第13話 信念

『まぁとにかく、今のところは暇人だな』


チューブ状の空中通路をぶらつきながら駄弁る、34667号とショーティ。


『……いや、暇ドロって言うべきか?』

『あーア、暇っテ意外と暇だネェ』

『むしろ仕事がある方が、メリハリがあって良い』

『イッそ廃人ならぬ廃ドロじゃン』


現在ドロイドたちは――マジで暇だった。

いつもは仕事がつらいとか、きついとか愚痴を垂れることもしばしばのドロイド達だが、仕事がないのもそれはそれで辛いのだ。

しかし34667号は、心の隅でこうも思った。


〝我々ドロイドは、だ。ならば働いていない私たちには、はあるのか?〟


『後は、死を待つのみか……』


〝私の機能停止日まで、あと三日〟


『何か言っタ?』

『んんっ、何でもない』


首を振ると、誤魔化すように34667号はそのまま言葉を立て続けに吐いた。


『そういえば、ドクター・ハロディンとクロリア監督官は今どこにいるんだろうな。彼らがいなくなったなんて信じられないのに、今この様子を見ていると、むしろ彼らがこの工場にいたことの方が不思議に感じられてくる。なんだろう、彼らの存在が、このメモリー回路に挿入された偽りの記憶だったんじゃないかとさえ思ってしまうな……。今彼らに会えたら、たくさんのことを聞きたい。ドロイドなのに、たくさんのことを……恋焦がれてしまう』

『ソう、なンだね……』


ショーティはそれに対し、どこか一歩引いたような言葉を漏らした。

34667号は、そこで何か引っかかりを感じた。人間たち……。何か、何かないか? 手掛かりになりそうな、もしくは手掛かりになるものががありそうな場所……。

私はそこを、訪れたことがある。


『――士官のオフィス区域と、ドクター・ハロディンの診療室はどうだ?』彼は呟いた。『あそこなら何か、残っていないだろうか?』

『ン?』ショーティが顔を傾けて、心配したような声を出す。『34667号、何か考えて――』

『行こう、一緒に』


34667号はショーティの腕を引っ掴むと、彼にしては珍しく半ば強引に歩き出した。


『エ、ちょ、ちょっト待って、一体どうイうこと……!?』

『付いて来てくれ』34667号が有無を言わせぬ声で言うと、サッと振り返る。そのフェイス・プレートに、表情はなかった。


『――真実が、分かるかもしれない』


□ □ □ □

 

『……で、ココ?』


クロリア監督官のオフィス、その入り口に彼らは立っていた。


『いや、施錠されテるけド……』


ショーティの言う通り、士官区域のスライド・ドアはコードで封鎖されていた。解錠するには士官本人のコード・シリンダーか指紋検査が必要だが、生憎どちらも持ち合わせていない。


『構わない』34667号は静かに答える。『ならこじ開けるまでだ』

『コじ開けルって、ドうやッて――』


ショーティが言い終わるのを待たず、34667号は左腕のプラズマ・カッターを起動する。その光刃を制御盤に突き刺して警報システムを解除すると、そのままドアを焼き切り始めた。


『うワぁ、強引だネ……』


そうして暫くすると、ドロイド一体が通れるくらいの穴が切り開けられた。


『……入るぞ』


ブスブスとくすぶる穴をくぐり抜け、彼らはオフィスに侵入する。その内部は――先日と何ら変わっていなかった。

整頓された書類と、デスク上に残されたコンピューター。だが、コンピューターは電源を押しても起動しなかった。少しの後で、そもそもメモリー・チップが抜かれていたことに気付く。

それが非常プロトコルに則った処理ということを、彼らが知ることはなかったが。

書類も一通りめくってみたが、そもそも何が書いてあるのかさえ理解できない。


『収穫は、無しか』34667号が呟く。

『ねェ、すぐニ帰ろウよぉ……』


心細そうにショーティが言うのを無視し、部屋の隅々を見回してみる。だが役に立ちそうな物は、何も残っていない。


『……ドロイドの捜索班はここを覗かなかったのか?』34667号がふと呟いた。『ドロイドはあくまでプロトコル命令を守る。人間がいなくなっても、それは同じか。……不思議だな、そう思わないかショーティ?』

『ヘ?』

『今必要とされてるのは、行動し続けることだ。真実を知るにはそれしかない』


ショーティは、もはや何も答えなかった。


『次だ。今度はドクター・ハロディンのオフィスに行くぞ』


□ □ □ □


『やっぱリ何も無イよ、34667号? それニ、他のドロイドに見ツかっタら嫌だシ……』

『いやある、あるはずなんだ。あんなにドロイド好きだったドクターなんだ、何か遺してくれてても不思議じゃない』

『そんナの、ただノ希望的観測デ――』

『あった』

『!?』


34667号が作業台から引き出してきたのは、小型のデータ・パッドだった。メモリー・チップが挿さったままで、画面の手垢からするに最近まで使用されていたようである。


『こノ中に、何カ情報があるッてイうの?』

『お前の言う希望的観測に縋りたくはないが……、かもな』


二体は互いに視線を交わす。静まり返った診療室に、彼らのサーボ・モーターの音だけが響いた。

そして34667号は、パッドの電源を入れた。

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