第13話
『はい、じゃあ今日はこんな感じで。カノンさん、ありがとね。さよなラクナ~っ』
『あ、ちょ、待ってラクナちゃん。まだ次のオフパコラボの予定が――』
スマホの中で、葦原カノンの言葉を遮るように配信が終了する。
「ふむ、なるほど、ね……」
僕は脚を組んで椅子に腰かけ、コーヒーをひと啜りする。苦っ。
ラクナのプロデューサーになると決めた翌日の夜。つまり、僕のプロデュースによる配信第一回目が終わった直後。
僕はその出来に、自分の手腕に、確かな手ごたえを感じていた。
SNSなどをざっと巡回してみれば評判も上々、批判や反発意見もあれど、そんなものを気にする必要はない。それよりも新たにラクナに興味を持ってくれた人がいるということが重要であり、求めていた成果だ。
「やはりセクハラされて戸惑う美少女(おじさん)の姿が性癖に刺さる層というのは一定数いるようだな……!」
僕以外にセクハラされていることは悔しいが今はもう僕はただのファンではないので我慢しよう。もはやラクナにとって僕は、そんな最低の行為で気を引こうとするクソガキとは一線を画した存在なわけだからな!
僕は、僕が、一人の人気VTuberを支配しているんだ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおお、お、来たか」
昂ってどうしようもない気持ちをシャドーボクシングで発散するという昨日から何十回も繰り返してきた行為の最中、スマホに着信が入る。相手はもちろん、
「もしもし、僕だ。お疲れ、紫子さん」
『はいっ! お疲れ様です、プロデューサーさんっ!』
相変わらず澄んだ声で僕を呼んでくれる美少女。満たされる。十七年間鬱屈し続けてきた僕の中の何かが満たされる。
ボイチェンを通したラクナの甘い声も良いが、こう自分のものになってみると紫子さんそのままの声もやはり良いなと気づかされる。さすが僕が自信を持って売り出しているタレントだ。
ちなみにいま僕は自分の部屋にいる。紫子さんの方から提案もあって配信中はいっしょにいるべきではないということに落ち着いたのだ。言われるまでもなく僕もそうするつもりでいた。後ろから腕組みして眺めていたい願望も正直あったが、万が一僕の声などが配信に乗ってしまったりしたら大変なことになる。
また、リスクマネジメント以外の理由もある。
『ごめんなさい、純君……近くで見守ってもらいたい気持ちもあるのですが、やっぱりラクナになっている姿を見られてしまうのは照れくさいですし、落ち着いて話せなそうです……小貫紫子の知り合いを意識した時点でラクナという別人格に没入出来ないと思うんです……だからこれからも、配信は私一人で、という形でお願いしますっ! 後ろから誰かに見られながら配信とかラクナには絶対無理ですっ!』
「うん、大丈夫。それには僕も賛成だから」
ラクナーとしても配信中のラクナの後ろに誰かがいるなんて考えたくもないしな! しかもラクナの中身でも何でもないそいつがラクナを操ってるなんて絶対許せないしな!
『それで……どうでしたでしょうか? 私とカノンさんのコラボ配信は……? 実は前回のコラボの時から彼女のセクハラには苦手意識があったので、覚悟はして臨んだのですが……やはりそれでも少し戸惑ってしまいまして……。もちろん向こうは私のことをおじさんだと思い込んだ上でのコントのつもりなのでしょうけれど……』
「オーケー、オーケー。あの振る舞いで正解だよ」
『本当ですか?』
「うん。演技が入り込まないリアルな反応が見られて視聴者も満足だったはずだよ。企画が普段と違ってもラクナーが見たいのはラクナの素だからね。新規ファンに向けたアプローチは葦原カノンさんの存在が果たしてくれてるから、ラクナは自然体でいてくれればいいんだよ」
説明していて、ふと思う。今回の配信もラクナは確かに素を出してくれていた――と僕は思っている。いつも通り肩に力の入らない自然体なラクナだった。でも、その姿は、紫子さんと重ならない。いや、「ビジュアル」という意味での姿ならラクナと紫子さんはよく似ている。それは前に考察した通り、仕草や表情が似ているし、例外的に似ていない胸にはちゃんと似ていない理由があった。声に関しては機械で弄られている以上、別物なのは当たり前だし、口調も意識的に変えているのだろう。逆に、最近こうやって紫子さんと関わるようになって初めて気づいたことだが、抑揚の付け方などはやはりよく似ている。
でも、何というか、上手く言葉で説明はできないのだが……やっぱり物事に対するリアクションというか、二人の感性というか、性格の根本が違う気がするのだ。
ということは……そう、やはり。
