第一章 都合のいい令嬢、やめます①

 翌朝、目が覚めて体を起こそうとした私の頭にするどい痛みが走る。あんなにお酒を飲んだのは初めてだ。これが噂に聞く二日酔いかと感心するのと同時に、昨日の出来事が夢じゃないと実感させられた。でも、気分は意外と悪くない。

 ゆっくり起き上がって、昨日のことを思い返す。冷静になった今考えると、大変さんくさい話だと思う。お酒の席だし、きっとからかわれたのだと忘れた方がいい。でも、ていねいに私を家に送ったイルヴィスを信じたい気持ちもある。


 イルヴィスの馬車に乗った私は、れのせいで酔いが回ってしまったらしい。いつの間にかねむっていたようで、そのあとのおくがまったくないのだ。必死に記憶をり返していると、とつぜん部屋のドアが勢いよく開けられた。

「アマリア! 昨日のアレはどういうつもりなの! 納得のできる説明をなさい!」

 そう声をあららげて、血相を変えて飛び込んできたのは母であった。

 外聞を何よりも気にする母は、めいを守るためになんでもする人だ。妹と婚約者の所業を聞いたときも、洗脳でもするかのように「結婚してくれるというなら見なかったことにしろ」と私にってきたくらいである。

 今日も母がヒステリーを起こすことは予想できていたから、いつものようにおそろしい気持ちにならなかった。

「おはようございます、お母様。ええと、昨日のアレ、とはいったい何のことでしょうか」

 鋭い痛みをうつたえてくる頭をまんして、不思議そうな顔を作る。そんな私に、母の顔がさらにいら立たしげにゆがめられた。

「言い逃れをするつもり!? 貴女あなた、昨日のパーティーでしゆうたいさらしたことを忘れたわけじゃないでしょうね!」

「醜態、ですか。私は少々ワインをたしなんだ記憶しかないのですが」

「まあ! 酔っ払って外で眠ったというのに、少々ですって!?」

 実際には五はいも飲んでいないが、慣れていないせいで簡単に酔いが回ってしまったのだ。そのせいで昨晩、あろうことか帰りの馬車で寝てしまった。せっかく厚意で手を貸してもらっているのに、イルヴィスが両親に何を話したのかまったく分からない。

『計画』では仲が良いところを両親たちにもくげきさせ、うわについて問い詰めてきたところをイルヴィスが上手くゆうどうして『婚約者が浮気をした』と言わせることになっている。そして第三者であるイルヴィスがそれをとがめることで婚約破棄まで持っていくと言っていたから、彼が両親の前で私のことを悪く言うことはないと思う。

 だからといって私が適当に話せば、細かいところで話にじゆん点が出る可能性は十分にある。両親がそれに気づいてしまったらすべてが台無しだ。

 ここは覚えてないことにして、母に言わせた方がいいだろう。

「ふざけないでちょうだい! あんなみっともない姿を人様に晒しておいてよく言えたものね!」

「ごめんなさい、本当に覚えてないんです」

「覚えてないというのなら教えてあげます! 貴女は、ウィリアムという婚約者がありながら一人でパーティーに行った上、酔っ払って他の男に送られて帰って来たのよ!」

 何が楽しくて妹と寝た婚約者とパーティーに行かなくてはならないのか。確かにああいう夜会に女性が一人で参加するのははしたないけど。そもそも昨日のパーティーは現実とう以上に、わざと家門に傷をつけに行ったのだ。まだ噂は広まっていないけど、どうせ時間の問題だろう。

「はしたなく酔いつぶれるなんて、本当になんてはじらずなのかしら! しかもランベルトこうしやく様の手をわずらわせるなんて!」

「──えっ?」

 頭痛で聞きちがえたのだろうか。今、母の口からとんでもない言葉が出たような気がする。

「貴女にはこんやく者がいるのよ!? 公爵様をゆうわくしたとかんちがいされたらどうするのよ! ああ、せっかくウィリアムがこのまま貴女と結婚するって言ってくれたのに、貴女はこんな時期に他の男とこんにするなんて!」

 ウィリアム・ウスター、私の婚約者。今一番聞きたくない名前だけど、母は気にせず話を続けた。

「だいたい、貴女なんかが公爵様に相手にされるわけないじゃない!」

 妹が姉の婚約者と寝るのはいいんだとか、なんで私が誘惑したと決めつけるのとか、いろいろ言いたいことはあるのに思考がまとまらない。イルヴィスの正体に気を取られて、母のヒステリーがそうおんとして処理されていく。

(こうしゃく……公爵? イルヴィスが公爵様?)

 この国に公爵は四人いるが、一人を除いたらみんな家庭を持っている中年男性か女性だ。

(それにランベルトって、イルヴィスも名乗っていたじゃない! なんで気づかなかったの!?)

 ウィリアムのことしか頭になかった私でも聞いたことがある有名人だ。若くして公爵になった恐ろしく美しい男って、言われてみればイルヴィスと共通点がある。所作も洗練されていたし。

 ……あれ。もしかしなくても、私がどんかんすぎただけ……?

「ウィリアムが貴女と結婚しなかったら、はくしやく家がかたむくのよ!?」

 勢いよく揺さぶられて、き気におそわれる。母の手をはらって吐き気が止まるのを待つかたわら、お酒は用法用量を守って飲むべきだと実感した。

「っアマリア! 貴女どういうつもり!?」

 私の行動をはんこうだと受けとった母が本格的にろうとしたとき。あせった様子のメイドが飛び込んできた。

「奥様! ランベルト公爵様がお見えです!」

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妹に婚約者を取られたら見知らぬ公爵様に求婚されました 陽炎氷柱/角川ビーンズ文庫 @beans

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