第三幕:白面の亡霊③


☆   ★   ☆


 翌朝。天晴達は炊き出しのお粥を食べて、惨劇となった村へと向かう。

 粥にはほとんど中身がなく、薄っすら塩味のある白湯に近い。しかし、物資の乏しい現状では、それが日常なのだと錬が教えてくれたので、絶は何も言わずに食べた。天晴に関しては「うまいうまい」と豪快に笑い、避難してきた者達と談笑しながら食べていた。どこに行っても、すぐに打ち解けられる性格なのだ。

「良いのか? そなた、住職や薬師の師匠に黙って来たであろう」

 道案内をする錬の隣で絶が問いかけると、軽く笑って返す。

「大丈夫ですよ。水汲みにも行こうと思ってましたし。それにお師匠に言ったら、危険だからと止められるので」

「実際、天狐族は狙われておるのだろ? 見つかったら一大事じゃ」

「仮に見つかっても私、逃げ足は速いですから」

 カラカラ笑う錬は「それに」と続ける。

「妖力が少ないせいで狐火は使えないのですが、雑魚なので気配を消すことには長けているんです。これがなかなか見つからないんですよ」

 確かに、寺にいる時にその特技を見せてもらったが、天晴ですら背後を取られる程だった。もし暗殺者だったらと思うと恐ろしいが、敵意も殺意もないから為せる技でもあるため、戦闘面では一切役立たないのだとか。

「妖狐は人間よりも『術』を得意とする種族。だから、妖力が低くても、他の分野で力を発揮する者も多いんだ。俺も妖力がない代わりに、法術を扱える」

 錬の気配を消す特技も、無意識に何らかの術を使っていると考えられる。律の説明に、錬と絶は「ほぉ~」と納得した。


 惨劇となった村は、寺のある山を下りてすぐの場所にあった。未だに鼻を突く焦げた臭いが漂っている。

 村に近づくにつれ、元気に話していた錬の口数も少なくなり、表情も曇る。本当は来たくないのだろう。

 目前に広がる異様な光景は、三人から言葉を奪う。

 曇天の空、無残に破壊され焼け落ちた建物、転がり放置される死体に群がる烏。

 まるで地獄だ。

 あまりの光景に膝から崩れ落ちそうになる絶を、律は隣で支えながら周囲を警戒。忙しなく耳を動かし、気配を探っている。人の気配はないが、邪気のような重たい気配が残り香のように漂っている。居心地が悪そうに何度も身を震わせる。

 さすがの天晴も表情を険しくし、口元を固く結ぶ。

 まだ残っている村人の死体を見ると違和感がある。刀傷もあるが、なかにはまるで獣にでも襲われたような者も。おまけに、建物の崩れようを見る限り、戦と言うよりも災害に近いように思える。

 脳裏には寺で聞いた『白面の亡霊』が思い出される。

 戦に関係のない無辜の者達が無慈悲に殺された。吐き気を覚える光景である。

 知らず知らずに天晴の拳が音を立てて強く握られる。ふつふつと心の中で静かに煮え滾る感情は、逆に彼を冷静にする。

「このような、このようなことを誠に泰虎はやっているのか……?」

 地獄のような村を歩く絶は、魂が抜かれたような、いつもの張りをまったく感じさせない細い声を出した。

「どうして、こんなことになってしまったのだ……。これが人のする事か?」

 延々と続く死者と煤の道に、絶は思わずえずく。両手で口元を抑えながら、何かに助けを求めるように視線を泳がせる。

「絶様。これ以上は。引き返した方がよろしいかと」

 律が堪らず提案した。ショックに立ち直れない絶を見ていられずのことだ。

 しかし、絶は夢遊病のように歩き続ける。

「心のどこかでは、泰虎を信じておった……烏夜衆にそそのかされただけで、本当は家族や民を愛しておると。だがこれは……これはならぬ。外道ではないか!」

 ついに膝から崩れ落ちた。

「篁を灰塵としても家督が欲しいのか! そんなものに何の意味があると言うのだ……。もうダメじゃ。わらわの家族はどこじゃ? 父上や兄上たちは? ……母上はご無事なのか。苦しくて耐えられぬ」

