第9話 生還

バチバチッ! ジジジ……。 


『機能回復中、機能回復中……――再起動、開始』


34667号のバイザーが、光を取り戻した。


『ん……。いったい何が、起こった……?』


目覚めた34667号は、顔を上げ周囲を見回した。


現実が、と化していた。


彼のセクションは、燃えていた。あたかも神話の一場面のように。

断続的に発生する衝撃で、隔壁から派手に火花が飛んでいた。施設の床は小刻みに振動し、辺りの景色が二重にブレて見える。

34667号の周囲では、蒼い業火が燃え盛っていた。

甲高い警報が、狂った鳥のように鳴り響く。

燃える、燃える、燃え上がる。

金属の甲高い悲鳴が聞こえた。


『――、生存者は!?』


眼前の光景による追憶から意識を引き剝がし、34667号は立ち上がった。

瞬間、膝関節から火花が散る。

おそらく爆発で、関節部の回路が破損しているのだろう。だが幸いにも彼に痛覚センサーは搭載されていない。

今は救助が最優先だ。

セクションのあちこちにはバラバラになったドロイドの破片が転がっていた。ベルトコンベアーは真っ二つに裂け、部屋中で炎がのたうっている。白かった隔壁は真っ黒に煤け、天井からの照明は点滅する深紅の警告灯に変わっていた。

そこはまさに、地獄絵図と呼ぶに相応しかった。


『34、667、号……』

『ッ、班長!』


瓦礫の下からの声に振り向くと、あおむけに倒れる班長ドロイドの姿が映った。吹っ飛ばされた隔壁の破片に、その片足が押し潰されている。


『今、助けます!』


そう言うと、彼は班長ドロイドの元に膝を突いた。そして、班長を阻んでいる瓦礫片を持ち上げようとする。


『――くっ、これは、重いです……!』

『346、67号……プラズマ・カッターを……使うんだ』班長が途切れ途切れに言った。『俺の足を、切断してくれ。その方が、早い』

『! ……了解』


34667号は、左腕に内蔵された工業用カッターを展開し、班長の合金の右足を切り落とした。

自由になった班長に、彼は手を差し伸べる。


『肩は私が持ちますよ』

『ありが、とう……』


彼らがそう言葉を交わし、セクションを出ようとすると……。


「おい。私も……手を貸してやる……!」


クロリア監督官だった。

士官の制服はズタズタに裂け、血が滲んでいるが、意識は明瞭のようだった。

彼は激しく咳き込むと、立ち上がり、二体に手を伸ばした。


「そっちの班長は、私が支える。34667号、お前は他の生存ドロイドを探すんだ」

『――っ、はい!』


34667号は、ちらりと後ろを振り返った。マニュアルによれば、セクション入口の防爆扉は非常コードで閉鎖されているはずだ。

そうならば、彼らに逃げ場はない。

――だが幸いにも今は、そこら中に散乱する瓦礫のせいで、扉は半分ほどしか閉まっていなかった。


34667号は周囲の惨状を見回す。

生存者は他にいるか?

――結果は、火を見るよりも明らかだった。否、目の前の火災を見るまでもなかった。


炎の中で、死んだドロイドたちが焼かれていく。それは機能停止日を待たずして死んだ彼らの、聖なる火葬のようにも見えた。中には痙攣のように、自分の意志なくして頭部が震えている者もいる。


……いっそ、そのほうがいいのかもしれない。34667号は炎を見つめ、思う。今死んだ彼らは、この工場における永遠のループから、抜け出せたのだから。

ただし、その命を代償としてだが。


「うっ!」


背後から、監督官と班長が瓦礫の山を乗り越える音が聞こえた。


「34667号、ゴホッ、他の生存者は!?」

『……いま、せん』


苦しげに答える彼に、クロリアは同情を滲ませた、しかし確固たる口調で答える。


「分かった。お前もこっちに来い。もう、生き残りは私達だけのようだ」

『――、はい』


彼は振り返り、ドアを邪魔する瓦礫を乗り越えた。途中、仲間のドロイドのもげた首を踏みつけたが、それについて考える余裕はなかった。


「――第17セクションから中央司令部、第17セクションから中央司令部へ! 聞こえるか?」

監督官が、壁の非常制御盤に叫んでいる。

『――ザザ……こちら、司令部! こっちも非常警報が出て混乱してる。いったい何が起こったんだ!?』


クロリアは一瞬、背後の二体を振り返ると、マイクに告げた。


「爆発事故だ」

『何だって?』

「爆発だ! 原因は不明、被害甚大! 大至急、消火チームと救護チームをこっちに向かわせろ!」

『……わ、分かった!』


監督官は、壁のコンソールに拳を叩きつけた。


「クソッ! なんてことだ、レギーラ社が始まって以来の大惨事だ!」


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