第29話 現実

 幸人は火燕の駐屯地であるスンナーで冒険者の現実を真の当たりにした。

 そもそも冒険者とは旧世界の滅亡と、それに伴う新秩序の形成によって生まれたものだった。

 開拓期とも呼ばれる広大な大陸の版図づくりは後の『国家』となる族同士が我先にと競うもので、その争いは結果として混乱の渦に飲まれた貧困層を救う形となる。

 こうして冒険者稼業は成立し、多くは死ぬが一握りの強者は富と名声を勝ち取れるまさに夢物語となった。

 しかし、こうして語り継がれるのは、あくまでも華々しい功績を残した偉人たちとその仲間である。

 名も上げられず僻地で死した冒険者などは冒険譚には出てこない。敢えてそのような負の側面は作品の中で除外される傾向にある。それは冒険譚が文芸作品であるという論調のせいであり、子供たちが読む童話という固定観念のせいであった。

 所詮、冒険譚とは社会的地位のない者たちの理想を描いた絵空事であった。しかし、その絵空事を現実にする者たちがいるのだから、単なる絵空事と一笑できないこともまた厄介だった。


「これでも冒険者になりたい?」


 主、スカーレットは借りていた宿舎の一間で優雅にくつろいでいた。それとは対極的に、窓の外にいる冒険者たちは今この瞬間すらも生きるのに精一杯で、治癒が間に合わず化膿した傷や疫病、風土病に陥って参ってしまった体を飯や酒で誤魔化している。

 お世辞にも美味しいとは言えない大衆屋台で売られている塩漬けされた肉にかぶりついて、塩気を安酒で押し流すのだ。


「は、はい!火燕の薪にくべられるのでしたら、それ以上の栄誉はないかと!」


 外を埋め尽くすのは火燕の旗印。気高き炎の導だ。

 旅団に所属する冒険者は―旗を宿し、旗に殉じる。死地では旗がその冒険者の墓標であるし、なにかを成した暁にはそこに旗を突き刺して己の証明とする。

 だから冒険者は自らの旗に誇りを持っていた。外では樽ジョッキを片手にバカ騒ぎする獣亜人種の冒険者がいるが、彼らは酔いに飲まれる中でも旗印だけは大切に腕に巻いていた。


「調査団に入った方が安全よ。幸人が歴史に名を遺したいのなら、名前だけの移籍って体で口添えしてあげるわよ」


 調査団とは国や貴族から直接支援を受けて設立された国家公認団体組織のことだ。

 国家公認と言うだけあって、財力は旅団の比ではない。稼ぎがまちまちな冒険者とは違い、調査団には給料が与えられる。おまけに人材も豊富だ。今や迷宮攻略の占領率は旅団よりも調査団の方が多いと言われるほど勢いを増している。冒険はもはや個人の時代ではないのだ。

 幸人は窓の外に広がる光景を見る。外には残酷な世界の現実がそのまま映し出されていた。


「……」


 彼ら冒険者は将来の行く末すらもわからないほど暗闇にいた。

 名誉とかそんなものはどうでもよくて、明日を生きるためだけに死地へと飛び込むのだ。

 外傷を積み重ねて、病に体が蝕まれて朽ちていき、痛い苦しいと言いながらも、笑って、酒を飲んで、仲間と未開の地を切り開きに行く。

 

 ―冒険者とはそういう生き物だ。


 元居た世界には世界最高峰の山の頂を拝まんと足掻いて、その地で亡くなった一人の英雄がいた。

 彼の言葉こそが冒険者を象徴していると言えよう。


『Becouse it'there.(そこにエベレストがあるから)』―ジョージ・マロリー


 幸人はもっとも憧れる冒険者の言葉を思い出す。彼もまた自ら進んで危険を冒していた。


「ありがたいお言葉ですが…僕は火燕で冒険者になりたいです」

「…私としては嬉しいけどどうしてかしら?私には幸人がわざわざ苦難を選択しているとしか思えないわ」


 幸人が何故そこまで自身を追い込むのかスカーレットには理解できなかった。

 ただでさえ弱い人間の…その中でも特に弱い存在である幸人だ。スカーレットが今まで興味を抱いては飽きて捨ててきた愛玩動物と同じようにただ幸せな安寧を享受していればそれでいい。

 スカーレットは幸人に愛玩動物としての振舞しか求めなかった。だけど幸人は平穏で腐ることなく自分を痛めつけ続けている。

 ブレアからも報告が上がっていた。仕事が終わると、ひたすら獣道を走破して、そして帰って来てからは勉強に明け暮れると。


「冒険者とはそういう生き物ですから」

「―」


 それを聞いたスカーレットは遥か昔を思い出す。

 

 ―大昔、こんなことを言うやつがいたわね。


 スカーレットは懐かしい朋の幻影を幸人に重ねた。


「困ったわ。『冒険者』って生き物は、ほんとすぐに危ない目に遭いたがるんだから」


 スカーレットが幸人を初めて冒険者と認めた瞬間であった。


 …それと同時に扉が勢いよく開けられる。


「…うん。うん!いいじゃないっすか!合格っすよ!」


 小麦色の猫人種が勢いに任せて転がり込んできた。勢いをつけすぎて「うわっぷ!」と声をあげて幸人に突撃。そのまま幸人を巻き込む形で部屋の壁に転がって激突した。

 

「スカーレット様!この子、ウチで面倒見るっす!」


 突然の衝撃に目を回す幸人の首根っこを掴まえた猫人種の女性―火燕第四大隊の副隊長ミアはスカーレットにそう申し出たのであった。

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嗜虐姫の隷人〜僕は傍若無人な悪役姫(精霊)に溺愛される〜 春町 @KKYuyyyk

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