったかな、そっちの第三主人……だっけ? その人もみつきを使って抵抗したらしいけど、結局負けたんだっけねえ」


 これは事実だ。


 「………………」


 ただ、青年にその混ざりあった虚実を読み解くことはできていない。それほどまでに、敵地、単身での交渉、という緊迫状態であっても羽樹里の余裕が揺るがないが故でもある。


 疑念が、少しだけ彼の視線をほんの僅かだけ揺らしていた。


 そして数秒すれば、消えて忘れ去るようなそんな揺らぎを、妖し気に笑う少女はじっと見つめていた。


 さらに、そこにダメ押しが一つ。


 『よろしい、では契約としてお前の条件を飲む代わり、私もお前を援助しましょう』


 羽樹里が持っていたスマホから、録音音声と思しきものが響いていた。


 組織側に情報として出回っている、羽樹里の祖母の声と同じもの。


 重く、暗く、薄い洞穴に低く響くような、どこか根源的な恐怖感と畏怖を煽る老婆の声。


 青年は偶然、その声をデータとして聞いたことがあった、そうでない助手の方の男も、その声にハッとしていた。


 もちろん、ただの音声だ。さしたる証拠もない。改ざんもいくらでも効くだろう。


 それでも、それがハッタリなどではないのだと、羽樹里の自信満々な表情が物語っていた。


 「わかった? もう王手だって言ってるの。あなたがもう何をしようと盤面は揺るがない、だから私がわざわざこうして出向いてるんだから。みつきを使って、変な抵抗される前に、ことを穏便に済ませたいのさ。どう、話聞く気になった?」


 詰めとばかりに少女は畳みかけるように言葉を投げつける。


 青年はもはや眉はしかめていない、無表情とも無関心ともとれ角度で視線を下に落としている。


 それから低くぼそっと声を漏らした。


 「…………どうして」


 その言葉に、その様子に、少女はようやく少し眉をひそめた。


 「…………なに?」


 「じゃあ、


 どこか冷めたような、どこか呆れたような、そんな表情で青年は少女を見つめていた。


 「………………」


 「もし、万が一、あなたの言ったことが本当だったとして。一個中隊がここを制圧する。それはまあ、大変でしょう。ただ、一個中隊がそのまま使ってくる手にしては回りくどすぎる。そもそもそれだけの人員が居れば、下手な陽動もなしに、このビルの上下全部閉鎖したらいい。何故それをしないんですか?」


 青年は、そっと眠るように眼を閉じている、殺し屋の少女の額に手を当てた。


 「………………」


 「よしんば、援軍が来るとしても、少なくともそれは今じゃないでしょ。というか、本当に制圧ができるのなら君は外でふんぞり返ってメガホンでも使って交渉すればいいだけでしょう。何故そうしないんですか」


 青年は、ハエトリグモと呼ばれた少女の、額で何度かとんとんと指を鳴らしている。


 「………………」


 「簡単だ、急がないといけない理由があったんでしょう。この襲撃を早期に決着づけないといけない理由が。本当に中隊が来るかどうかに関わらず、君はそうしないといけない理由があった」


 「………………」



 羽樹里の揺るぎない表情が、ほんの少しだけ力んだそれに成っている。その様子を、青年はただ冷静に、眼の端で見つめていた。



 「知ってますか? 盤上遊戯っていうのは、大体、結果を焦った人間から詰んでいくと相場が決まってるものです。大筋の流れはよくても、詰めが甘ければどこかでひっくり返されてしまう」


 「…………」



 パチンと青年が指を鳴らした。殺し屋の少女はゆっくりと目を開けた。



 「こいつだ。こいつの調整が終わる前に、君は決着をつけないといけなかった」


 「…………性格悪いなあ」


 羽樹里は未だに笑みを浮かべている。ただ、それが焦りにも似た妙な強張りを僅かに見せているのを、青年はもはや観察せずとも知っていた。


 「よく言われます。で、どうして君がこれの完成を邪魔する必要があったか。まあ、簡単ですね。君はそれだけ? 恐らく、あのバカな第三主人よりはよっぽど」


 「…………」


 ハエトリグモと呼ばれた少女は、薄く目を開けて、じっと目を細めて周囲の状況を窺っている。


 「君も想像はしてたんじゃないですか? 私もさっき命令のログを漁っていて知りましたが、こいつが第三主人の防衛をした時、あのバカは、この子を自分の周囲から離したがらなかったそうです。護衛としての役割を全うさせようとした……ってとこなんですかね」


 「…………」


 「違う、違うんですよねえ。これの本領は、誰かを守ることじゃない、自由に狩りをさせている時です。闇夜に隠れ、遮蔽に隠れ、不意を突き、予想だにしないところから、理不尽な死として襲い掛かる」


 「…………」


 「それが殺し屋の本領というものでしょう? 第三主人が防衛などさせずに、殲滅を命じていれば、あの老婆に使用権限を奪われることもなかった」


 「………………そしたら、あんたもただじゃ済まないじゃん」


 青年は薄く、とてもささやかに、それでいて嘲笑う様に笑っていた。


 「多少のリスクは止む負えないでしょう。だがそれで戦果は充分。一個中隊と言いましたか? 本当に一個中隊ごときでこいつが止まるとでも?」


 青年にあるのは自身が造り上げた兵器に対する絶対の自信。


 十年という月日をかけて、少女に施し続けてきた、数多の歪んだ意思がその想定を確固たるものにしている。


 「…………」


 「ここまで単身でくる度胸は大したものですが、筋書きがいささか陳腐過ぎましたね。認証コード『38271604295873190645732981502458739167083251014』上位命令だ。『そいつを絞め落とせ』」


 命令を受けた、殺し屋の少女がゆらりと立ち上がった。


 命令は絶対だ。


 それでも、殺し屋の少女の虚ろな瞳に少しだけ揺らぐような何かが灯っているのを、千歳羽樹里はただじっと眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る