第16話
――お疲れ様です。今日はありがとうございました。次のコラボ配信のお誘いですが、是非お受けさせてください。そこで企画の提案なのですが、カノンさんが以前やっていた野球の育成ゲームをラクナがやってみるというのはどうでしょうか。ラクナは野球に関する知識を全く持っていないので、カノンさんに一から教えていただきながら、という形の企画にできればと考えています。今日カノンさんに様々なことを教えていただき、そのわかりやすさ、知識の深さに感銘を覚えたので……。また今日のような機会を作っていただけたら幸いです。ところでカノンさんの学校に小貫紫子って子いない? 次のコラボ配信、とても楽しみです。ご返事お待ちしております。 奈落野ラクナ
「小貫……紫子……めっちゃ聞いたことある……てかめっちゃ知ってる……」
うちの学校の後輩――二年生の間で一番可愛いと言われてる女子だ。可愛い子好きのあたしがチェックしていないわけがない。何なら同じ文化祭実行委員会に所属してるし。(ちなみにあたしはホームルーム中寝たフリしてたら勝手にぶち込まれてた。くそぉ。)
「で、何でそんな小貫紫子ちゃんの名前をラクナちゃんが? 何であたしが同じ高校に通ってるかなんて聞いてくんの?」
『いるけど何? どしたん? 知り合い?』と返したら、適当な感じではぐらかされ、コラボ配信の日程だけ一方的に告げられてやり取りを締められてしまった。
てかラクナちゃんが紫子ちゃんと知り合いだったとして、何であたしと同じ学校に通ってるって発想になるわけ? あたしが――葦原カノンの中身が――三好仁奈だとバレてるってことだよね?
え? 何で?
あたしはラクナちゃんみたいにツイッターで個人情報晒すなんてヘマはしてないはずだし……じゃあ、まぁ、普通に考えて、紫子ちゃんが学校であたし三好仁奈の声を耳にして気づいたってことだろう。
うーん、カノンに入ってるときは声作ってるからバレないと思ったんだけどなぁ。セクハラモードでテンション上がりすぎて地声漏れちゃったんかな。
まぁ、めんどいけどバレたらバレたでしょーがないかくらいのノリでもいたしな。どうせ学校に友達とかいないし。警戒も緩んじゃってたかもね。
要するに学校にいる誰かに正体を見抜かれてしまう可能性もなくはない。
つまり、紫子ちゃんが『カノン=あたし』だと気づいて、それを知り合いのラクナちゃんに伝えたってことか……。で、その真偽を確かめるために、ラクナちゃんはこんなメッセージを送って、あたしを試したと。
「ふーん、にゃるほどにゃるほど……」
これは…………抜かったな、ラクナちゃん! そっちがあたしと共通の知り合いを持ってるってことは、あたしもそっちとのリアル繋がりを握ってるってことなんだよ! そんな情報をわざわざ教えてくれちゃうとは! そんな当たり前すぎることにも気づかないなんて……
「は!? まさかラクナちゃん、あたしとリアルで繋がりたくなっちゃった!? 誘ってるってこと!? いろいろ教えてもらううちにあたしに好意を抱いちゃって、でも素直に会いたいとは伝えられないから、こんな回りくどい方法を!? つまり……あたしの方からそっちに辿り着けってことだよね!」
いやー照れちゃって照れちゃって。「別におれからアプローチかけるほどのことじゃないけど、そっちが繋がりたいって言うならまぁ仕方ないんじゃね?」みたいなスタンスでいるわけね! いいよ! まんまと乗っかってあげちゃう!
まずは小貫紫子ちゃんにコンタクトを取って、そっからラクナちゃんまで辿り着いちゃうからね!
*
翌日からさっそくあたしは紫子ちゃんに接触しようと試みた。といっても実際に生で美少女を前にすると緊張してどもってしまうあたしなので、情報収集から始めて、まずは紫子ちゃんの行動パターンを把握した。くそぉ、現実でもカノンの姿になれれば初っ端からいろんな意味で接触しまくれるのに。
結果としてあたしは、彼女が最近昼休みに二階の空き教室でお弁当を食べているという情報をつかんでいた。
というわけで午前最後の体育を早めに抜け出したあたしは、今、その教室内の教卓に肘をつき、ターゲットを待ち伏せしているわけである。早弁うまうま。
「マジで来んのかな……」
授業終了のチャイムが鳴り、ついに昼休み突入。それと同時にあたしは不安を感じ始めていた。ていうかビビッていた。
え、だって本当にリアルであんな可愛い子にいきなり話しかけんの? 何て? 「あんた、あたしが葦原カノンだって気づいたんしょ? そんで奈落野ラクナにバラしたんでしょ?」って? 「は? 突然なんですか? 意味わかんないですけど、この陰ギャル……」とかドン引きされたらどうすんの? 立ち直れないんですけど。
そうじゃん、ここまでのことも全部あたしの想像、それも希望的観測込み込みでの話じゃん。なんかラクナちゃんに頼られて無敵モード入ってたテンションで突っ走っちゃったけど、完全なる勘違いという可能性も普通にある。
てかそもそもだよ? 勘違いじゃなかったとして、あたしがここまでする必要ある? ここまでしてリアルでラクナちゃんに繋がったとしてどうすんの? きょどって何もできなくね? 「あ、配信中にいろいろ変なこと言っちゃってすんません……」って感じじゃね? いやていうかあいつリアルではおじさんじゃん! 可愛かったら中身がおじさんだろうと関係ないけど、ガワが汚いおじさんだったら中身が可愛くても何も可愛くない! セクハラしたくない!
