第6話 感触

6.感触









「おぇっ……おぇぇぇぇ!」


前田君は嘔吐している、先ほどの元気さの欠片もなく今はうずくまっている。朝食べたご飯を吐きだし、それでも止まらず吐き出すものが水分だけになっても止まらなかった。


「だ、大丈夫!?」


突然の事に唖然としていたが慌てて前田君の傍に駆け寄り背中をさする。何もかも吐き出して少し落ち着いたのか今は息は荒いが何とか大丈夫そうだ。


「か、感触が……」


前田君はつっかえながらも何かを言葉にしようとしている。


「感触が?」


「お、斧を通してこの手に感触が伝わってきたんだ……ぐにゃっとした生き物を潰した感触が。お、俺の手に……」


「…………」


何て声をかければいいのか分からなかった。戸惑っていたのもある、気持ちは何となくわかる。初めて何かを自分の手で殺したんだ、例えそれが小動物であっても異世界と言う事でテンションが上がっていたとしても。


【ホーンラビット】を殺したという事実が前田君の意識を現実へと戻したのだろう。


元気がなくなりぐったりとしている前田君に手を貸して立ち上がらせ。そのまま手を引きみんなの所へと戻っていく。


「だ、大丈夫?前田君」


「っ……」


「あぁ…何とか……」


前田君はどちらかと言うと陽キャっぽい性格をしていた。明るく少し無謀な所はあったがいつも元気だった。

そんな彼が元気なく落ち込んでいる様子が彼女たちには衝撃だったようだ。



「次!ほら、さっさと行くぞ!」


こっちの事を考えて少しは待っていてくれていたオスカーさんは、叱咤激励なのか落ち込むなとでも言っているように再び歩き出すのを促してきた。


確かにこの世界では魔物と戦い命を奪う事は当たり前かもしれない、そのために半年間訓練していたんだ。

だけれど、地球から来た僕達には難しい問題かもしれない。




◇  ◇  ◇  ◇




「……………………」


食堂内に重苦しい雰囲気が漂っている、みんなそれぞれ同じ様に精神的に堪えているようだ。

カチャカチャと食器の擦れる音だけが響いている。


さいわい?な事に、物語でよくあるスクールカーストの下の方のクラスメイトがダンジョンで死亡したり、行方不明になったり追放になったりと。そういったテンプレ的なことは起きてはいないがみんなそれぞれ実戦が衝撃的だったのかつらそうだ。


特に女子達は落ち込みようがひどい、今も軽く泣いているしそれにつられて泣き出しそうな子までいる。男子達の中にも前田君と同じ様に食事の手があまり進んでない子たちもいる。

中には数人、平気そうな子達もいるが食堂内の雰囲気を察して大人しくしている。多分倒した魔物の話しとかしてはしゃぎたいんだろうけど空気を読んでいる。



僕はどうなんだって?


そうだね、僕はこれまで真面目に訓練してきた。走り込みも魔法の訓練も、魔法だけじゃダメだって思って近接武器も使えるように槍の訓練も頑張った。さらに薬学にも手を出してポーションの作り方も習ったりした。


あれもこれもと手を出すと器用貧乏になってしまいあまりよくないと注意されたが、最低限自分の身を守る方法が欲しかったし。もし戦えなくなっても生きていくためのスキルが欲しかった。

