第6話 二体と二人

消灯前の一時間、その工場にはゆったりとした時間が流れる。

一日を終えたドロイドや人間の監督官が、仕事をやり切った満足感を背負いつつ通路を行き交っている。中には難しい顔で、補佐官のドロイドと打ち合わせをしながら歩く士官もいたが、大多数の人員・ドロイドはくつろいだ雰囲気を漂わせていた。

そしてその小さな雑踏の中を、34667号とショーティは歩いていた。


『――だカら僕、相手にこう言っテやったんダ。“僕が馬鹿だって言うノなら、同型ドロイドの君も馬鹿ダってこトになる” ってネ!』

『ハハ、確かに上手い返しだな』

『でシょ!』


互いのセクションで起こった出来事をただ駄弁り合うだけの、他愛ない会話。だがそんな時間が、彼らにとっては何よりも楽しかった。

日々ショーティと話すうち、彼の向こうでの立ち位置も明らかになってきた。

曰く、彼は向こうでは日陰者らしい。喋り方が変なせいで皆から遠ざけられ、たまには嫌がらせさえも受けるという。まぁ本人の言葉が全て正しいなら、だが。


『皆とは険悪なのか?』

『仕方のナいことだって、僕自身ハ割り切っテる。だっテ僕たちみんな同じボディ、同じ声、同じ機能なンだもの。一体だけ違ってル僕が、皆から白い目で見ラれるのハ、彼らだけの責任じゃないヨ』

『卑屈だな』

『それハ言い様かな。とハいえ、初めテ君と出会ったときニは頭に血ガ上って素が出ちゃッたんだケドね?』

『そうなのか? 私はむしろ、口数の少ないお前の方が想像できないがな?』

『ドロイドみんな、それぞレの生き方があるノさ』


そんなことを駄弁りながら、歩いていた時だった。


「――あら、珍しい組み合わせね?」


女性の声に、彼らは二体とも振り返った。


『……ドクター・ハロディン。お久しぶりです』34667号が、言った。


ドクターは作業着姿のまま、こちらを見つめていた。そして傍にいた少年に何事かささやき、その少年を立ち去らせると、笑顔を浮かべつつ彼らに歩み寄った。


「――な~んか奇妙な二人組ドロイドだと思ったら、あなたもしかして34667号? この前、私のところに来た子よね?」

『まぁ……、えぇ、そうです』


彼らドロイドはみな全機種、背と肩とに認識番号が印刷されている。だからこそ、一目で識別できるのだった。


『ドクター、さっきノ少年は一体何者なンですか?』


ショーティが、妙に警戒したような口調で尋ねた。


「え、あの子? うちの技能研修生で、ネヴィっていうのよ」

『不思議でスね。あんなニ若い人が、この工場に配属さレるなんていウのは……?』

「ん、まぁこの国も、最近ちょっと大変な感じらしいしね……」

『?』

「――っ、何でもないわ」


最後の方はちょっと強引に誤魔化しつつ、ドクターは改めて二体を見つめた。


「それにしても、やっぱり珍妙な組み合わせだわね。重量級の溶接ドロイドと、棒みたいな繊細作業担当ドロイドのコンビなんてね。わたしもこの工場に勤めて長いけど、あなた達みたいな組み合わせは初めて見るわ」

『実は、ちょっと色々ありまして』


彼らは空中通路を歩きながら、そんな会話をしていた。眼下の暗くなった工場区画には、清掃ドロイドや警備ドロイドがうろついているのが見える。彼らのセンサー・ランプが、影に沈んだ区画内で不気味に光っていた。


