第二幕:守護縛鎖の拳⑥

   四


 皇羽の指示により、絶は宿の一階にある客間でお茶と菓子をもらっていた。護衛のサムライは部屋の隅で控えている。

 花の形を模した菓子で、いつもなら両手に掴んで食べている所だが……。

 味がしない。

 陰鬱とした気持ちで胸が詰まり、一口齧ってはみたがすぐに皿へ戻した。

 何とも弱弱しい表情で、儚げな視線の先、手にあるのは露店で買ったつげ櫛だった。

 はぁ~、と何度目かになる大きなため息が漏れる。

 原因は天晴だ。

 本人は浪人だと話していたが、皇羽の話しぶりから、かなり名のある武家出身なのは間違いない。そして、絶との関係がバレた以上、これまでのように旅は続けられない。皇羽が許すはずもない。絶としても気持ちはどうあれ、強くお願いできない。

 お家の問題に他の武家は関われない。もちろん、絶も知っている。

 だから、天晴とは双木で別れることになる。

 しかし、ここまで来れたのは彼のおかげだ。決して長くはない旅路だが、それでも護衛の面だけでなく、精神的にも救われている。かなりの重圧にすり減り疲弊した心には、天晴の不真面目さや泰然自若な様が落ち着いた。

 それに彼と話すと妙に安心する。自分の家が混迷を極め、多くの者が命を落とし、自身も命を狙われている。そんな事情を忘れ、ただ二人で気ままに旅をしている、不謹慎だがそんな錯覚をすることもあった。

 頭では天晴との別れを理解できるが、心が追い付かない。

 どう考えても納得のいく答えには辿り着かず、再度ため息。

「所詮、わらわの味方など、どこにもおらぬわ」

 弱気になっていると、両頬を手ではたく。

「いかんいかん。悩んでおっても仕方あるまい! もう、なるようになれじゃ!」

 鼓舞するように自分に言い聞かせると、皿の菓子をむんずと掴み、口に押し込んだ。そして、ぬるくなったお茶で胃に流し込む。

「ぷはー。あの、すまぬが。お茶のおかわりをいただけるか?」

 絶の頼みにサムライは「御意」と頭を下げると、廊下へ出て女中に指示を出した。

 あまり待たずに襖が開かれ、女中が「お茶のご用意をしました」と頭を下げて入ってくる。

 しかし、二人の視線は女中には向いていない。

「伏せておれ!」

 鋭く言ったサムライは、咄嗟に刀に手をかけると一閃。

 女中の背後に迫っていた影を断ち切る。

 それは昼間に見た亡者。

 女中の悲鳴が宿中に響き渡った。

 廊下に目をやれば、すでに何体もの亡者が陰から形を成している。

「敵襲だ!」

 サムライが叫んだ。


☆  ★  ☆


 天晴が廊下に出ると、すでに大量の異形たちが発生して、手当たり次第に暴れまわっていた。舌打ちをして部屋へと戻り、窓の外を見れば、同じ状況だ。大変な騒ぎとなっている。

 奉公人、宿泊客、通行人関係なく襲われ、逃げ惑う者もいれば、抵抗する者もいる。

 中でも皇羽の連れてきたサムライたちは、素早い動きで式神を両断していく。

なるほど腕の立つ者を傍においている。

「人目も憚らずに襲撃とは、なんと非常識な! ……あ、天晴。すまぬ」

 烏夜衆・青幻に憤る皇羽だが、少し間をおいてから言いにくそうに、左の額を抑える弟に詫びた。飛びつかれた瞬間に、あまりに突然のことに驚き、咄嗟に鉄扇に力を込めてしまった。

「ホント、すまん」

 加減をせずに殴りつけたため、さすがの天晴も痛かった。

「大丈夫です」と手だけで返すと、天晴は周囲を探る。

(絶はどこだ?)

 宿の中か、それとも外に出たか……。

 窓から見渡すと、式神が群がる場所がある。目を凝らせば、絶と女中を守るように若いサムライが戦いながら、避難しているようだった。

 しかし、多勢に無勢。戦況は思わしくない。

 連れて行かれる。そう思った時には、天晴は窓から屋根に飛び移り、弾丸の如き速度で駆けていた。進行を妨げる式神は擦れ違いざまに斬り伏せる。

 瞬く間に距離を詰め、屋根から飛び降り様に鬼神の如き一刀に両断された式神が炎を上げて朽ちる。

「遅いぞ! 天晴」

「阿呆! 助けてやっただけありがたいと思え!」

 目の前で着地する天晴を見て、絶は顔を輝かせつつ口を尖らせる。

「雑魚を倒しても埒があかんな」

 周囲の式神の数は減るどころか、増える一方。

 青幻という陰陽師。これほどの数の式神を生み出して操るには、かなりの胆力が必要だ。ただ、これだけの力を出すには、近くにいるはず。つまり、青幻は最低でも宿内か、表の通りにはいる。部屋にいるのか、それとも逃げ惑う者たちの中に潜んでいるのか……。

 思案していると、近くの何体もの異形の式神が黒い渦となり集合。そこから別の式神が生まれる。燃え上がるような赤い甲冑に身を包む異形武者は、怪しく輝く青い目に、だらしなく開かれる口からは灼熱の息を吐き出す。手には不気味に脈打つ金砕棒が握られている。

 地を踏み込む音はまるで爆音。それはこれまでの式神とは比べ物にならない速度で迫る。

 振られる金砕棒は轟音と共に周囲一帯を薙ぎ払う威力だ。それを天晴は正面から受けとめた。否、背中の絶や女中を守るために受け止めるしかなかった。

 鞘と金砕棒が大気を震わすほどの衝突音を立ててぶつかる。拮抗するかと思われたが、天晴の膂力を持ってしても打ち負け、体が後方へ浮きかける。

 だがダメージはない。息も付かせず別方向からの気配で即座に鞘で防御の構えを取る。

 強い衝撃に思わず態勢を崩した。

 そこには異形武者がもう一体。いや、よく見れば三体。天晴と絶らを囲む形で立っていた。

 一体が振るう金砕棒をサムライが受けようと構える。

「受けるな!」

 天晴が言うもすでに遅い。受け止めた刀ごと、サムライは吹き飛ばされる。上手に受け身を取ったため死ぬことはないだろうが、かなりのダメージを負ったはずだ。だが、心配している暇はない。

「んふぅ」

 思わず口から溜息が漏れる。

 三体の異形武者は連撃の構えを取っていた。捌ききれるか……。

 身構える天晴の前で、異形武者の一体が音を立てて叩き潰れた。

 宙から塊が武者に落ちたのだ。

 その塊はゆっくりと、立ち上がる。

 見覚えがある。と言うよりも、昼間に手合わせしている。雲水姿の天狐族の男だ。握られた鉄甲で武者を叩き潰したのだった。

 対峙する天晴と男は一瞥すると、そのまま擦れ違い、別々の異形武者へと攻撃する。

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