「絶様。お気を確かに」

「うるさい!」

 ついに絶の中に溜めこんでいた感情が決壊した。目を見開き、大粒の涙を流しながら、やや尖った犬歯を剥いて喚いた。

「なぜ正代兄様はまだ帰ってこないのだ! なぜ泰虎はこんなことをする。烏夜衆さえ現れねば、こんな事には。どうして……どうして、わらわがこんな目に合うのじゃ」

 拳を何度も地面に叩きつけるが、絶の感情は収まらない。

「頭の中が、もうメチャクチャじゃ……」

 頭を抱えて崩れ落ちる絶の背中はあまりにも小さく弱弱しい。

 何と声をかけたらいいかと、思案する天晴と律を余所に、錬が側に駆け寄り肩を抱いた。

「大丈夫ですよ。大丈夫です。お母様やお兄様はきっと無事ですからね」

 事情などさっぱり分かっていないだろうが、親が子を落ち着かせるように優しく言い聞かせる。そして持っていた水筒を取り出すと「落ち着くから」と絶に渡す。

 絶は錬に抱きつき泣き続けながらも、水筒を受け取り、中身に口を付ける。


 絶が落ち着くまでの間、天晴と律は少し離れて見守った。

 どれほどの強敵が現れようと戸惑うことはない自負するが、泣いた子供の対応にここまで何もできなくなるとは……。岩に腰を掛ける天晴は、煙管をくゆらせながら自嘲する。

「さて、これからどうするかね」

 近くで腕を組む律に話しかけると、彼は重い口を開く。

「いち早く圷砦へ行く。それは変わらない」

「そうだな」

「絶様もいろいろと限界なんだ」

「無理をしているのは分かってる」

「お前にはいろいろと救われている」

「特に何もしてないけどな」

「いや、絶様はお前を信頼している……だからこそ、お前が何を考えているのかハッキリさせたい」

 鋭い目を一層細め、言葉もきつくなる。だが、天晴の態度は変わらない。

「詮索はしない約束だろ?」

「お前の素性はな。だが、お前がなぜここまでするかを知りたい」

「童に助けを求められれば、助けないわけにはいかんだろ?」

「そんな冗談を聞きたいわけじゃない。自分や家族への危険を顧みずに助ける理由は?」

 それは問いかけと言うよりも詰問に近い。

 気の利いた冗談を言っても許してくれそうにない。

 天晴はプカーと紫煙を吐き出すと、煙管の灰を叩き落とす。

「そんなにおかしなことか? 大人が子供を守ろうとするのは、人の道ではないか? 当たり前のこともできない立場や名前なら、そんな物に守る価値などない」

 いつもの飄々とした天晴の口調ではない。

「一度失った経験をするとな、そう考えたくなるんだ」

「しかし……それだけの理由で命を捨てられる奴は、ただのバカ者だ」

 天晴の重たい言葉に、律は自分の内心をうやむやにするように吐き捨てる。

「こんな世の中、バカぐらいで丁度いい」

 いつもの調子で歯を見せて笑う天晴に、律はそれ以上何も言わなかった。

 錬が絶を連れてきたからだ。

「先ほどは取り乱してすまなんだ。だが、もう大丈夫じゃ」

「おお、だいぶ目を赤く腫らしてるな」

「ちょっと、天晴さん。無関心ですよ!」

 絶の顔を見て早々にからかう天晴へ錬が窘める。絶も顔を顰めて「黙れ、天晴」と、調子は元に戻っているようだ。

「それでは出発するとしよう」

「絶様、もう少し休まれても……」

 律の申し出に、絶は首を振る。

「この惨状を見て、わしの泰虎への想いは切れた。先を急ぐぞ」

「それでしたら、村から出られるよりも、寺に向かう途中にある山の道を通られた方が安全だと思いますよ。途中までご一緒します」

 土地勘があり、この辺りを歩き回っている錬の提案を断る理由もない。寺へ戻る道へと四人は引き返す。

「あ、あと。さっきからすごく気になっていたのですが……」

 おずおずと錬は聞いてくる。

「絶さん達って何者なんですか?」

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