第二幕:守護縛鎖の拳⑦

 男は両手で印を組み、地面に拳を叩きつけた。

「『封殺縛鎖』」

 すると異形武者の足元一帯がぼんやりと輝き、地面から四本の鎖が飛び出す。

 完全に動きを封じた隙に間合いを詰めると、鉄甲による強烈な一撃が胴を貫いた。

 やはり、洗練された動きだ。

 天晴も見惚れている場合ではない。

「やはり本体を見つけんことにはキリがない」

 片方の口元を上げて笑む天晴は、背後に迫っていた異形武者の一撃を身を捻って躱す。そのまま振り返りざまに鞘が首を打ち据えた。

 武者の体が一瞬浮かび、そして落ちた。同時に、カエルの潰れたような声が。

 それは絶と共に身を小さくしていた女中だった。首を抑えて咳き込んでいる。

「おお、やはり近く、というか、これほど近くにいたのか。だが、まさか女だったとは」

 涙を流して噎せる女中に絶は驚いて近づこうとするも、天晴の言葉に慌てて下がる。

「グエ……、おの、れ。オェ。小癪なマネを」

「呪詛返しなど、使う時があるのかと思ってたが。備えあればという奴だな」

 カラカラ笑いながら天晴は無明の鞘を撫でる。

 鞘の内部には呪詛返しの『滅殺の呪符』が貼り付けてある。と聞いている。分解しなければ見られない所に貼ってあるため、実際見たことはい。彼も無明を受け取った際に、説明を受けただけだ。しかし、大して強い呪符ではない。術者が近くにおり、なおかつ式神と強く感覚共有している、そして相手が何の対策をしていなかった場合のみ、式神へのダメージの幾分かが術者に返るらしい。

 説明を受けた当時は、使えぬ仕掛けを加えたものだと笑っていたが、その刀鍛冶は言った「それがロマンだ」と。なるほど、これがロマンか。

「しかし、女子(おなご)は斬りたくないなぁ」

 困ったように顎を掻く天晴に、女中・青幻は怒りをあらわにする。

「吾(われ)を見つけたからと調子に乗るなよ。サムライが。そんな弱い呪詛返しなど、いくらでも無効にできる」

 まだ少し涙目の青幻はそう言うと、宙に大量の人型の紙を投げ捨てる。それはヒラヒラと舞い、そして青白い炎を上げながら形を成した。

「大人しく手を引いていれば良いものを。まぁ、手を引いたとしても、ここまで愚弄されては生かしておくことはないけどな!」

 ブツブツと青幻が呪文を唱えると、先ほどの武者三体に異形の式神たちが合わさり、空間が凝縮し、新手が登場する。

「『無頼千手金剛(ぶらいせんじゅこんごう)』」

 金色の甲冑に大量の腕を持った式神は、明らかにこれまでのモノとは異質な雰囲気を放っている。前に立つだけで圧し潰されるような。青幻の表情を見る限り、これが彼女のとっておきと考えていいだろう。

「お前のような生意気で無礼や輩に使うのは勿体ないが。死してあの世で後悔せよ。つまらぬ正義感と好奇心で強者に牙を剥いてしまったことをな。そして自慢するがいい。吾の最強の式に相手をしてもらえたことを」

「その女女(めめ)がこの騒ぎの元凶か? 良い度胸をしておる」

 その声はい、つの間にか天晴の隣に立っていた皇羽だった。

「この私に喧嘩を売りたいと見える。私のサムライに怪我を負わせ、あまつさえ……天晴を殺すとな? このバカで愚かで、可愛い私の弟を?」

 髪飾りを外して後ろで雑に結ぶ皇羽は両手を挙げる。そして、片方の口元を吊り上げ、不敵に笑う。

「ならば、助太刀せねばなるまいて」

 その途端、激しい羽音と共に皇羽の袖から大量の蜂が噴きあがった。

 地牙蜂(じがばち)と呼ばれる蟲で、攻撃性が高く、強靭な顎を持つが、何より恐ろしいのは刺した対象を操るマヒ性の毒を持っていること。

「蟲師か?」

 青幻の口から驚きの声が漏れる。

 地牙蜂は飛び回る異形の式神たちへと突進すると鎧の隙間に忍び込み、肉を食らい、頸椎の辺りに針を突き刺す。するとその異形は動きを止め、次には仲間である異形へと襲い掛かっていた。場は一気に混乱する。

