第16話 蘇生使いの等価交換

 解剖しようとしてくるので、セフィラと一緒に寝るのは断念しました。


 彼女的には、私の脳を取り出して研究したいそうです。

 脳を見られるなんて倒錯的なプレイに興味が皆無なわけではありませんが、さすがに死んでしまいます。私は蘇生はできますが、脳を摘出されたまま生きていられるほど丈夫な体ではないのです。


 寝ているうちに脳を取り出されるのはイヤなので、同室で寝泊まりするのを拒否した私は、今後のことをセフィラと話し合っています。


「まったく、残念でならないね。こんな貴重なサンプルを研究できないとは」

「私が死んだら、ホムンクルスの駆除ができないの分かっていってます? 世界は滅びたままだし、セフィラも飢え死ですよ」

「そこが悩ましいところだよ。蘇生魔法の原理を解体できると思ったのに」


 悩まないで欲しいです。女の子を解体したいなんて、美少女のいうことではありません。

 むしろセフィラの隅々まで観察したいのは私のほうです。特にお胸とか、脇とか、太ももとか興味あります。


「でも、これで私の重要性は分かっていただけましたよね。世界を救うには私の力がいるんですよ」

「遺憾極まりないが、そのようだな。本当に惜しいことをした」

「…………」


 なんだか納得いきません。

 殺風景なリビングのような場所で、ソファーに横になるセフィラは不満さを隠そうともしないのです。


 私を何だと思っているのでしょうか。実験用のモルモットくらいにしか思っていないのでしょうか。


「ところでアリス」

「ぷいぷいっ!」


 思わずモルモットのような返事をすると、サラダの中からナメクジを見つけたような顔をされました。

 ああ、悪くないです。セフィラは私に新しい性癖を開発することに余念がありません。


「……君は、このまま儂を手伝うつもりはあるか?」

「は……んっ」


 はい、と快諾しようとして言葉を飲み込みます。

 ここで頷くのが勇者の仲間としての義務でしょう。


 しかし清廉潔白、滅私奉公だった勇者はもう居ません。さわやかな彼の笑顔は、ホムンクルスに食べられてしまい二度と見るとこは叶いません


(私はもう勇者の仲間ではないんですよねー。なら、それっぽく答える必要なんてないですよね)


「アリス、どうした? 真面目な顔をするなんて珍しいじゃないか? ホムンクルス退治はそんなにイヤかい?」


 なんだか失礼なことをいうセフィラの様子を観察します。


 すべての元凶は彼女です。世界はセフィラのホムンクルスのせいで滅びました。

 監督不行き届きで危険生物が大繁殖したとか、どこの国でも極刑ものでしょう。


(うーん、困りましたね)

 

 だけど、私にはどうしても大事故を起こした『災厄』の錬金術師である彼女を憎むことができません。


 可憐な外見のせいか、見た目と反する性格のせいか、それともワガママで最悪の性根のせいか……私自身、それを判断することができません。


 だから、私はまずそれを確かめることを決めました。


「どうした、アリス。なにをボーっとしているんだ。儂に協力するのかしないのか早く決めろ。そんな難しい問題でもないだろう」

「協力してもいいです。でも一つ……条件があります」


 答えを求める彼女に私は人差し指を立てて、静かに告げます。


「ふむ、聞いてやろう」


 そんな私にセフィラは腕組みをして、条件を待ちます。

 ソファーに寝っ転がったままの姿勢なので、迫力もなにもありません。可愛いだけです。


「私がセフィラのお願いを聞いて戦う代わりに、セフィラも一つ私の言うことを聞いてください」

「……具体的には?」

「セフィラとのスキンシップとコミュニケーション!」

「はぁ?」


 アホか、という顔をされました。

 ですが挫けません。むしろご褒美です。

 

「セフィラは性格が最悪です」

「……」

「ワガママだし、偉そうだし、国が滅んでケラケラ笑うし、人のことを解剖したいとかいうし、他人の命なんてなんとも思ってません。研究がしたいだけで世界を救いたいなんて少しも考えていません」

「…………」


 セフィラは黙って聞いています。

 もちろん、事実なので反論なんてできるはずもありません。


「でも、すごく可愛いので私はセフィラとイチャイチャしたいです。それが私の等価交換です」


 本心です。

 我ながら欲望を丸出し最低だと分かっていますが、きっと最低と最悪なので相性はいいはずです。賢いセフィラなら、その相性の良さは理解してくれるでしょう。


「アリス、君は……いや、キモチワルイな」

 

 すごくイヤそうな顔をされました。なぜでしょう?

 ここは私の想いに応えて、感動的に抱き合う場面のはずなのですが。


「君の考えは理解しかねるし、その契約には賛同しかねる。スキンシップは儂の望むところではない」


 アリスから、君になってしまいました。

 心理的な距離を感じます。おや、これは仲良くなれない感じでしょうか。実力で『仲良し』するしかないのでしょうか。


「……むぅ、しかし、このままではジリ貧になるのは明らかだ。だが、そのような等価交換は……」

 

 なにやらブツブツと呟いています。

 私より頭がいいセフィラは、断りたい気持ちと、私の協力で得られる実利を天秤にかけているようです。

 

「ほらほら……セフィラも早く決めてくださいよ。そもそもセフィラの責任なんですからねー、後始末の協力者がいるのだけでラッキーなんですよー」

「君はうざいな……拾ってきたのは失敗だったかもしれない」


 ぐるぐるとソファーの周りを徘徊する私に、白衣の錬金術師が眉をひそめます。

 おかしいですね。犬や猫がこういう動きをすると、人は可愛いと思うのが普通のはずですが……十七歳の女の子ではダメなのでしょうか。


「アリス、一つ確認しておきたいが……その『スキンシップ』とやらは、どの程度だ」

「え、他人ひとに触らせないところをメチャクチャ触ったりするくらいでしょうか?」

「じゃあダメだ」

「あーー、ウソですウソです。セフィラがイヤな場所とかを触る気はないですよ!」


 即答されてしまい、慌てて要求を下方修正します。

 ほんとはセフィラも触らないところを狙っていましたが、ものすごい顔をされては訂正するしかありません。


「ふむ……ちゃんと拒絶を受け入れる意思はあるんだな」

「もちろんです。私は嫌がるようなことをする趣味はないですから」


 いまはまだ、と内心で付け加えてセフィラの言葉を待ちます。

 それにジワジワと警戒心を解いて、最終的に同じくらいのスキンシップ濃度になれば同じことです。


「おい、なんだそのイヤラシイ顔は?」

「……そんな顔はしてませんけど?」


 欲望がダダ漏れして緩みかけた表情を引き締め、何食わぬ顔をします。

 危険なホムンクルス駆除の報酬が、セフィラへのスキンシップ。それが破格の条件であることなど、賢いセフィラならわかっているはずです。


「はぁ……まあ、いい。なんにせよ、儂ひとりでは手詰まりだ。その等価交換……結ばせてもらおうか」


 にちゃぁぁ


「っっっっ⁉」

「はい、では契約成立ってことですね」


 一瞬だけ本心が漏れた口元を引き締め、握手をするために『災厄』の錬金術師に手を伸ばします。


「むぅぅ……」


 だけど警戒心に眉をひそめたセフィラは、いつまでたっても手を握り返してはくれないのでした。


 

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