ラクナか紫子さんが普段から演技をしているということになる。
じゃあ、どちらが、と考えてみると……やっぱりラクナのことはずっと見てきて、素を出してくれていると僕は確かに感じ取っていたわけで、消去法的に、普段の紫子さんが仮面を被って過ごしているのではないだろうか。
うん、そうなんだろうな。大和撫子の紫子さんとして、振る舞いも生き方さえも演じなければいけない部分が多いのだろう。
ラクナとしての配信は紫子さんが唯一素を出せる時間なんだ。ラクナこそが紫子さんの真の姿なんだ。
そうだよな。だって、『ラクナ』が演技だったなんて、そんなわけはあり得ないんだから。僕はそれを誰よりも知っている。
『では、近いうちにまたカノンさんにコラボ配信のご依頼をした方がいいでしょうか。というより、実は以前から頻繁に彼女の方からコラボのお誘いは届いていたので、黙っていても向こうから来るような気がしているのですが』
「ああ、配信でもそんな話していたね。作戦会議のときに言ってくれればよかったのに」
『すみません……実は意図的に黙っていました……。やはりカノンさんには苦手意識があったので……。でも純君の指示に従ったおかげでこうやって結果を残せました! 以前のように私だけで活動していたら、またカノンさんとコラボするという発想には絶対至りませんでしたから……! さすがプロデューサーです! 見事なご采配でした……!』
「…………! まぁ、何てことないよ。僕はあくまでも道を示してあげただけに過ぎないからね。全ては君の努力の成果さ」
僕は達成感で身震いし、それと同時にゴチャゴチャとした雑念も吹き飛んでいた。
この快感がもっとほしい……僕がやるべきはこの子を高みに導くこと! プロデュース業に集中だ!
『そんな……嬉しいです……誰よりも私のことを見てくれているんですね……! 私の秘密を知って、私のことを理解してくれるのはこの世で純君ただ一人だけですもんね……! そんな方にこんな風に言っていただけるなんて……モチベーション急上昇です! お願いです、プロデューサー! 早く……早く次のご指示をお恵みください!』
「うむ、そうだね。またすぐにカノンさんとのコラボ配信を入れよう。視聴者の熱が冷めないうちに、ね。今回話題になったことで新たなVTuberファンも来てくれるはずだ。連発しすぎると飽きられる恐れもあるが、まだその点に配慮する段階ではないだろう」
『なるほど……! 配信内容はどうしましょうか!?』
「そうだね……」
ちょっと考えてなくて詰まってしまったが、ここでプロデューサーの威厳を損なわせるわけにはいかない……!
僕の頭と口はテンションに任せて回り続ける。
「そういえばラクナの配信って終了時にチャンネル登録のお願いとかしないよね。まぁアットホームな雰囲気を壊したくないっていう君の意図はわかるけど、仮にも人気上昇という目標を立てた以上、これは取り入れた方がいいはずだ。実はラクナーとしてもラクナの布教をしていいのか迷うところがあったんだよね。好きな人だけで内々にこっそり楽しむことをラクナは望んでいるのではないかと。でもそうでないのなら、布教の協力要請という意味も含めてそれは伝えるべきだと思うんだ」
『…………! 確かに……! 盲点でした……! 私だけでは絶対に気付けなかったです……!』
「うむ、そこでだよ、紫子さん。ラクナの配信終了セリフをカノンさんと一緒に考えてみようという企画はどうだろうか」
『そう来ましたか……! うぅ~~~~っ、すごい! 何という発想力!』
「セクハラが嫌で本当は会いたくないけど人気VTuberに教えを乞うためには仕方ない、という形にしよう。それによってコントとしてのシチュエーションも定まるしね。おっと、あくまでも状況設定だけの話だよ? 役を演じようと肩を張る必要はない。君は実際カノンさんのことが苦手で、実際カノンさんに指南を仰ぎたいんだから、ありのままでいればいい」
『そこまで考えて……! 深いです……!』
「そしてカノンさんの方も素のままでこの企画に乗れるはずだ。彼女のセクハラ体質もゴリゴリ自然体なんだろうというのが伝わってくるからね。あれはコントとかじゃないよ……。彼女はおじさんではないのかもしれないが、精神的には完全におじさんだよ。そしておじさんと言えば若い女の子に教えたがる生き物だからね。教えを乞うことで自尊心をくすぐってやれば必ずノリノリで食いついてくるはずだ!」
『なるほど! そんな発想は絶対私には出来ませんでした! すごい……! もっと……もっといろいろ教えてください、プロデューサー!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます