第三幕:白面の亡霊②

「ど、どうしたのだ?」

 予定にない停車に身構える絶だが、外から怪しい気配はないので天晴と律は特に動じていない。少しして、最初に交渉をした行商が幌(ほろ)をめくり、顔を覗かせる。

「旦那。申し訳ございませんが、引き返させていただきます」

「何か不足な事態か?」

 少し青ざめた行商人の顔には、緊張の色が見える。

「戦でございますよ。それで、向かっていた村がなくなったそうなんです」

「なくなった?」

「へい。いきなり泰虎様の兵が押し寄せ、見境なく襲い、焼き払ったのだとか」

 言いながら「恐ろしい恐ろしい」と手を合わせて震える。

「なぜそなたに、そんなことが分かるのだ?」

 何もない場所に停車した行商人に絶は疑問を投げかけるも、彼は外を指さして「今しがた、その村の娘が教えてくれたんです」と答える。

 天晴と絶が顔を出して外を見ると、そこには、すぼらしい格好で痩せた体の女が背中に籠を背負って立っている。まだ少女の面影の残る容姿で、頭には姉さん被りで手拭いを巻いている。

「村が焼かれたとは誠のことか?」

「は、はい。もうあの村には誰も住んでいません。ですので、引き返された方がよろしいかと」

 天晴の姿に恐縮してペコペコと頭を下げながら娘は説明する。

「うむ。どうする? あえて危険な道を通ることもなし、迂回路を進むか?」

「だがそれだけ時間が、かかってしまう」

 危険は冒したくないが、圷砦に早く到着して母親達の救出の手を借りたい。

 悩ましいと頭を抱える絶に、黙っていた律も口を挟む。

「俺も天晴殿の意見に賛成です」

 意外だ、と天晴は口笛を吹いて茶化すも、それには顔を顰めるのみ。

「雪様や郷の者を救出するには秀嗣殿の協力が不可欠。なので、いち早く圷砦に着きたい所ではあります。しかし、最も重要なことは絶様の身の安全と殺生石です」

 律の言葉もあり、絶は一層頭を悩ませ唸っていると、娘が「あの~」と声をかけてくる。

「もしかして、天狐族の方ですか?」

「いかにもその通り。なぜじゃ?」

「いえ、お名前が。で、あるのなら、なおさら引き返された方がいいです」

 少し強めに言う娘に、絶は首を傾げる。

「泰虎様の兵は私達の村だけでなく近隣も同様に襲っているようなのですが、その理由の一つが『天狐狩り』と聞いています」

「天狐狩り?」

 弾かれたように律が繰り返したので、娘がその勢いに驚きおののく。

「は、はい。郷を離れて暮らす天狐を捕まえているのだとか」

「そのために、関係ない者達も襲い、村を焼いたと言うのか?」

 声を震わせ、顔を赤くする絶は、怒りで顔を歪める。

「そのような愚行を泰虎兄様は……泰虎は許したのか……」

 その声は誰に言うでもなく独り言のように小さく口からにじみ出る。

「あ、あの……ですから、天狐の方々でしたら、この先は本当に危ないと言うか、ヤバいと言うか……」

 絶の怒りがよく分からない娘は様子を窺いながら進言するが、途中で絶に遮られる。

「いや、わしはこのまま進むぞ」

「絶様! 何を?」

「律よ。皆まで言うでない。危険は百も承知。しかし、この愚かな戦を一日でも早く止めなければならん。そしてそのためには、やはり叔父上と合流しなくては」

 絶の言葉には確固とした信念が感じられる。それを覆すことはできないだろうと、天晴だけでなく律も悟る。

「え、私の話、聞いてました? 本当にこのまま進まれるのですか?」

「すまぬな。わしらにも事情があるのだ」

「えー……分かりました。ここで会ったのも何かの縁です。村で生き残った人達の集まるお寺があります。そこなら幾分、焼かれた村へ行くより安全ですので、付いてきてください」

「そなた、助けてくれるのか?」

「だって、このまま見送って、襲われたと分かったら、夢見が悪いじゃないですか!」

 娘の好意に甘え、三人は馬車を降りて行商と別れる。

 引き返す馬車を見送ると、娘が「はぁ」と軽いため息を吐いた。

「それでは案内しますけど、なかなかの山道を歩きますので覚悟してくださいね。おサムライ様や雲水の方はともかく、あなたは大丈夫ですか?」

 体格のいい天晴と律、そして絶に視線を向ける。

「問題ない。こう見えても、郷では山を駆けまわっておったからな……それから、わしは絶だ。そなた、名は何と申す?」

 絶に問われて、娘は名乗っていないことに気付いたようでペコリと頭を下げる。

「そう言えば、そうでした。私は、村で薬師をしておりました、錬(れん)と申します」

「錬?」

 「はい」と頭に被った手ぬぐいを取るそこには、二つの房にまとめた白銀の長髪、そして頭には三角の耳があった。



   二



 錬の先導で茂みに覆われた獣道を進む。

「まさか、このような所で同族に会えるとはな」

 律の声に、錬は軽く笑いながら「私もです」と答える。

「亜人と人間の融和政策を利用して、郷を出たんです。私は妖力が少ないため、せめて知識を付けようと、あの村の薬師に弟子入りしたのです」

 「まだ見習いの域ではございますが」と恥ずかしそうに頭を掻く。

 道中は、村が襲撃された時のことは聞く。

 と言っても、錬と師の家は村の端にあったため、気付いた頃には村は手遅れ。息を殺して、隠れていたとのこと。兵が去った後で様子を見に行くと、そこは酷い有様だった。

 生き残った者で、怪我人を山間の寺へと運びこんだそうだ。幸い、錬は村人とも良好な関係を結んでいたこと、寺の住職が人格者だったことで、泰虎の兵から匿ってもらえている。

 彼女曰く、隠れたり気配を消すことを得意としているため、こっそり寺を抜けては、必要な物資や薬草の確保をしている。今日もその途中で馬車を見かけたので、声をかけたのだとか。

 獣道をしばらく歩いた先に、寺へと続く階段が現れる。

 そこを上り、門を潜ると、さほど大きくはない寺が姿を現した。それでも普通の家よりは広く、鐘楼、庭もある。

 意外と行き来する人は多く、老若男女問わずいるが、一様に怪我をして体のどこかに治療の形跡がある。動き回れる者もいれば、四肢が欠損したり、動けない者まで。恐らくは助けられた村人だろう。

 中でも目に付くのは、酷くやつれて何をするわけでもなく、怯えた目で震え小さくなっている者達だ。

「あの者達は?」

 天晴が訊ねると、錬は誰のことを指すのか察したように顔を曇らせる。

「私と師匠は隠れていたので知らないのですが、彼らは襲撃時に『あれ』を見た、と」

「『あれ?』」

「白い面をつけ、白無垢姿の一団だとか」

「何だ、その場違いな者達は?」

 とても戦場には似合わない姿を想像して思わず天晴は笑い出しそうになるが、錬の暗い表を見れば冗談ではないようす。咳払いをして誤魔化す。

「青幻のような術を使う者の仕業かもしれぬな。しかし、まさしく面妖な姿じゃ」

 絶も小首を傾げながら考えを口にするが、律は険しい顔をするだけで何も言わない。

「その、白面の集団を見て、あれほど怯えていると? 何をしたんだ?」

「人を食らうのですよ……」

 天晴の声が聞こえたのだろう、壁に背を預けて自らの体を抱きしめ震えて蹲る男が虚ろな目を向けて話す。

「いつもと同じように、畑仕事をしていた時でした……いきなり村の家が燃え始めた」

 当時のことを思い出したのだろう、男の震えが大きくなった。

「泰虎の兵が攻めてきた、と?」

「違う! いや、そうです。突然現れたサムライが手当たり次第に襲い掛かってきました。でも、それだけじゃなかった。あれは……あっという間の出来事だった。何が何だか……。いきなり、業火に包まれて……」

「白面の集団か?」

「恐ろしい。白面を付けた白無垢の亡霊じゃ」

 それ以上は、声の震えが激しく何を言っているのかが分からなかった。何とか分かったことは、その白面の者達が人間離れした動き、力で村人に襲い掛かった。それは疾風のごとくあっという間の出来事で、白い靄が濁流のように押し寄せてきたかと思ったという。

「女も、子供も、関係ない。皆殺しじゃ……。皆を殺して、食っておった」

 男は堪らず地面に吐き戻し、地面に伏せて子供のようにむせび泣いている。

 大の男がこれほどになる程の恐怖だったのだ。

「白面の亡霊」

 烏夜衆とは別に、恐ろしい敵がいるのかもしれない。思わず天晴は独り言ちる。

 絶は空気に飲まれて顔を引きつらせ、律も白い顔を一層白くする。

「錬殿。また外に出ていたのですか? 危険だからダメと言っていたでしょうに」

 泣き止まない男の背を摩る錬に、壮年の僧侶が近づく。彼はこの寺の住職で、もとはここに一人で暮らしているという。目尻の下がった柔和な顔つきだ。

「薬師殿が探しておりましたよ」

 薬師とは錬の師のこと。それを聞いて、彼女は慌てて「後で顔を出します」と答える。すると、僧侶の視線が天晴らに向く。

「こちらの方々は?」

 警戒心を露にしながら、天晴、絶、律をそれぞれ見つめる。錬は間に立つと、これまでの経緯や絶と律が天狐族であること、圷峠へ向かっていることを軽く説明する。

 僧侶は黙って話を聞き、天狐族と分かった辺りからは警戒心が消えた。

「秀嗣様の治める圷砦へ」

 僧侶はそこで言葉を切り、律、そして絶を見てから続ける。

「それは賢明な判断です。あそこは篁で一番安全な場所。おまけに秀嗣様は名君であらせられるから、砦に住む者達も豊かだと聞きます」

 どうやら秀嗣の評判はかなり良いようで、例え泰虎派との戦地となっても圷砦へと逃げようとする者は多いらしい。ここにいる者達も、怪我が癒え、動けるようになった者達も双木か圷砦に避難するのだそう。

「天狐の方々でしたら、道中大変でしたでしょう。嫌な世の中になりました」

「天狐狩り……か」

 絶の言葉に僧侶は重々しく頷く。

「なぜ天狐族を?」

「さぁ、拙僧も噂で聞いただけなので」

「連れ去られた妖狐は、どうなるのだ?」

 不安げに眉を顰める絶だが、僧侶は「分からない」と首を振る。

「しかし、ご安心を。ここは大丈夫。どれほど酷い仕打ちを受けようとも、篁の民は五百旗家の忠臣。我が身可愛さに、あんな外道共に手を貸す者はここにはいません。特に子供を犠牲にはできません」

 僧侶は安心させるように、絶に笑みを見せる。

「今日はここに泊まっていくといい。大したもてなしはできませんが、子供に長旅は堪えるでしょうからね」

 そう言い残すと、僧侶は怪我をした者達に薬を配りに去っていく。

「どうするかの。その襲われた村も見てみたいが……」

「あまり見ても良いものではないですが、見たいと言うなら、明日の朝にでも案内しますよ」

 錬の申し出に、絶は素直に頷く。泰虎の悪行をこの目で確認しなければ、それが自分の役割だ。ただ、そんな事より、気になったことがあった。

「なあ。あの住職が申しておった子供って、わしのことか? やけに、わしのことを見て言っておるように思えたのだが」

「お前以外におらんだろ。童」

「わ、わしは子供ではない! ちょっと行って、訂正してくる」

「そういうムキになる所が、幼いと言われるんだ」

「わしは十六じゃ!」

「はいはい。十六、十六。大人大人」

 「馬鹿にしておるだろ!」と顔を赤くして怒る絶に、天晴は煽るように笑う。錬はその様子に耐え切れず笑っており、律は二人とも子供だ、と呆れながら首を振る。

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