第7話②

 今日は待ちに待ったりゅー君とのデート当日です。私は楽しみでまだ薄暗いうちに目が覚めました。時計を見るとまだ4時30分を指し示していました。二度寝をする気もなかったので私はいつも以上に念入りにおめかしすることにしました。


 本当は普段しないようなメイクもする予定でしたが、昨日は途中で中断させてしまい買いに行くことができませんでした。…後で春花にも謝らないといけませんね。


 ピロリン♪


 出かける準備をしていた私にメッセージアプリの通知が届きました。もしかしたら間違いが起こるかも、と思ってお風呂に入ろうとした直後のことだから飛び跳ねるくらい驚いてしまいました。


 「⁉︎もう。こんな朝早くから誰?…って、りゅー君なの⁉︎」


 私はメッセージの差し出し人を見てドキッとしました。そこに表示されていた名前は、直前まで考えていて今日のデート相手で絶賛片思い中の彼だったからです。私は顔がにやけているのを隠さずにワクワクしながら彼のモーニングコール(ただのメッセージ)を開けました。


 「………えっ?なに、これ?」


 そこに表示されたのは【ごめんなさい。急用が入ってしまって、今日は行けなくなりました。】という謝罪のメッセージでした。何か返信しなくちゃと思ったら私は、混乱する頭で【分かった】と一言だけ送りました。


 それでも約束を守る彼にしては珍しい当日のキャンセルに私の心は大いに乱れました。そして、彼の口から直接事情を聞きたいと思い【今から電話してもいいかな?】とメッセージを送りました。しかし、一向に既読になりません。


 私はどうしても我慢ができなくなり彼の家に向かうことを決意しました。そこにりゅー君がいるという保証はありません。もしかしたら昨日の美人さんと朝帰りになって疲れてる…、のかも。


 私は滲んできた涙を拭ってドアノブに手をかけました。しかし、そのタイミングでトラウマが蘇ってきました。


 『テメェさえいなければ良かったんだ!』


 私に言われたわけじゃないのに耳から離れない言葉。私がりゅー君の後を心配でこっそり追いかけたときにいじめられてボロボロになっていたりゅー君に向けて放たれた一言が、私の胸に重くのしかかってきます。


 それでも私は幻聴を振り払い、外へと飛び出しました。一度動き出した私の足は何年も前に行ったきりになってしまっていた道を迷わず進んで行きました。


 彼の家に向かう途中で一軒の薬局が目に留まりました。正確にはそこから出てきた一人の女性です。その女性の金髪は昨日見た"ライバル"と同じ物でした。


 「あ!泥棒猫!」

 「⁉︎えっ?……ダレ?」


 私は思わず叫び声を上げてしまいました。女性はビクッと肩を振るわせ、恐る恐る振り返りました。その顔には困惑があったけど、正面から見たことで彼女が昨日の泥棒猫と同一人物だと確信しました。私は女性の元へ近づいて、宣言するように堂々と対峙しました。


 「私、負けないから!…絶対にりゅー君を振り向かせてみせる!」


 その言葉を聞いて女性はポカンとしていました。無理もないでしょう。初対面で彼氏を奪うと宣言したんです。…それでも、この言葉に私の感情の全てを乗せました。


 「プッ、アハハ」


 すると彼女は笑い出しました。それでも不思議なことにこちらを嘲笑するような嫌な笑い方ではなく、純粋に楽しいから笑っているような様子でした。それに、その雰囲気をなぜか懐かしいと感じました。


 「…安心して、はーねー。お兄ははーねーのものでいいから」

 「!…もしかして、香織ちゃん?」

 「うん、そうだよ。…そうだ!家来る?お兄もいるよ。…熱出してるけど」

 「いいの?行きたい!」


 私が勝手に疑ってたりゅー君の彼女(仮)はりゅー君の妹の香織ちゃんだったみたいです。彼女は私のことを"はーねー"と呼んで慕ってくれていました。私は彼女に誘われて久しぶりにりゅー君のお家にお邪魔させてもらうことにしました。それに、りゅー君が来れなくなった原因も分かって少し安心しました。


 「それにしても、香織ちゃんは綺麗になったね。誰だか分からなかったよ」

 「そうみたいだね。私を泥棒猫って」

 「それは本当にごめんなさい」

 「冗談だって。気にしてないよ」


 そう言って香織ちゃんは笑いました。私の知っている香織ちゃんは背も低くて、髪も黒くて、いつも私かりゅー君の後ろに隠れてるような私より酷い人見知りだったはずなのに、今の彼女は真逆のようでした。それでも、笑った顔は記憶の中の香織ちゃんと一致して、ようやく彼女は香織ちゃんなんだと実感できました。


 「それよりさ、やっぱり、はーねーはお兄が好きなの?」

 「⁉︎」


 その質問に私は動揺して、一度小さく頷くことしかできませんでした。それでもそれだけで伝わったのか、香織ちゃんは「そっか」と頷いていました。


 「なら、今のうちからお義姉ねえちゃん、って呼び慣らしておこうかな」

 「もう〜。……でも、難しいかも」


 にやにやしてそんなことを言った香織ちゃんに私は残酷な現実を突きつけました。それは私がりゅー君に嫌われているということです。


 「だって、りゅー君には好きな人がいるみたいだから」

 「えっ?…今日デートの約束をしてたのははーねーじゃないの?」

 「そうだけど、無理矢理だったから」


 私は香織ちゃんに最近あったことを話しました。すると香織ちゃんは深〜いため息を吐きました。


 「はぁ〜〜〜。どっちも鈍感すぎでしょ」


 それだけ呟くと香織ちゃんは歩き出してしまいました。


 「あっ!待ってよ。…荷物は私に持たせて」


 私は慌てて香織ちゃんを追いかけてエコバッグを受け取りました。私はりゅー君の家に行くのがまだ少し不安だけど、香織ちゃんの荷物を届けるためと自分に言い訳をして久しぶりの幼馴染みの家に向かいました。


 「じゃあ、私はお兄用にレトルトのお粥でも温めてくるから、その間にはーねーが看病しておいてあげて」


 家に着いた後は香織ちゃんがそう言って私だけをりゅー君の部屋に押し込みました。ベッドの上で寝ているりゅー君は、悪い夢でも見ているのか眉にシワがよっていました。私が近づくと彼は手を伸ばしてきました。


 「はーちゃん!行かないで」


 私はハッとしました。それは彼から離れていこうと決心した私に彼が何度も言ってきた言葉でした。彼がいじめられているところを見て、私が側にいない方がいいんだと考えていた私は、結局最後までその手を取ることができませんでした。それでも、りゅー君と話せない時間は辛くて、今伸ばされたりゅー君の手を両手で握り返しました。…まるで、握れずに後悔した過去をやり直すように。


 「…うん。もう私はどこにも行かないよ」


 私はもう自分の感情を抑えることができません。りゅー君が迷惑だって言うまで、私はずっとあなたの側にいます。だって、りゅー君のことが好きだから。

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