第14話
「昨日帰ってから改めて葦原カノンさんとの配信を見直してみましたけど、やっぱり面白かったですよ」
コラボ配信の翌日夕方。今日の配信に備えるおれの後ろで、ベッドに座った小貫さんがくつろいでいる。勝手に。
「ほんとに? 小貫さんが褒めてくるなんて珍しいね……」
何気なく言ってくる辺りが却ってマジっぽいし。てかまぁ元からこの子がお世辞とか言ってくるわけもないんだけれど。
「ホントですよ。カノンさんのギャルなのにおじさんっぽい素がにじみ出たセクハラに対して、女子っぽい素の反応で面倒くさがってるおじさんって構図が面白かったです。またやってたら、計画とか抜きにして普通に見ちゃうと思います。ネイルとかしながらでしょうけど」
「ふーん……」
VTuberに興味のない小貫さんでもそうなんだから、新規ファン獲得にはやっぱり有効なのかな。ていうか実際この一日だけでも、今まで停滞してたのが嘘かと思うくらいには登録者増えてるし。
「……じゃあまたやろっかな……てかもう既に誘われてるし……」
「だったらすぐにやらなきゃですね。億劫なことこそその場でやらなきゃ永遠にやらないのが伊吹さんですし。VTuberのことは分からなくても伊吹さんのことは分かっちゃう紫子さんですし」
「イラッとするな、それ。まぁその通りなんだけれど……」
そんでそうやって背中を押してほしくておれも口に出したとこあるけれど……。
「でもなぁ。また同じようにセクハラされてるだけって内容なのもなぁ……また新しい視聴者は来てくれても、前回で興味持ってくれた人の中には飽きて離れちゃう人も出てくるかもしれないし……」
「ふーん、難しいんですね。専門的なことは私には分からないんで、そこはおじさんが必死に考えてください。私はここで応援しています」
「嘘つけ。ダラダラしてるだけでしょ」
まぁ別に元からアドバイスなんて求めてないけど。感想くらいなら貰っても悪い気はしないけれど、ラクナの活動そのものについてはおれが決める。これ以上、誰の指図も受けたりなんてしない。
「ダラダラだけじゃないですぅー。そんなこと言うなら軽食作ってあげませんよ?」
「え、あ、それはごめん……」
「うふふ、冗談ですよ。てか私が食べたいので。キッチンお借りしますね」
そう言って席(ベッド)を立つ部屋着美少女(腹黒)。うーん、悔しいけど嬉しい。だっておいしいんだもん、この子の料理。
「うーん……」
マジでどうしよう。しばらく考えてみたけれどいい企画なんて思い浮かばない。
「どうですか、伊吹さん」
「あ、これ? うん、めっちゃおいしい。フルーツトマトをフルーツサンドにするって発想にも関心したけど、合わせるのが生クリームだけじゃなくて、クリームチーズもっていうのが手が込んでてめっちゃ好き」
「そうですか。まぁ企画について聞いたんですけど。おかわりいります? クリームチーズだけにして岩塩とか加えてみようかなって」
「あ、それ良い。お願いします」
微笑みを浮かべて再度キッチンへと向かう小貫さん。ありがてぇ……。
それはそれとしてやっぱり何も思いつかない。そもそもコラボ配信なんてほぼしてこなかったんだし、無い知恵を絞っても仕方ないのかもしれない。
「はぁ……もう素直にお願いしようかな、カノンさんに。頼めば何か考えてくれるよね」
「まぁ、いいんじゃないですか。あの人、思考がおじさんっぽいですから、頼られたら喜んでいろいろ教えたがると思いますし」
独り言のつもりだったのだが、キッチンから声が返ってきた。確かにそうかも。でも逆にセクハラさえできれば何でもいいと思っている節もある気が……。
「ふぁーあ、食べたら何か眠くなっちゃいました。寝ていいですか?」
戻ってきた小貫さんが、おれの前にサンドイッチを置いて、「うぅー」と伸びをする。人の家でどんだけリラックスしてんだよ。普通に嫌だよ……。
「ええー……シーツは君専用のものにしてあるけれど、枕とかさ……」
「適当なクッションとか使いますよ。そもそも夜中にラクナちゃんのアーカイブとか見まくってて寝不足なのが原因なんです。おじさんのせいです」
「言われても……」
まぁそんなに見てくれてるとは思ってなかったからちょっと嬉しくはあるんだけれど。
「そういえば思ったんですけど、ラクナちゃんって配信終わる時、チャンネル登録のお願いとかしないですよね。すればいいのに」
あくび混じりにそんなことを漏らす小貫さん。
「あー、それね……や、何かあんま好きじゃなくてさ、そういうの」
「ふーん、あー、何かアットホームな雰囲気が壊れるからみたいな感じですか」
「いや全然違うけど」
単純に、おれがそういう性格だからだ。がめついとか思われたくないのだ。思われるよね? 別に思われないのかな……? でも気になっちゃうんだもん。配信がどうとか関係なく、昔から、普段の生活から、そうやって生きてきたんだもん。そういうこと言えないのがおれの素であってラクナの素なんだもん。
「違うんですか……まぁどうでもいいですけど、そこら辺気になってるラクナーさんも多いんじゃないですかねー。実際私も思ったんですし」
「はあ」
素っ気ない感じで言われたので気のない返事をしてしまったけれど、考えてみればそこまでその点にこだわりがあったわけでもない。せいぜい「無理してまでやることじゃないし……」くらいの感覚で、別にそれを取り入れたからといってラクナのイメージが損なわれるとかまでは思ってない。
まぁ結局、あえて取り入れるほどのことでもないわけだけれど。
「てかみんなそういうの言ってるものだと思ってました。カノンさんとかも言ってますし。ま、伊吹さんがやりたくないならそれでいいんじゃないですかね。じゃあ、おやすみなさいです」
「いや寝ないでってば……ん?」
カノンさんも、か……。確かに結構手の込んだ感じのセリフをいつも言っていた気がする。ああいうのも人気の秘訣なのかな。当然真似したからってそれだけで登録者が増えるほど甘い話じゃないんだろうけれど――、
「あ」
そうだ、これ……使えるんじゃ……。
「……うん、いいかも……。……いいな……」
頭がにわかに回転し始める。どんどんアイディアが組み上がっていく。
カノンさんに、ラクナの配信終了挨拶を考えてもらう……想定以上にノリノリのカノンさんに若干引きつつもいろいろ教えてもらう……うん……うん! 成り立ってる! コラボ企画!
別にそこで生まれた文言を実際に採用する必要はないんだもんな。散々協力してもらった挙句、全ボツっていうのもオチとして悪くないだろう。お詫びとしてカノンさんの要望通り、彼女のチャンネルにも出演するみたいな流れにしてもらえば、がっついた感じを出さずに次のコラボの口実にもなるし。
いいじゃん、いいじゃん! 二年間封印してきたアレをついに解禁……!? みたいな煽りで大げさ目に惹きつければ、ご新規さんも来てくれるかも……!
「思いついたよ、小貫さん! …………小貫さーん?」
「…………ん…………」
「マジかよ、こいつ……」
人のベッドでぐっすりと寝息を立てる女子高生にドン引きしながら、しかし何故かおれは、妙な居心地の良さを覚えてしまうのだった。
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