第2話②

 私は朝の日差しを受けて目を覚ましました。いつもより遅くに寝た私の頭はまだ上手く働いてくれません。それでも学校があるので早く準備しなければいけません。


 私は顔でも洗おうかと洗面所の方へ向かいました。そこで何気なく時計を見ると無慈悲にも6時45分を指していました。学校が始まるのは9時からなので、遅刻ということはありません。けれど、普段は6時には準備を始めてやっと間に合っている私にとって、それは死刑宣告にも等しいものでした。


 「すぐに気づけただけでも良しとしよう!」


 私はそう思うことにして急いで準備を始めました。けれどそのせいで失敗ばかりしてしまいました。顔を洗った後に拭くタオルを忘れたり、卵焼きの卵が上手く割れなくて殻が入ってしまったり、ブラウスを裏返して着ていたり……。普段はちゃんとできるんですよ?って、誰に言い訳してるんでしょう?


 そんなこんなであっという間に8時30分です。私の家から学校までは歩いて15分くらいの所ではありますが、もうそろそろ出ないといけない時間です。あとは髪だけなんですけど、学校に着いてからでいいですかね。そしていつもよりも急ぎめで学校に向かいました。


 クラスの中に入ったら仲のいい女子生徒の一人から挨拶されたので挨拶を返しました。私は挨拶されたら嬉しくなったから彼もそうかと思って挨拶をしてみました。


 「お、おはよう!りゅ…楠木さん」

 「…ああ、おはよう白鳥さん」


 大好きな彼は私の隣の席にいます。彼、楠木くすのき 竜一りゅういちは一度驚いたような顔をしたけど、微笑んで挨拶を返してくれました。それだけで私の心は温かくなりました。…私はやっぱり彼が好きです。今はまだ叶わない望みなのは分かってますが、また"りゅー君"って呼びたいし、"はーちゃん"って呼んでほしいです。


 それだけ話すと私は途端に自分の髪型が気になってしまいました。かっこいいりゅー君の隣に立つのに今の私では不十分なように思います。


 りゅー君は多分分かってないと思うけど、すごくかっこいいんです。優しそうな瞳には強い意志が宿っているような気がしますし、男の人の中では少し高めの声も聴きやすいです。洋服のセンスも昔のままならとてもいいはずです。…けど、これを知ってるのは幼馴染みの私だけの特権です。誰にも教えません!


 それに何より、なんでもできてしまいます。勉強も運動も家事も…。多分本人は器用貧乏なつもりでしょうが、全部努力の結果だということは分かっています。それに、話しかけやすい人柄もあって、女子からの人気も高いです。もしかしたらもう彼女がいるのかも……。


 まだまだりゅー君の良いところは沢山ありますが、そろそろ現実に向き合おうと思います。…ぜんぜん髪型が直ってくれません!昨日ベッドの上をゴロゴロした私を叱りたいです。昔は私ができないことはりゅー君が全部やってくれました。でも、今はもう頼れる人がいません。私は滲んできた涙を必死に堪えます。


 「はぁ〜。全く仕方ないな」


 隣からりゅー君の呆れたような声がしました。ごめんなさい、私はちゃんとするから。だから見捨てないで。りゅー君に嫌われたら私、生きていけないよ。…いや、もう嫌われてるよね。


 けれど、りゅー君は私のボサボサになっている髪に触れてくれました。それは昔のように優しくて、温かくて、とても心地よかったです。だから私は期待8割、不安2割で彼に聞くことにしました。


 「えっ?何、やってくれるの?」

 「そりゃあ女の子がこんなにボサボサな髪なのはねぇ。…イヤならやめるよ」

 「…イヤじゃない」


 答えた私の声は自分で思っている以上に無愛想で、それでも髪を、頭を優しく撫でてくれるりゅー君の、私の記憶より一回り大きい手の温もりは離れませんでした。にやけている顔を見られたくなくて突っ伏した私は、どうしてもその温もりを手放したくありませんでした。


 …それでも夢の時間はいつか覚めるもので、私の髪が整ったのかりゅー君は自分の席に戻ってしまいました。私のりゅー君に触れてもらいたいという欲だけはどんどん膨れ上がっていきました。そして、運命の放課後がやって来ました。


 このまま何もしなければ、もしかしたら明日の朝も髪を触ってもらえるかもしれない。そんな魅力に抗うのは大変だったけど、この二年まともに話せなかったのもあって告白することを決めました。

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