第7話①

 デート当日の今日、俺はいつもより早い6時に目覚ましのアラームで起きた。少し体が重いような気がするけど、早起きしたからだろうか?俺はまだ寝ぼけてる頭を起こすために洗面所に向かった。


 「あれ?こんなに遠かったっけ?」


 いつもなら気にならないのに今日はやけに洗面所までが遠く感じた。視界がぼやけて思考が上手くまとまらない。さらに体に力が入らなくなって、よろめいた。


 ドンッ!


 大きな音で気がついたら俺の体が床に横たわっていた。そこでようやく自分が倒れたことを自覚した。


 「お兄?…大丈夫⁉︎」

 「竜一⁉︎どうしたの⁉︎」


 俺が倒れた音を聞いたのか香織と母さんが血相を変えて駆け寄ってきた。俺は大丈夫だと伝えるために立ち上がろうとしたけど、動くことすらできなかった。


 「まぁ⁉︎酷い熱。今日は大人しく寝てなさい」

 「熱!…私のせいだよね。ごめんなさい。お兄のデートを台無しにしちゃった」


 俺のおでこに当てられた母さんの手がひんやりとしていて心地よかった。責任を感じて今にも泣きそうになっている香織に気にしなくていいと伝えるために、力を振り絞って香織の頭に手を置いた。


 「香織のせいじゃないよ」

 「お兄。……うん。今日は私がお兄の看病してあげる!」


 撫でるほどの力は残ってなかったけど、香織は俺の手を愛おしそうに両手で包み込むように握り、頬に持っていった。そして、俺の掌に自分をマーキングでもするかのように擦り付けた。


 「あらあら。私は仕事があったから良かったわ。任せてもいいかしら?」

 「うん!」


 俺はすぐに自分の部屋に戻された。そして、すぐにスマホで白鳥さんに謝罪の連絡を入れた。


 【ごめんなさい。急用が入ってしまって、今日は行けなくなりました。】


 好きな人にカッコ悪いと思われたくなかったから、俺は風邪ということをぼかして伝えた。それに【分かった】と帰ってきたことを確認した後に意識が闇の中に落ちていった。


 「あっ!りゅー君。ご飯一緒に食べよ?」


 これは夢だ。俺はすぐに理解した。背後から話しかけてきた白鳥さんは今より少しだけ幼くて、俺たちが通っていた中学の制服を着ていた。


 「あー、すまん。今日は無理なんだ」

 「むー!…また〜?仕方ないな〜」


 俺が何か言おうとする前にそんな言葉が出てきた。


 「悪い。また今度誘ってくれ」

 「…うん!」


 …そのときはこれが最後の会話になるなんて思ってなかったよな。俺は明日も明後日も仲良くできると無条件で信じてたんだ。…それに、俺が白鳥さんが好きだって自覚したのもこの日だったはずだ。


 その日のお昼は校舎裏に呼び出されていたんだった。当時は白鳥さん関係で呼び出されることが多かった。


 「おい!最近調子に乗ってんじゃねぇか。白亜の幼馴染みだかなんだか知らねぇが、もう白亜と話すな!分かったか、楠木?」

 「そうだそうだ!」

 「柏原かしわばらさんの言う通りですよ!」


 その日の相手は3人だった。柏原と呼ばれた2m近くありそうなガタイのいい大男だった。残りの2人はその男の取り巻きのようで、男の機嫌を取ってるだけだった。


 「何か言えよ」

 「…断る!どうしてお前たちに言われただけではーちゃんと距離を…」


 ドゴッ!


 思いっきり殴られたと理解したのは体が地面に叩きつけられた後だった。


 「テメェは黙って頷いていればいいんだよ!口答えすんな!」

 「……誰がお前なんかに従うか」

 「なんでだよ!」


 俺が痛みに耐えながらゆっくり立ち上がると柏原は気圧されたように一歩後ろに下がった。


 「幼馴染みがそんなに大事なのかよ!どうしてテメェなんだよ!…テメェさえいなければ良かったんだ!そうすれば白亜を…」


 それだけ言って柏原は走り去っていった。取り巻きたちも追いかけていって、俺は1人その場に残された。


 …幼馴染みがそんなに大事なのか?どうして?


 普段は気にならない言葉が頭の中でぐるぐる回っていた。俺ははーちゃんと話すなって言われてどうしてあんなにはっきりと否定したんだろう?嘘でも頷いておけばもっとよく立ち回れたはずなのに。…はーちゃんが大切だから?それは間違いない。…じゃあ、幼馴染みだから?うーん、なんか違うような気がするな。もっともっと強い気がする。…幼馴染みとか関係なくて、はーちゃんと話すと楽しい、はーちゃんの笑顔を見たい、はーちゃんを幸せにしたい。


 「…やっぱり、そうなのかな?俺ははーちゃんが好き、なんだ」


 それは初めて口にしたけど、違和感なく心の深いところにストンと落ちた。だけど、この日からはーちゃんに避けられるようになった。


 今までもケンカすることはあった。でも、次の日はお互いに謝って仲直りしてたから一週間以上も険悪な雰囲気になることはなかった。それに、はーちゃんは思ったことをズバッと言う性格だから避けることなんてなかった。


 どうして避けられてるのか、それすら分からなかった俺は彼女を知らず知らずのうちに傷つけてしまったんだろう。…もう会話すら嫌だと思われるほどに。


 「はーちゃん!行かないで」


 何度も投げかけた言葉に返事が返ってくることはなかった。……はずだった。


 「…うん。もう私はどこにも行かないよ」


 その言葉を皮切りに俺の意識はゆっくりと浮上した。薄目を開けて一番最初に目に飛び込んできたのは俺の手を両手で優しく握る白鳥さんだった。

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