第18話 嗤う錬金術師

「セフィラー、終わりましたよ。スキンシップです」

「むぅ……」


 契約を交わして、初めてスキンシップを求めた日は露骨に不満そうな顔をされました。


「セフィラ、クエスト完了です。ご褒美ください、というか貰います」

「またしないとだめなのか……」


 二回目は、眉をひそめられました。

 契約の履行だというのに、指を握られることに嫌そうな顔を隠そうともしてくれません。


「ただ指を握っただけなのに、なんでそんなに嫌がるんですか?」

「……儂は触られるのは嫌いなのだ」


 さらに翌日。

 塩漬けされた豚肉と目玉焼きを食べながら、『災厄』の錬金術師はいいます。ほんの数分前に行った軽いスキンシップが不服だったのか、私とは目も合わてくれません。


「セフィラはシャイですね」

「肉体的接触が嫌いなだけだ。内気だという儂への評価は不当だね」

「指をモミモミしただけですよ」


 今日もできたことは、指先を軽く摘まんだだけ。

 これでセフィラとの触れ合ったのは四度目ですが、まだ私は手も握ったことがありません。


(毎日、寝転がって銃を撃ち続けるのも大変なんですけどね)


 すでに何度もホムンクルスを駆除しているのに、手を繋げないのは不公平だと私は思います。せめて手をニギニギして、小さな手を堪能したいところです。


「セフィラ。契約したのにひどくないですか?」

「儂が嫌がることをしないのも契約のうちだろう。なにもひどくない」


「私はちゃんとセフィラに触りたいんですよ。お手々とかギュってしたいですよー」

「お手々とか気持ち悪い呼び方をするな。儂は子供ではないんだ、アリスの二十倍は生きていることを分かっているのか?」


 小さな手に視線を向けながら不満を口にするも、逆にたしなめられてしまいました。ですが、不満げに頬が膨らませる姿は数百歳の老人には見えません。


「じゃあ、指を握られるくらいは我慢してくださいよ。大人なんでしょう?」

「大人だから、我慢せず契約のラインを守らせているのだ。イヤだと思えば、拒否権は儂にあるのを忘れるな」

「むぅ……ただ手をギュってしたいだけなんですけど」


 うまく丸め込むつもりが、反論されてしまいます。私としては思う存分に触れあいたいだけなのに、セフィラは許可を下ろしてくれません。

 予定ではおへそに指とか入れているはずだったのに、世の中うまくいきません。


(毎日けっこう危ない橋を渡っているんですけど、セフィラは冷たいですね)


 長距離からの狙撃とはいえ、ホムンクルス退治に命の危機がある事を忘れているのでしょうか。それとも等価交換の原則を忘れるくらい身体的接触が嫌いなのでしょうか。


「ところで、アリス。この肉と卵はどこから手に入れてきたんだ。工房には瓶詰なんてなかったはずだろう?」

「いまさらですか? 砦から数個もらってきてたの知らなかったんですか?」

「……アリス。それは窃盗じゃないのか?」


 ホムンクルスたちを処理した砦からいくつか頂戴してきた事実を明かすと、非難する目で見られました。砦の人たちが死んでしまったのは、野生化したホムンクルスのせいだということを完全に忘れているのでしょうか。


「セフィラ。兵士の皆さんは蘇生させたんですよ。五十人以上の人命と引き換えですよ、そのお礼に瓶詰の塩漬け豚くらいは貰ってもバチは当たらないですよ」


「とても正義の使徒たる勇者。その仲間の言葉とは思えないな」

「その清く正しい勇者パーティーは壊滅させられたんですよ。セフィラに……あと文句をいうなら食べないでください」

「いやだ。食べ物に罪はない」


 しっかりと肉の味を噛みしめながらセフィラは顔をそらします。

 きっと彼女にとって久方ぶりの肉の味なのでしょう。喋りながらも口を動かすのを止めません。リスみたいに頬張りながら食べる姿を見れば、頑張ってベーコンエッグにした甲斐があったというものです。