そうやってあれもこれも頑張って訓練して、さぁいざ自分の番だってなった時。



【ホーンラビット】と対峙した瞬間、頭の上で大人しくしていたミザリーが飛び出していって魔物を瞬殺してしまった。



【ホーンラビット】の突進攻撃を猫パンチで受け流し、生まれた隙を見逃さずに喉へ食らいついた。

また、次の敵では速攻で走り寄りそのまま喉に食らいついたり。あるいはファイアボールの魔法を飛ばして一撃で消し炭にしたり。


他の人が魔物と戦う時は頭の上で大人しくしていたのに、僕の番になるとミザリーは速攻で魔物を倒してしまう。


何回やってもミザリーが先に倒してしまうので一度頭の上からミザリーを降ろして「次は倒させてね?」って言っても「にゃぁん」と言うだけでミザリーが先に倒してしまう。


なので今回は僕が魔物を倒すのを諦めた、オスカーおじさんもしょうがないって感じだったし。

それに今回行ったダンジョンでの実戦は今後も週1でやっていくそうだしそのうち僕が魔物を倒す時が来るだろう。



「あーもうっ!うっとうしい!めそめそしてんじゃねぇ!」


食堂の机を強く叩いて声を上げながら立ち上がったのは男子の一人だった。彼の名前は龍崎 要くん、クラスの中心人物で陽キャだ。願った物は聖剣で勇者になりたかったらしい。


龍崎君の聖剣の名前はエクスカリバー、物語によっては微妙な立ち位置になってしまう聖剣だが彼が貰ったエクスカリバーは途轍もなく強かった。


まず、パッシブで【身体強化】がついていてそのレベルはすでに7と冒険者の中でも一握りと言われる上級に値するぐらいの強さがある。

他にも少しづつスタミナが回復していく【自動体力回復】や切り傷などの怪我が治る【自動修復】などの戦闘に関してのエキスパートになれるスキルが聖剣を持つだけで自動でついてくる。


しかも他にも成長していくにつれてスキルが増えて行っているって話しだから恐ろしい聖剣だと思う。


ただし【剣術】スキルだけは自分で鍛えなければいけないらしいが、それを抜きにしてもめちゃくちゃ強い聖剣だと思う。シンプル故に最強。


しかも使っていない時の聖剣は異空間にしまわれており盗難の被害にあう事もない。龍崎君が使いたい時に呼び出せる聖剣って事だ。

一度呼び出す所を見せてもらったがかっこよかった。


空中に魔法陣が現れそこに聖剣の持ち手がにょきっと生えてきてそれを抜く感じで呼び出していた。



「俺らは異世界にいるんだぞ!?魔物を倒すために訓練してきた!それなのに何なんだその無様な姿は!いい加減にしろよ!」


龍崎君の言葉に反論する人はいなかった、多少だが言っている事はわかるからだ。

だけどまぁ、彼みたいに割り切る事の出来る人は少ないと思う。


「もういい!お前らはそうしてろ!」


そう言って龍崎君は大きな音をたてながら食堂から出ていった。彼の言葉を聞いて何とかこらえていた女子が泣き出してしまって気まずくなったんだろう。


同じ様に気まずくなって食堂から出ていった人が何人かいた。


僕も気まずいのでミザリーを連れて自分の部屋に戻っていく。今後どうなるか不安だなぁ、ここで心が折れて辞めていく子が出てくるだろうけどそれを許してくれるかどうか。



「どうしようかねぇ」


「にゃぁん」


自室に戻って最近手に入れた従魔マッサージという本に載っていたマジックキャットの揉み方ってやつをミザリーに対して行っている。ミザリーの毛は普段丁寧に手入れをしているので触り心地は抜群だ。


揉んでミザリーに奉仕しているんだがこうやって触れ合えるのは役得?一石二鳥?な感じだ。


ミザリーはマッサージが気持ちいいのかへそ天でぐでっとしていて可愛い。


「今度は僕に【ホーンラビット】倒させてね?」


「にゃっ!」


「あ、はいすいません。続けます」


マッサージの手を止めてミザリーに話しかけると、揉む手を止めるなって猫パンチされて怒られた。




◇  ◇  ◇  ◇




え~っと、ポポ草をナイフで刻んで……水の状態の鍋の中へと入れる。それから火にかけて沸騰してから水の色と匂いを確認してちょうどいい塩梅まで煮込む。煮込み終わったら火から鍋を上げて煮込んだ物を冷ましてから、布をかませて濾す。

それから瓶へと入れて清涼剤であるリリス草を一枚入れて軽くかき混ぜてから蓋をしたら完成だ。


今作っていたのは5等級のポーションで一番簡単に作れる物だ。効果は擦り傷にちょっとした切り傷ぐらいまでの怪我を治す。後ちょっとスタミナ回復する気のせいかも?レベルらしいが。


