第8話①

 俺が目を覚ますと、いるはずのない白鳥さんが部屋にいた。


 「えっ?なんで白鳥さんが?夢?」


 まだ寝ぼけてるのかと思ったけど、繋いだ手の感触は妙にリアルで、最初は少しひんやりしていたのに、俺のが移ったのか今では熱を帯びている。昔のはーちゃんとは違い、もちろん母さんや香織とも違くて記憶にないはずなのに、確かに触れている。


 「夢じゃないよ。……心配、したんだからね?酷いよ、メールにも出てくれないんだから」


 白鳥さんは拗ねたようにそう言った。俺は心配してくれたんだということだけですごく嬉しかった。俺はその感情が表に出ないように気をつけながら返事をした。


 「メールくれたんだ。気付かなくてごめんなさい。…そうだよね。急にドタキャンしたのに理由さえ伝えないなんて、…最低だな」


 俺は自分のことしか考えてなかったんだと気付かされた。自分の格好だけを気にして、人として最低限の礼儀さえも疎かにしてしまった。


 「別にそこまで気にしなくてもいいのに……。てっきり私が嫌いだから来てくれなかったのかと思っちゃったじゃん」

 「そんなことない!俺は白鳥さんが…はーちゃんが好きだ!」

 「ふぇ?」


 俺が白鳥さんの誤解を解くためにそう言うと、彼女はポカンとした顔になった。それから、一気に耳まで真っ赤になった。


 「あっ、そっ、その!…不意打ちはズルいと思う」

 「?ごめん、でいいのかな?」

 「もう!それでいいよ!……」

 「えっ?なんて?」

 「何でもないよ〜だ!ふん!」


 白鳥さんがなにか呟いていたようだったけど、よく聞き取れなかった。だから聞き返したら、なぜかそっぽを向かれてしまった。


 「そっか。…今日は来てくれてありがとね。白鳥さんの顔を見たら元気出てきたよ」


 俺がそう言うと白鳥さんはまだ赤みの残ったままで、少しだけ悲しそうに言葉を返してきた。


 「…はーちゃん」

 「えっ?」

 「白鳥さんなんてヤダ!はーちゃんって呼んでほしいの!……ダメ?」

 「…ダメじゃない。はーちゃん。…これでいい?」

 「うん!ありがと、りゅー君!」


 俺ははーちゃんなんて呼びたくなかった。勘違いしちゃいそうになるから。もしかしたら、嫌われてないのかもって。……呼び方だけ仲良かったときに戻しても俺たちの関係は何一つ変わらないのに……。


 それでも、俺に向けられた白鳥さん…はーちゃんの笑顔はすごく可愛かった。それだけでどんな望みでも叶えてあげたいと思う程に。


 コンコン


 「ご飯できたよ」


 会話がちょうど途切れたタイミングで香織が部屋に入ってきた。


 「あっ、じゃあ、私はもう帰るね。早くよくなるといいね」

 「えっ?はーねーは食べていかないの?一人分多く作っちゃったのに……」

 「でも、流石に悪いよ」

 「…ダメ?はーねーが帰っちゃったら、私は独りでのご飯になっちゃうよ……。それは、イヤだな」


 帰ろうと立ち上がりかけたはーちゃんに香織がそう訴えかけた。


 「わがまま言わないの。お兄ちゃんが一緒に食べてあげるから」

 「お兄は黙ってて!…風邪は治りかけが肝心なんだよ!それでまた体調悪くなったらどうするの!お兄はちゃんと寝てなさい!」

 「…はい」


 俺が香織を嗜めようとしたけど、言い負かされてしまった。香織が俺のことを心配して言ってくれたことが伝わって、そう言うしかなかった。


 「ふふっ、仲がいいのね。…じゃあ、お言葉に甘えてもいいかしら?」

 「うん!ありがと、はーねー。……いや、お義姉ねえちゃん!」

 「お、おね⁉︎…まだ気が早いんじゃないかしら?」


 香織はテンションが上がって変なことを口走った。それにはーちゃんが真っ先に反応していた。俺も少し驚いたけど、はーちゃんを見て冷静になれた。


 「え〜。だって、私はお義姉ちゃんが欲しかったんだもん!いいでしょ?」

 「ちょっと待て!お姉ちゃんってどういうことだ!それを言うなら、お姉ちゃんだろ!」


 …そうじゃなきゃ、俺はいらないみたいじゃん。


 「…ハァ〜。全く、お兄は。……まぁいいや。お粥作ってきたよ。…ふぅー!ふぅー!…はい、アーン」


 香織は呆れたようにため息を吐いた。そして、持ってきてくれたお椀の中からレンゲで一口ぶん掬って冷ましてから俺の口元に近づけた。


 「あむ。……うん、美味しい。ありがと」

 「なっ、なにやってるのよ!」


 俺が香織に食べさせてもらってると、はーちゃんが急に叫んだ。


 「?どうしたんだよ、急に」

 「どうしたってこっちのセリフよ!なんで、あ、アーンなんてしてるのよ!」

 「?いつものことだぞ?」


 俺の家では、熱が出たときは体調が良くなっても丸一日は他の家族に世話してもらう決まりになっている。なんでも、昔母さんが無理しすぎたせいで、ただの風邪なのに一週間ほど寝込むことになったからだとかなんとか。


 「えっ⁉︎いつもアーンしてるの?」

 「?そうだよ」


 はーちゃんはショックを受けたような顔をしたけど、どうしてそんな風になったのか分からなかった。


 「…わ、私がりゅー君と話すのを我慢してた間に香織ちゃんとそこまでの仲になってるなんて。……はっ!やっぱり、一番のライバルが香織ちゃん⁉︎」


 俺がお粥を食べていると、横にいるはーちゃんからそんな呟きが聞こえてきた。俺はどういう意味かよく分からなかったけど、香織がため息を吐いていたので、香織に向けられていたんだろう。香織の名前も出てきてたし。

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