そうじゃん、そうじゃん。何やってんだろ、あたし……。もしかしたらラクナおじさんはガチであたしと繋がりたいのかもしんないけど、だからってあたしが何か労力を使う必要なんて一ミリもないじゃんか。
うん、冷静になったらそうだわ。リアルで初対面美少女と話すなんて無理。だいたいあの子、絶対ヤリマンじゃん。あんな巨乳で清楚な子絶対年上彼氏とヤリまくりだよ。作ってる感ある清楚さだし。清楚系隠れビッチとかオカズにするなら最高だけど実際にコミュニケーション取るのは一番無理だよ。絶対心の中であたしみたいな陰ギャルのこと見下してるもん。やっぱリアル美少女は視姦に留めておくに限る。
「かーえろっと――」
そう、あたしが出口へと足を向けたときだった。
「勝手に決めてしまってすみません、純君……流れでついつい……」
「いやいや全然構わないよ。僕も紫子さんを支配したいわけではないからね」
話し声とともに反対側の扉が開き――あたしは何故かとっさに教卓の下に隠れてしまった。ええー……何やってんだあたし……。
「それにあのゲームはVTuberの配信コンテンツとして人気もあるし、なかなかいいチョイスなんじゃないかな」
教卓で隠れて様子は窺えないが、音から判断するに、どうやら机を二つくっつけて男女二人がお昼を食べようとしているらしい。いやまぁ、男女っていうか……
「本当ですか!? よかった……純君がいろいろ教えてくれたおかげであたしも知識が身についてきたのかもしれません……!」
「あはは、紫子さんの努力の成果だよ」
……小貫紫子ちゃんだ……予定通り、ターゲットが現れちゃったよ……。
そんでもう一人の男は……純君? 何か聞いたことあるな……あ、委員会の子か、最初の会議で発言しまくってた。そういや紫子ちゃんと同じクラスだったような。そっか、それで昼休みに二人で集まってお仕事ってことね。
ん? や、でも何かさっきVTuberがどうとか言ってなかった? 言ってたよね? え、もしかして……、
「それでですね、純君。さっきのお話の通り、葦原カノンさんとの野球ゲームのことなんですが」
葦原カノン! あたし! あたしの名前! さっそくキーワード出ちゃったよ! ビンゴだよ! やっぱこの子、ラクナちゃんの知り合いだよ! それに野球ゲームって……パワプロ配信やることはまだあたしとラクナちゃんしか知らないはずだし!
あれ、でもそんなことまでラクナちゃんから話してるような仲なのか……意外すぎるな、ラクナちゃんって友達とかいないキャラなのに。あの生々しさはキャラ作りのものとは思えないし。同じリアル友達ゼロ仲間だからよくわかる。
えー、じゃあ何? まさかイケない関係? は、ないか。ラクナちゃんって下ネタオーケーでも、本人からは性欲みたいなもの全く感じないし。恋愛も苦手なはずだ。
と、すると妹とか? うーん、でも一人っ子って言ってるしなぁ……。VTuberの兄妹エピソードって需要あるし、わざわざ隠すメリットがない……ましてや個人情報ガバガバのラクナちゃんだし。
そんで仮に友達なり恋人なりセフレなり妹なりなんだとしても。VTuber活動のこんな詳細な事情まで話しちゃうってことは、この子に相当な信頼を寄せているわけで。そんな信頼を得ているはずの人間がクラスメイトの男子相手にそれをあっさり話しちゃってるなんてあり得なくない?
どんな状況なの、今この空間で起きてることは?
「うん、紫子さんに何か考えがあるならとりあえず聞いておこうかな」
情報をつかむためにあたしができるのは聞き耳を立てることしかないので、とにかく息を殺して盗聴を継続する。つーか何か妙に偉そうだな、この男。お前ラクナちゃんの知り合いの知り合いでしかないだろ。
「ああ、いえ、考えという程のことではないのですが。やはり奈落野ラクナとして出来ることを精一杯やっていくために――」
「はぁ!?」
やっば、やっちゃった……思いっきり声出しちゃった……!
「え、な、何事でしょうか……!?」「教卓の下に……誰かいるっぽいね……」
とっさに口を押えてみるも、当然もう遅い。あたしがここに隠れていることは完全にバレた。何やってんだ、あたし……い、いや、でもだって!