「どうじゃ?できたかの?」


「はい、どうでしょうか」


薬学の先生であるマリミリアさんに今完成したばかりのポーションを渡して確認してもらう。


「ふむ、色はいい。匂いも……うん、問題ない。後は味だが……ゴクリ、うむ、問題ないの。良く出来ておる、これならもう次のステップに進んでもいいじゃろう。待っておれ次のレシピを持ってくる」


「はい、ありがとうございます!」


マリミリア先生は結構なお年を召したおばあちゃんだ。真っ黒なローブに真っ黒な魔女帽子。その見た目からどう考えても毒リンゴを持ってきそうな悪者の魔女っぽいが、実際は優しい性格をしたただのおばあちゃんだ。


この薬学に生徒は僕しかおらず他にいるのはマリミリア先生の弟子ぐらいだ。みんな優しくて、突然教えて欲しいと突撃してきた僕に対して邪険にする事なくいいよいいよと教えてくれた。


ポーション作りは今の所難しい事もなく、ちょっとした料理をしている気分で出来る。レシピが感覚的な部分がありそこだけがちょっと難しいが慣れれば問題ない。


「ほれ、次のレシピだよ」


「ありがとうございます」


次に渡されたレシピは4級ポーションと5級アンチポイズンのポーション。他にも5級アンチパラライズのポーションに5級のスタミナ回復のポーションと色々ある。


ポポ草を基本としてそこに違う種類の薬草を入れて作っていくようだ。作り方もただ刻むだけじゃなくすりつぶしたり、一度揉んでから入れたりと工程がちょっと増えている。


マリミリア先生によるとポーション職人、薬師とも呼ばれるらしいがその職業で生きていくには3級のポーションを作れるとくいっぱぐれる事は無いらしい。

5級4級ではまだ新人レベルで、3級になるとやっと一人前。2級ポーションを作れるとそこそこのお金持ちになれて。1級を作れると国に召し抱えられるレベルで孫の代まで働く必要ないぐらいのお金を稼げるようになる。


マリミリア先生はその1級ポーションを作れる存在で、こうして国にある工房で働いている。


国に縛られるのは正直困るがいずれは1級ポーションを作ってみたい。


因みに1級ポーションは使うとどんな怪我でも治り、無くなった腕が新しく生えてくるほどらしい。

2級では少しの欠損、手首から先が無いとかぐらいなら治るが肘から先が無いぐらいの欠損だと治せないとのことだ。


3級ポーションでは戦闘で削れたちょっとした肉体の欠損ならぎりぎり治せる感じだ。




◇  ◇  ◇  ◇




「ミザリーお風呂の時間だよー」


「にゃーん」


今日の訓練を終了し自室へ戻ってからミザリーのお風呂の準備をする。準備と言っても大き目の桶にお湯を入れただけの物だが。


このお湯は魔法で出した物だ。


【魔力操作】のレベルが1になると使える生活魔法に分類される魔法でだした。


攻撃に使うほどの威力は無いが生活に使う【種火】【飲水】などちょっとした事に役立つ魔法を総じて【生活魔法】と言う。


【生活魔法】の中でも【種火】と【飲水】が使えるとお湯も出せるようになるのだ。


「痒い所はございませんかー」


「にゃん」


ここでもマッサージするように揉みながらミザリーを洗う。最初は洗われる事を嫌そうにしていたがこの半年間で慣れてくれたのか今ではリラックスした状態でお湯に浸かってくれている。


こういうのってアニマルセラピーって言うのかな?ミザリーと過ごしているとここが異世界でも辛くない。みんなは昨日の実戦での事が尾を引いているのか訓練に出てこなかった子らも多かった。


中には家に帰りたいと言葉をこぼしているクラスメイトもいたようだ。


もうすぐ、一か月後ぐらいには他の国から使者?スカウトマン?と言えばいいのかそういった人達がくるそうだが大丈夫だろうか………不安になってきた。


「にゃん」


「あ、はいすいません。続けます」









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒猫と最弱の僕 カロ。 @kenzii

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