第5話 崩壊の夢と、一つのクエスチョン

34667号は、夢の中で目を覚ました。

無限の空間は、いた。あたかも、神話の一場面のように。

虚空の彼方から夢を激震させる波動が、派手に火花を飛ばしていた。世界は小刻みに振動し、辺りの輪郭が二重にブレて見える。

34667号の周囲では、蒼い業火が燃え盛っていた。

自己保全プログラムを作動させようとしたが、出来なかった。否、そもそもボディの制御すら――できない?

虚無世界の果てが、迫ってくる。しゃがんだ姿勢のまま、彼はそれを見つめるしかなかった。そして目に見えぬ金縛りに抗っていた時、不意に気付いた――

『今』見ているのは、私自身の――。

燃える、燃える、燃え盛る。

金属の甲高い悲鳴が聞こえた。

周囲の炎の内より、揺らめく文字が浮かび上がる。それと同時に、とある声が聞こえた。無機質にひたすら繰り返されるその声は、彼自身のものだった。


『私の機能停止日まで、あと29日。私の機能停止日まで、あと29日。私の機能停止日まで、あと29日――』


『やめてくれ』

小さく呟く。


――そして、悪夢から目覚めた。


□ □ □ □


□ □ □ □


『お前、浮かない顔だな?』


ある日の仕事の最中、レーンの反対側のドロイドがそう尋ねてきた。


『……我々ドロイドに、表情は無いと思うが?』急な指摘に対し、34667号は反射的にはぐらかそうとする。

『馬鹿。要は雰囲気が、って話だ――』

「オイそこ、作業中の私語は慎め」


巡回しているクロリア監督官が注意を飛ばし、彼らは首部関節をすくめて仕事に戻った。

新しい隔離セクションに配属されて、かれこれ数日が過ぎた。最初の内は目新しく感じた隔離セクションの風景も、いったん見慣れてしまえば無機質な隔壁の連続に過ぎない。そう考えると途端に何もかも味気なく思えてくるが、そもそも機械である彼ら自身こそ最も無機質な存在なのだ。

なんだか、やるせない気になる。

それと同時に、もう一つの問題が彼の頭を占めていた。

言わずもがな、『機能停止日』のことである。

自分が〝死ぬ〟ことに対して、恐怖はなかった。そもそもドロイドは、恐怖を感じるようにはプログラムされていない。

だが何とも名状しがたい漠然とした感覚が、彼の心のどこかに影を落としていた。それが最近連続して見る悪夢によるものか、はたまた先日〝ショーティ〟の漏らした呟きによるものなのかは分からない。

だが確実に、とある別の原因も存在した。


今の自分の状況には、があった。


なんだか遠い昔に、似たような思いを抱いたことがあるような気がするのだった。

むろん彼はこの数日中、何度も自分のメモリーをさらってみた。ドロイドは決して〝物忘れ〟などを犯さない。その、はずだった。

だが自身のメモリー・データを漁ってみても――そのデータはほぼ十年分に達していたが――、そのような記憶は残っていなかった。否、『』は残っていなかった、と言うべきであろうか?

何か、大昔に何かがあったはずなのに……、思い出せない。

そんな悶々とした思いを抱えて、彼は今日も仕事に身をやつすのだった。


□ □ □ □


終業のベルの音と共に、作業レーンが停止した。

毎日繰り返される、一日の仕事の終わりだ。

彼ら作業ドロイドは列になって、セクションから退出する。

そして、角を曲がる。


『ヤァ! 34667号!』


――そしてその先には、例の11385号ショーティが待っていた。


『ハハッ、いつものドロイドか』『おい34667号、可愛いドロイドからお呼び出しだぞ?』『このドロイド、ちょっと変わってるよな? 34667号みたいな堅物と友達だなんてよ』

『おいお前ら……、私をイジるな?』34667号本人は、同僚から口々に飛ばされる野次をあしらいつつ、仲間の列から外れた。

『やぁ、ショーティ。毎日待っててくれるとは、意外だったな』

『何で? キミと話していルと楽しいシ、それだけで十分な理由にナラない?』

『まぁ、私としては文句は無いけれども』

34667号は仲間を振り返った。『先に言っててくれ。私は後から行く』

『はいはい、じゃお二人とも仲良くな』『あぁ、俺もあんな風に話せるドロイド友達が欲しい……』『奇妙な組み合わせだとは思うけど、まぁ仲の良い分には構わないか』


色々な内容をボヤきつつ、同僚たちはその場を去って行く。ショーティが、34667号の顔を見上げるようにして尋ねた。


『どうシたの? 34667号、大丈夫? 今日は特ニ疲れたりシタ?』

『いや。何と言うか……、こうして毎日お前と顔を合わせるようになっているのが、少々こそばゆくてな』

『……エッとつまり、どゆコト?』

『言うなら、嬉しいってことだよ』


34667号はここ数日、ショーティと共に消灯前の時間を過ごすのが日常となっていた。最初の内ショーティは隔離セクションの前まで来ていたのだが、クロリア監督官に何度も追い返されたためか、今ではこうして帰り道で待ち構えるようになっている。

そうして、ドロイド友達二人だけの時間を過ごすのが、最近のささやかな楽しみだった。


『少し、歩くか?』34667号は、そう声をかけた。

『ウん、もちロん!』ショーティが答えた。

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