第17話 契約違反

 パンという音が響き、すぐに静かになりました。

 かつて砦だった場所から地上を徘徊していたホムンクルスを、一体ずつ狙撃するだけのお仕事は、そこで終わりました。


「よし、駆除完了」


 銃から独特な匂いがする白煙が立ち上るのを見送りながら、私は深呼吸します。

 これで二度目のホムンクルス駆除は終了です。遠く離れたところから撃つだけだったので、今回は危険はありませんでした。


「これで一安心ですね。蘇生魔法が無駄になってよかったです」


 うつ伏せになっていた体を起こし、屋根の上で膝の間に銃を下ろします。

 ほとんど銃弾を使い果たしたこと以外は、つつがなく終わりました。でも、近づいて駆除していたら、決して簡単な仕事にはならなかったのは、砦のあちこちに放置されている白骨死体をみれば分かります。


「城址にホムンクルスがいなくて良かったです」


 石作りの小要塞には無数の武具が転がっています。

 見るからに堅牢そうな鎧に、持ち主が白骨化するほど放置されてもさ錆び一つない槍に剣。それらが玩具のように引き裂かれ、あちこちの白骨のそばに転がっています。争いの痕跡です。


「みんな頑張ったんでしょうねー」


 砦で死闘があったことは推測できます。

 兵士たちも必死で戦ったのでしょう。外壁や床に残る傷跡や焼け焦げた魔法の後から、どれだけの激戦であったのかが想像できます。


「すぅ」

 

 私は聖職者ではないので、彼らにかける祈りを持ち合わせていません。私にできるのは、ただ蘇生魔法をかけることだけです。

 

「散った命よ、この地に戻りたまえー」


 蘇生魔法は、私だけの能力なので呪文などという決まったものはありません。ただ願って力を集中させるだけです。魔法の感覚としては、とっても重たい砂袋を持ち上げるイメージです。


 じわりと周りの空気が温かくなり、地面から薄緑の粒子がふわふわと湧いてきます。蘇生魔法の第一段階に起こる現象です。


「うーん、いつ見ても変な光景ですね。なんなんでしょうね、これ……」

『自分でも分からないのか。呆れたやつだな、君は』


 疑問を感じていると、イヤリングから錬金術師のあきれた声が届きます。


「仕方ないじゃないですか。それにセフィラだって、まだ魔法の仕組みは解明していないじゃないでしょう」

『サンプルがないのだ。仕方ないのだろう』


 散らばっていく光の粒子を横目に、ホムンクルスの亡骸のあるエリアに向かいます。できるだけ使った銃弾を回収してほしい、というリクエストがあったからです。


『アリスが解剖させてくれるなら研究もはかどるが、どうだ試しにやってみないか』

「お断りです」


 もう何度目かになるやり取りです。話しかければ会話をしてくれますが、まだセフィラは私の体を諦めきれないようです。


 私は砦の階段を下りて、重い銃を抱えたまま五体のホムンクルスがいた地点に向かいます。


 魔獣などはすでにホムンクルスがすでに排除したらしく、危険はない、とセフィラは言っていました。あまり信用はできないのが困りものです。私としては、弱肉強食の摂理が機能していることを祈るばかりです。


『アリス。蘇生にはどれくらい時間がかかるんだい?』

「うーん、早ければ数時間……今回みたいに骨しかなくても半日もあれば十分でしょうか? 死にたてホヤホヤなら一時間もかかりませんよ」

『アリスは百年かかったのに? ずいぶんとブレの大きな魔法だな? いったい、どういう仕組みなんだ』

「知りませんよ」


 そんなことを言われても困ります。

 私ですら理屈はわかっていないのです。原理や説明を求められても、研究者を納得させられる答えなんて出せるはずがありません。

 蘇生魔法は私にとっても『少し不思議』な力としか言えないのです。


『ふむ……一度、蘇生のプロセスをこの目で観察したいものだが』

「それは工房から出てから考えれば良いんじゃないですか?」


『なぜ儂が工房から出ねばならんのだ。生き返った人間を一人二人ほどかどわかして、もう一回試せばいいだろう』

「最悪の発想ですね。さすがセフィラです」


 倫理観の欠片もないセリフに眉をよせながら、ホムンクルスの亡骸のある場所にたどり着きます。


 幸いにして赤茶けた土ばかりの地面なので、外した弾丸がすぐに見つけられました。

 あたりには草木は生えておらず、日光の反射もあって土に食い込んだ『弾頭』とかいう物体を見つけるには苦労しません。


「はい、集まりましたよ。でも、なんでホムンクルスは広場にいるんでしょうね」

『野生化したことで太陽から活動エネルギーを得ているのだろう。儂の作品は予想以上に自立能力に長けていたようだ』

「あー、ずっと地下でセフィラと引きこもりの不健康生活してたから、外に出て元気になったってことですね」

『……』

 

