第17話

「何やってんだ、おれ……これだけは絶対やっちゃダメだろ……」

 小貫さんとはさみ揚げはカノンさんと同じ高校に通っている――そんな事実をおれは探り当ててしまっていた。

 カノンさんへのコラボお誘いの中でそれとなく小貫さんのことを知っているか尋ねてみたところ、「イエス」の返信が来てしまった。

 昂っていた心臓が一気に冷えた気がした。ふと冷静になって考えてみれば、おれはとんでもないことをしようとしている。

 カノンさんと彼女らが同じ高校の生徒だと知って、何をしようというんだ。カノンさんを通じて小貫さんたちの学校での様子を探ろうって? そんなのただのストーカーだ。

 気になるんなら直接小貫さんに聞けばいいだけじゃん。おれは小貫さんがはさみ揚げと付き合うための計画の共犯者なんだからいろいろ気になるのは当たり前だ。何でためらってんの?

 それはたぶん、おれが、計画とは全く関係なく、小貫さんとはさみ揚げという人間のことをもっと深く知りたくなってしまっているからで。

「……え、マジで……?」

 自分でまとめた考えに自分で驚いてしまう。え、だってそんなわけなくね? なに? じゃあおれが、小貫さんと契約上のドライな関係ではない、もっと個人的な仲になりたがってるっていうの?

 まぁ百歩譲ってはさみ揚げの普段の生活が気になるっていうのは認めてもいい。あいつはラクナの恩人でもあるし、そして最近、配信にコメントをしてくれなくなったことが、おれとしても正直寂しいし。そりゃあいつは『ラクナ=小貫さん』だと信じ込んでるんだから当然なんだけれど。感想があるなら直接小貫さんに伝えればいいんだし。

 うん、そうだな、おれはただ、恩人でもある自分の大ファンが学校でちゃんとやれてるのか気になってるだけなんだ。陰キャなのに、いきなりあんなヤベェ女に付きまとわれて自分を見失ったりしていないか心配なだけなんだ。だから決してはさみ揚げを失って生じた心の隙間に入り込んできた誰かのことが気になるとかそういうんじゃないんだ。

 うん、何か自分の中でほとんど答え出ちゃってるよね……。

 認めるしかない。はさみ揚げはもちろん、小貫さんも、おれの中で特別な存在になってしまってるんだ。もちろん恋愛対象とかでは全くなく、何ていうか上手く言い表せない関係ではあるけれど、とにかくもはやおれの日常の中で悪い意味でも良い意味でも切り離せない存在になっていて、たとえ意味がなくてもその動向を監視したくなってしまっている。それはもう、否定できない。

 でも、だからと言って、こんなことはダメだ。大人として人間として、許される行為じゃない。

 幸い、今ならまだ引き返せる。

 カノンさん相手には適当に誤魔化しておこう。「共通の知り合いが葦原カノンの正体に気づいちゃったっぽいよ?」というラクナからのさり気ない警告だったんだと勝手に捉えてくれるだろう。うん、これ以上何も言わなければ、それ以上の意味も意図も生じようがないんだし。

 小貫さんには今回のことは黙っておけばいい。とりあえず次のコラボ配信についてだけ報告しておこう。

 あとはおれが忘れるだけだ。おれは彼女たちのプライベートについて何も知らないまま。これで全ては元通りだ。

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