「小癪なマネをしてくれる!」

 吐き捨てる青幻の前では地牙蜂を叩き落とす無頼千手金剛。大量の腕が、蜂を近づけさせない上に、放たれる圧が蜂の動きを鈍らせていた。

「誰一人、生かしておくことなどない! 羽虫如きで何ができるか!」

 したり顔で笑みを浮かべる皇羽に、青幻は激昂する。その言葉に呼応するように、金剛が蜂を撃ち落としながら襲い掛かかる。

「んふぅ。久方ぶりの馳走じゃな」

 独特の吐息を漏らしながら呟く皇羽の影が動いたかと思うと、それは長く伸び、金剛を絡め取る。全身を縛り付けて動きを封じると、鎌首をもたげた。

「へ?」

 予想外の展開に青幻の口から間抜けた声が出る。それは鋼鉄の外皮を持つ巨大なムカデ。

 大口を開けたそれは、鋭い顎で金剛を頭に齧り付き、バキバキと食らい始める。

「おい、どこを見ておる」

 いつの間にか青幻の背後に来ていた皇羽。その言葉に振り返った時には、顔に鉄扇が振り下ろされていた。焼けるような痛みに言葉も出ずに青幻は悶絶する。

「大概の蟲なら鉄蟲扇の一撃で昏倒するのじゃが。なるほど頑丈じゃ」

 苦しむ様子を満足げ眺めた皇羽は、さらに馬乗りになる。

「姉上。それは蟲を捕らえる物。人に使ってはならぬと教えられておるでしょう」

 呆れと憐れみを籠った目をしながら天晴が皇羽へ言葉を投げかけた。

「そうじゃな。蟲に使う物じゃ。こやつは、これほどの狼藉を働く愚弄。蟲以下じゃ。どれ。礼儀を知らぬ女女に、少々躾をしてやろう」

 まったく話の通じない姉に、天晴は軽く頭を振る。式神の動きも格段に弱弱しくなっている。

 と、その前に行脚姿の男が立っていた。

「ああ、お前がいたな」

 姉の横暴を目の当たりにして、忘れかけていたが。

「敵ではないんだろうが……味方か?」

 足元から頭の先まで観察する男の目は、敵対とまではいかずとも少なからず棘がある。

「こちらへ頂く」

 絶のことだろうが、こちらとしても易々と渡すわけにもいかない。

「悪いが、俺はこの童に護衛として雇われた身。どこの誰とも分からん奴には渡せん」

 一瞬、男からの殺気が膨れあがり、今にも攻撃に転じてきそうな圧を感じたが、絶の一言で制される。

「そなた、律か? 生きておったのだな」

 絶は男を見て、笑みを漏らす。

「絶様の所在を探るのに手間取り、遅くなってしまいました。誠に申し訳ございません」

 悔恨の念が籠った口調で、網代笠を取って頭を下げる。

「天晴よ。こやつは敵ではない。天狐族の律だ。律よ。この男は天晴。郷が襲われ逃げている時に救ってくれた恩人よ」

 絶の説明に、完全にではないがある程度の警戒心は薄まった。

「これまでの烏夜衆とは別に、絶を探している気配があった。お前だったか」

「これまで絶様の身を守ってもらったことには感謝する。だが、ここから先はこちらで預かる」

「今更か?」

 お互いに言葉こそ軽快だが、その目は未だ鋭い物がある。

「おい、そなたら。味方同士と言うておるだろが。こんな時にいがみ合うでない! 神経が磨り減るわ」

 堪らず絶が声を張り上げた。

 張りつめた空気が和らぐ。そして、知らぬ間に式神は全て消え失せており、騒ぎは収まっていた。視界の端で皇羽が何かを引き摺って運んでいるのが見えたような気がしたが、天晴はそれを確認しようとは思わなかった。

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