第20話
「んー、まずは何からがいいのかなぁ。小貫さんが興味持ってくれるような話なんてないかも……おれおじさんだし……」
「自分でおじさんって言ってるじゃないですか。もー、何でもいいのに」
いつも通りの気安さ、いつも通りの緩い雰囲気。いつもと違うのはおれがベッドに――小貫さんの隣に腰かけているということくらい。小貫さんお手製のフィナンシェを囲む形で自然とこのポジションになっていた。いや、ていうか元々おれのベッドなんだけれど。
しかしお互いのことを知ろうと始めた会話は全然実のあるものにならない。そもそも本来、ラクナにならないと、おれっておれの話できなかったしな。なぜか小貫さん相手だけは例外なんだけれど。
「まぁでも確かに伊吹さんの好きなものや嫌いなものの話とかなら、私は過去配信見て既に知ってますからね。私の方もコスメやスイーツの話なんかはもうかなりしちゃってるしなぁ」
確かに。そこら辺の趣味の話ならとっくに盛り上がりまくってる。ちなみに小貫さんもおれと同じくマドレーヌよりフィナンシェ派でくず餅よりもわらび餅派でレアやベイクドよりスフレチーズケーキ派らしい。バスクチーズケーキは流行る前から好きだったと主張していたので、おれの方が先に好きだったと返したら言い争いになった。
「結局共通の好き嫌いがあれば一番会話が弾むもんなんだろうね。小貫さんは他に好きなものとかないの?」
「んー、伊吹さんが知らなそうなところだと……レタスとか? ほら、スクバに付けてるキーホルダーもレタスちゃんですし。可愛くないですか?」
「めっちゃ可愛いけど、レタスて……また変なところを」
前から付けてたっけ、そんなの。まぁ意識的に小貫さんのことジロジロ見ないようにしてたからな……。
「じゃあ、あとはお絵かきとかですかねー。私けっこう得意なんですよ」
「え。へー。そうなんだ、それは意外。普通に興味ある。見せて見せてー」
「嫌ですよ。普通に嫌ですよ。これは一人の趣味なので。だから言わなかったんです。普通に嫌です」
「あ、そう……」
まぁ気持ちはわかるし尊重するけれど、結局話広がらないやんけ。
何かないかな、いい話題。おれも小貫さんも好きな――
「あ、はさみ揚げ。はさみ揚げの話は?」
「はぁ……やっとですか。私は初めから思い当たっていましたよ。ていうか、そういうのです」
「そういうのって? 何だよ、結局はさみ揚げにしか興味ないのかよーっ」
「拗ねないでください。そうじゃなくて、伊吹さんが二十六年間どんな風に過ごしてきたかを聞きたいんですよ」
「へ?」
「要するに、自分語りです。私だけに向けて、自分語りをしてください。伊吹さんがどんな子どもだったのか、どんな風に育ってきて、なぜVTuberになったのか。そして、そんな気持ちでラクナちゃんになってから、どんな楽しいことや大変なことがあったのか。それを語る上で、けっこう純君――ラクナ餅のはさみ揚げさんの存在は伊吹さんの中で大きかったんじゃないのかなって、勝手に私は思ってたんですけど」
「……君ってホント鋭いよね……もはや畏怖を感じるレベル」
でも、そんな誰にも聞かれたくない話も、この子にだったら話したい気持ちになってしまう。いや、本当はずっと誰かに話したかったんだ。どうせ気持ち悪がられるだけだから、自分が傷つくだけだから、気持ちを偽っていただけで。小貫さんはそんなおれの奥底までも見抜いて、そして求めてくれている。
ラクナじゃない、松風伊吹のことまで、求めてくれている。この世で、小貫紫子だけは。
「興味のある人に対してだけですよ。私が鋭くなっちゃうのは純君と、あなたにだけです」
「……惚れやすいの?」
「はい! 人を好きになれるのって良いことですよね! 私は何をしてでも好きなものはちゃんと手に入れちゃいますし!」
そんなことを平然と言ってのける彼女に対して、おれは火照る身体を誤魔化すこともできないまま、身の上話を始めるのだった。
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