「アリス。銃は慣れてきたか?」

「毎日、実地で何十回も撃ってればなれますよ。正直、好きにはなれそうにないですけどね。なんだか怖いし……変な匂いが染みついてお風呂に入っても、服に残ってますし」

「硝煙の匂いは仕方ない。魔法で弾丸を飛ばすような術は、魔力のない私には開発できないからな」


 最後に残ったベーコンエッグを口に押し込み、銃の感想を告げるとセフィラが肩をすくめます。


「セフィラは魔法は全く使えないんですか?」

「ああ、使えないね」


 ほとんどの人が使っている魔法を、セフィラは使えないようです。

 火を熾す火炎石も、飲み水を生み出す湧水綿も扱えないとはものすごく不便なことのように思えます。

 

「魔法のように可愛いんですけど、魔法は使えないんですね。不思議です」

「……頭がおかしくなったのか?」


 口から零れ落ちてしまった本心に、ものすごく『気持ち悪い』って顔をされてしまいました。

 これでは親密なスキンシップが遠ざかってしまうので、話題を次に進めることにします。いわゆるスルーです。危険な話題モンスターを回避するのも大事な戦略です。


「セフィラは魔法を使いたいと思いますか?」

「いや、全く思わないな。得体のしれない力を体系化すらせず扱っている人間を見ると、儂としては正気を疑うくらいだよ」


「そこまでいいます?」

「言うさ。自分の使っている道具どうぐが、どんなものかも知らないままなどありえないね。ましてやアリスの蘇生魔法など異常だよ」


「私もちょっと変なのは自覚してますけど……」

「はっ、自覚しているならなおさらだよ」


 八割の人間が魔力を使い、魔力のない人間たちが無才と蔑まれる常識を、錬金術師は嗤います。魔力なしのハンデを物ともしない、知性で戦う者の強さを孕んだ嘲りでした。


「それに魔法使いばかりの世界を、意図しなかったといえ儂の作品が壊したのだからな。ザマァといったところさ」

「セフィラは性格悪いですねー」


 すっかり満腹になったのか、セフィラはいつもより上機嫌です。そんなにベーコンエッグの味が気に入ったのでしょうか。


「これが『災厄』の錬金術師さ」

「自分で言っちゃうんですね」


 性格はロクでもないけど、ドヤ顔はかわいいので許してしまいます。最悪なのは私も一緒かもしれません。


「さて、アリス。銃を渡せ、明日は少し難しいところを駆除する予定だから調整しておいてやろう」

「じゃ、お願いしますめ」


 私は少し重い銃をセフィラに手渡すために、手になじみ始めたストックの握って伸ばしました。銃弾はすでに入っていないので危険はありません。


「あっ」

「っ!」


 手が滑り、指先から銃が落ちます。

 私の腕が銃に伸びます。セフィラの掌が自分の作品を掴もうとします。


「っっっ」


 そして、私は銃を支えたセフィラの手を、包み込むように握りました。

 意図せず手を――握りしめてしまったのです。


 目が合います。琥珀のような澄んだ色の瞳が私を見ています。

 その頬が赤く染まるのがわかります。小さな手がほんのり熱くなるのを感じます。

 

(あ、かわいい)


 セフィラの変化に、あっけを取られながら私はシンプルな感想を抱きます。


「き、気をつけないか! と、とにかく……銃は預からせてもらうからな!」

 

 銃をもぎ取るように胸に抱えると、セフィラは慌てた様子で部屋から走り去っていきます。その小さな後姿をみながら、私は一言だけ―—


「照れるすがた……かわいすぎじゃない?」


 と呟くのでした。

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蘇生使いアリスとひきこもり錬金術師の救世作戦~蘇生したら100年後人類は絶滅寸前になってました。死にたくないので世界を救います~ いづみ上総 @ryoutei_izumiya

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