第2話①

 翌朝俺はいつも通り登校した。そして自分のクラスである2年F組のホームルーム教室に入った。そして自分の席に着くと後ろから肩を叩かれた。


 「おっす、竜一!…どうかしたか?」

 「えっ?」

 「なんか雰囲気がいつもと違うような…」


 俺に声をかけてきたのは去年から同じクラスになった佐藤さとう 拓磨たくまだ。彼はサッカー部の副部長で女子からの人気も高いイケメンだ。それでも浮ついた話は聞かなくて、俺みたいな何の取り柄もない人間の些細な変化にも気を配れるいい人だ。


 「いつも通りだよ」

 「…ふーん。そっか」


 それだけ言うと俺の方に顔を近づけてきた。そんなことじゃないって分かっていても顔が赤くなるのを抑えられなかった。


 「頑張れよ。告白」

 「ばっ!そんなんじゃ……いや、ありがとう」

 「おう!」


 彼の洞察力はすごいなと改めて思った。そして、全く嫌味に聞こえないような彼の人格も。俺はつくづくいい人に囲まれてるな。


 「あっ、白亜さん。おはよう…ございます?」

 「はぁ、はぁ。お、おはよう」


 次に教室に入ってきたのは俺の幼馴染みで初恋の相手である白鳥しらとり 白亜はくあだ。そんな彼女は普段と違い、長く伸びた黒髪は所々はねていた。息も切らしていて慌てて来たことが伺えた。それに、自分のことで精一杯だった俺は気づかなかったけど、いつもなら俺より先に彼女の方が来ているはずだ。


 そして、彼女が遅れた理由はおそらく昨日の相談と関係があるはずだ。どうして俺は気づかなかったんだろう。…嫌いな相手に相談を持ちかけるほど彼女が追い込まれてたのに。…自分のことしか考えて無かった俺は馬鹿なのか。


 「お、おはよう!りゅ…楠木さん」

 「…ああ、おはよう白鳥さん」


 そして俺の隣に座った彼女の方から挨拶をしてもらえた。およそ二年ぶりに聞いた声はすごく綺麗で、俺は自分の心拍数が上がるのを感じた。…やっぱり俺は彼女が好きなんだ。けれど、そんな様子を見せる訳にはいかないという意地で普通に挨拶を返した。


 …どうして白鳥さんは挨拶をしてくれたんだろう?ふとそんな疑問が浮かび上がった。…そんなの俺が相談に乗るからに決まってるだろ。義理堅い彼女がわざわざ話しかけてくれただけだ。だから今日だけなんだ。もしかしたら、これが高校生活最後のやり取りになるかもしれないんだ。


 俺が話しかけようか迷っていると担任の先生が教室の中に入ってきて、朝のホームルームが始まった。それによって俺が話すタイミングを失った。それでももう一度話したい、あわよくば昔みたいに"りゅー君"って呼んでもらいたい。そんな欲が俺の中に芽生えて大きくなっていった。


 そしてホームルームが終わり、先生が出ていった後、白鳥さんは髪型を整えようと悪戦苦闘していた。一箇所を押さえると別の箇所が飛び跳ねて。何度も何度も挑戦したようだったけどなかなか上手くいかなくて涙目になっていた。


 「はぁ〜。全く仕方ないな」


 俺はため息を吐いて白鳥さんの後ろにまわった。そして髪に手を伸ばした。


 「えっ?何、やってくれるの?」

 「そりゃあ女の子がこんなにボサボサな髪なのはねぇ。…イヤならやめるよ」

 「…イヤじゃない」


 白鳥さんはそれだけ言うと机に突っ伏してしまった。俺は痛くならないように優しく髪を手櫛で整えていった。自然とそうできたのは彼女が楠木 竜一のクラスメイトで完璧超人の"白鳥 白亜"じゃなくて、りゅー君の幼馴染みで不器用な"はーちゃん"だったからかもしれない。結局その後は白鳥さんと話すこともなく放課後を迎えた。…俺にとって一世一代の告白をする予定の放課後を。

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