さっきの紫子ちゃんの言葉――奈落野ラクナとして出来ることを精一杯やっていく――? 的なこと言ってなかった? 言ってたよね、思いっきり!
え? は? それってつまり……!
まずいことになったな……。僕と紫子さんのラクナプロデュース会議を誰かに盗み聞きされてしまったようだ。
「純君……」
不安そうに僕のワイシャツをちょこんと摘まんでくる紫子さん。誰かが潜んでいるであろう教卓を見つめて、顔を真っ青にしている。
自分がラクナであることを僕以外の誰かに知られてしまったのではないかと危惧しているのだろう。
ここは僕が何とかしないとな。
この教室に入ってから、僕たちは二人でどんな会話を交わしただろうか。一言一句思い出せるわけではないが、少なくとも『紫子さん=ラクナ』だと推測できてしまうような内容を言葉にしてしまったことは間違いないだろう。
ならば、どうするべきか……そもそも相手がVTuberというものに興味のない人間であれば、中身がどうこうなんていう発想には至らないだろうからあまり問題はない。VTuberや奈落野ラクナの存在を認知していたとしても、その中身が目の前にいる女の子だという確信に至っていないのであれば何としてでも誤魔化す。そして誤魔化し切れないようであれば口止めをする……。
本当にそれでいいのか? それしかできないのか?
いや、とにかくまずは相手と接触してからだ。最悪なのは状況を確認する前に逃げられてしまうことなのだから。
「そこの君、出てきてくれ。僕と話を――うぉ!?」
教卓の下を覗き込もうとした瞬間だった。金色に輝くサラサラの髪を揺らしながら、小柄な女子生徒が勢いよく飛び出してきた。
色白の肌に着崩した制服。どこかで見たことがある。たぶん委員会にいた三年生だ。確か、こんな派手でキレイな見た目でありながら、どこかジメッとした雰囲気を纏って、常に黙りこくっている――
「お前だなッ! そこの巨乳清楚ビッチッ!! こ、ここここんな人気のない場所に男連れ込みやがってッ! あんなリアルな陰キャ話も全部嘘だったんだな!! 小貫紫子――お前がラクナちゃんだぁ!! 全然おじさんじゃないじゃん!!」
「「ええー……」」
顔を真っ赤、目を充血、体中を汗だくにさせながら、その陰気ギャルは紫子さんをビシィっと指差し、一方的にまくし立ててきた。足元はフラフラで、何かいろいろ無理してるというかヤケになってんだろうなぁ、というのがひしひしと伝わってくる。
とか、そんな風に相手の空回りっぷりに同情している場合ではない。追い詰められてるのはこっちだ。
やはり完全にバレていた。目をグルグルとさせて頭から蒸気を出しているこの人に、カマをかけてくるような余裕があるとも思えない。ラクナの中の人が紫子さんだと確信させてしまったのだろう。
くそっ! こうなってしまったからにはもはや僕に残された手は、何かしらの対価を渡しての口止めくらいのもので……ラクナの正体が第三者に漏れてしまったという事実は覆しようがない……!
「あたしは裏切られた気分だよ、ラクナちゃん……! 中身が可愛い女の子だったことはむしろ嬉しい! でもその秘密を彼氏にお漏らししまくっていることには心底がっかりだよ! どうせ二人だけで秘密を共有することで特別な繋がりを感じつつ、まんまと騙されているファンたちをネタにしながら、ベッドでエチコラまぐわってんだろ! くそぉ、こんな裏切りがあるくらいなら、おじさんの方がよかった! そうか……これがバ美肉おじさんに惹かれるファンの気持ちかぁッ!」
「…………っ!」
なぜか涙を流しながら崩れ落ちているギャル先輩のその喚きが、僕の心に強烈に突き刺さる。それは「裏切られた」とか「おじさんがよかった」とか、以前の僕と同じような思いが込められていたから――ではなく。
「純君、助けて……!」
うるうるとした目で見上げてくる紫子さん。くすぐられる。男としての本懐を猛烈に刺激される。このか弱き美少女を守れるのは僕だけなのだ。この子が頼れるのは世界で僕たった一人なのだ。なぜなら彼女がその秘密を明かした相手は、この世に僕しかいないのだから。
そう、僕は紫子さんと二人だけの秘密を共有していることにただならぬプライドを持っている。何があっても譲れない価値を見出している。
この秘密は、絶対に僕以外の誰にも知られてはいけないのだ。僕が独占していなければ意味がないのだ!
もはやそれは僕の中で、彼女の「処女」なんかよりも、ずっとずっと大きく重いものになっていた。
僕だけ、僕だけのものだ……! 他人なんかに指一本触れさせてやるものか!
僕は、床に這いつくばる金髪ギャルに近づき、力なく見上げてくるその眼前で仁王立ちを決め、
「違う……違うぞ、紫子さんは奈落野ラクナなんかじゃない……なぜなら……」
「へ……?」「純君……?」
今、僕がやるべきことはたった一つ! すなわち――
「僕が、僕が奈落野ラクナだッ! 奈落野ラクナの正体は僕――
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