 イヤリングから不機嫌そうな沈黙が流れてきます。引きこもりの自覚はあったようです。


『とにかく、今回の仕事は終わりだ。いまから転移させるから走ったりするなよ』

「もし、走ったらどうなります?」

『座標がずれて、アリスは『アリ ス』に分割される確率が一番高いな』

「大人しく待ってます」


 自分の体が泣き別れになるのを想像して身震いします。静かにセフィラのいうことを聞くほうが無難でしょう。


『では戻すぞ』


 言葉と浮遊感は同時にやってきました。瞬きのように目の前が一瞬暗くなると、目を開けた先も薄暗い室内でした。

 

 はい。見慣れた石作りの坑道を思わせる不健康極まりない錬金術師ひきこもりの工房です。


「ただいまー、今回は上手くいきましたね」

「ああ……金属を回収してきてくれたのはありがたい。銃に使う弾も、銃身も消耗品だからな」


 机にどさりと乗せた鎧や兜などを見てセフィラが呟きます。

 わざわざ遠い土地までホムンクルス退治のために転移させられたのは、この金属の回収が目的だったのです。


「ん? 弾が消耗品なら、どうして私に弾頭を回収させたんですか?」

「遠くから一方的に狙い撃ちできる武器なんて世界に流通したら危ないからに決まっているだろう」

「そう、ですけど」


 なんだかセフィラが真っ当なことを言ってます。ですが、侵入者を自動攻撃するホムンクルスを野生化させた張本人が言っても説得力なんてありません。

 

「とにかく、これでクエスト完了ってことでいいですか?」

「そうだな。アリスはゆっくり休むといい、儂は工房で鎧を鋳つぶしてくる」


 そういって、セフィラは足早に部屋から出ていこうとします。

 まるで私から逃げるような速度です。


「ちょっと待ってください。等価交換ですよ、帰ったらスキンシップの約束ですよ」


 私は声を掛けますが、立ち止まるどころかスピードが上がりました。


「あああ! セフィラ……セフィラ! 等価交換だって言ってるじゃないですか、セフィラぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 早足は駆け足になり、前傾姿勢の全力疾走になります。

 スキンシップの拒否です。等価交換の契約違反です。裏切者です。


「卑怯ですよ、セフィラー!」

 

 暗い工房のなかを、走って逃げようとする錬金術師を追いかけます。

 彼女は振り返りもしません。言葉にも反応せず、がむしゃらに走ります。


 そんなに私とのスキンシップが嫌なのでしょうか。

 ちょっと撫でまわしたい願望を反故にするつもりでしょうあ。


(ちょーーーーと、いろんなところをモミモミしようと思っただけなのに、二の腕とかふくらはぎとか、げへへへへへ)


 隠しきれない欲望を胸に、私はセフィラの背を追いかけます。

 まるで変質者だと言ってはいけません。自覚があるので、胸にしまっておいてほしいです。


 あ、転んだ。


 普段から走り慣れてないせいか、追いつく前に彼女はコケてしまいました。


「だ、大丈夫。セフィラ?」


 私はスピードを落とし、彼女の横にしゃがみ込みます。すぐに三角座りした彼女の膝は擦り切れ、血が滲んでいました。


「うう、アリスのせいで転んでしまったではないか……」

「私のせいなんですか?」


 なんという責任転嫁でしょう。


「むぅ……」

「はいはい、悪かったですよ」


 ですが、ぷくっと頬を膨らませたセフィラの態度が妙に子供っぽくて微笑ましい気持ちになってしまいます。不満げでも私を面と向かって責めないのは、本当は自分に非があるのを認めているからでしょう。


「仕方ないですね、セフィラは」


 私はなぜか、その幼い態度に胸がふわふわして、擦りむいて血がにじむ小さな膝を魔法で癒します。小さな膝頭を見ながら、セフィラはジッと大人しくしています。


「治癒魔法というのは温かいのだな」

「そうですね。不思議な感じですよね」


 拗ねたような態度と、尊大な口調。そのミスマッチに内心で苦笑しながら、私はセフィラとの初めての契約を達成したのでした。

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