「で、34667号? 腕の調子はどう?」

ドクターが聞いた。おそらく、自分の手術の結果を気にしているのだろう。


『おかげさまで、バッチリですよ』そう答え、34667号は電源を落とした状態で、左手のプラズマ・カッター・エミッターをガチャンと展開した。

『まさに、新品同然です』

「それは良かったわ」


彼女はそうとだけ言うと、妙に物悲しい表情で首を振った。


「最近わたし、修理の仕事があんまりないのよね〜」

『良いことジャないでスか?』ショーティが口を挟んだ。『工場内での、ドロイドの怪我が少ないってことですから』

「それは嬉しいんだけどね……」ドクターは呟く。「私は、あなた達ドロイドが大好きよ。だけど皮肉にも、あなた達ドロイドが怪我故障してくれない限り、仕事が来ないのよ」

『ジレンマ、ですね』34667号は相槌を打った。『その気持ち、何となくですが解ります』

「えぇ。だから何と言うか……、いっそどこかの区画で大事故でも起きちゃえ、と思ってみたり?」

『冗談デすヨね?』

「冗談です!」


ドクターは茶目っぽく笑うと、ショーティの片目を小突いた。

「あなたのその目、壊れてるわね。どう、私が直してあげよっか?」

『ア、結構でス』


即答で断られたドクター、心なしかシュンとした表情になった。

やはりこの人物は、感情の起伏が大きいようだ。思うにつけて不思議な女性だと、34667号は思う。


「――ほぉ」


不意に、通路の角を曲がった先から人影が現れた。


「君たちが知り合いとは、知らなかったな!」


クロリア監督官だった。


「――クロリア監督官、久しぶりですね!」

真っ先に声を上げたのは、ドクター・ハロディン。その声が心なしか嬉しそうに弾んで聞こえたのは、気のせいだろうか?

「あら? 彼らはあなたの管轄区画のドロイドでしたっけ?」

「あぁ、二体ともその通りだよ」クロリアはチラッと、二体に目を向けた。「やはり浮いている者同士、自然と結びつくのかな?」

『何カ失礼じゃありマせん、監督官!?』


ショーティが噛みつくように言う。


「大丈夫よ、11385号」ハロディンが、ショーティの頭を撫でながら答えた。「実のところ、彼も同僚の間じゃ浮いてるもの」

「ハハ、一本取られたな」


監督官はチラリと腕時計に目をやり、ドロイド二体に告げた。


「お前たち、ちょっと遠くの区画まで来たようだな。士官用の居住区はすぐそこだから私は良いが、お前たちはちょっと急がないと消灯時間までに充電室に戻れんぞ」

「「……はい」」


二体はピッタリ同時に答え、次の瞬間、お互いを見つめ合って笑った。


「ではお二人とも、お休みなさい」「……おやスみなサい」

「意外だな。ドロイドたちにそう言ってもらえるとは」


ハロディンが自然な動きで、クロリアの腕を取った。


「その分、ドロイドたちに懐かれてるってことでしょう?」

「さぁ、どうだろうな」


クロリア監督官とドクター・ハロディンは、そんな会話を交わしながら通路の先に消えていった。その会話はとても親しげで、ただの士官と技師の会話だとは到底思えなかった。


「……一体あノ二人って、どうイう関係なンだろウ?」二人の背を見送りながら、ショーティがボソッと呟いた。

「確かに、何とも形容しがたいな……。強いて言うなら“非常に親しい関係にある”とかだろうか?」

「釈然とシないけど、まぁソんな感じカなァ?」


二体はそんな言葉を交わし合った。彼らの思考中枢回路には、『交際している』というボキャブラリーが無かったからだった。


『じァ、また明日ニ!』

『あぁ、また明日』


いつものやり取りを交わすと、彼ら二体も別れた。


□ □ □ □


施設内に消灯時間が近づいていることを知らせる放送が響き、照明の半数が白色から点滅するオレンジに変わった。もう通路には誰もいない。先ほどまでの喧騒が噓のように、区画全体がガランとしていた。

照明で奇妙に彩られた通路を小走りで進みつつ、34667号にはふと、その光景があの夢の景色と重なって見えた。

あの、燃え上がる夢の炎と。







『私の機能停止日まで、あと14日』











*執筆中にデータが途中からぶっ飛んで、慌てて書き足したので、文章の接続がおかしい点があるかもしれませんがご了承ください~。

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